表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
103/124

第93話

 光りの差さぬ暗闇で、ステインは行き交う人の流れを見た。見知った顔は一つとして無く、人種や服装も様々である。

 ここがどこなのか尋ねようとして自身の異変に気付く。視覚は確かに他人を捉えているが、声は出せず、誰かに歩み寄る事も出来ない。視線を自身の体に落とすと暗闇の空間が漂うばかりである。


 どうなっているのか分からずに佇んでいると、いつの間にか自分も人混みの流れに加わって動き出していた。足がない筈なのに足裏が床を蹴る感触は伝わって来て、どこに行こうともしていないのに足は動く。


 何が起きているのか全く理解できずに歩き続けていると、急激な睡魔に襲われたように思考がぼやけてくる。されど足は歩みを止めない。


 ここがどこなのか。何故ここにいるのか。周りの人々は何なのか。どうやったら脱出できるのか。そういった疑問は既に思考の外に追い出されている。現在は辛うじて自分が何者で、何をしていたかを思い出そうとする事だけが許されていた。


 遠のく意識の中、周囲の異変に気付けたのは、その異変がこの空間において特異な変化であったからだ。

 人々が一斉に足を止め、上方を見上げる。周りが足を止めたことに遅れて気付いたステインだったが、前の人の背にぶつかることはない。既にステインも足を止めて視線を上げていたからだ。


 暗闇に一筋の青い光が走る。夜空を駆ける流れ星にも似たそれを目にした途端、人々が沸き立った。歓声にも怒号にも似た声が何を言っているか聞き取ることはできない。

 今まで声が出せなかったことも忘れて口を開くステインだったが、その口から出た言葉は周りの誰とも違っていた。


「シルフィア……」


 何を言ったのかステインは覚えておらず、それっきり声を出すことも何かを考えることもできなくなった。ただ視界は生きており、輝きを増した青い光が一直線に向かって来るのだけはしっかりと捉えていた。


「ステイン!!」


 青い光と衝突した途端に呼ばれた名前、体の先から伝わる温もりに、ステインの肉体と精神は一気に覚醒する。意識も鮮明になり、身体も動かせるようになったのに、先程まで正常に機能していた筈の視覚が一番遅く覚醒する。青い輝きが弾けたかと思うと、この場にいる筈のない、しかし誰よりも安心感を与えてくれる微笑みがそこにはあった。


「シルフィア。ごめん、命拾いしたよ」


「ふぅ、間に合って良かったぁ」


 シルフィアに手を引かれて水面に立ったステインだったが、再開を喜ぶのも束の間、クライペン・スラングの咆哮が真上から轟いた。


「この姿はっ!?」


 クライペン・スラングの体が黒に染まったことまでは知っているが、今は禍々しい霧を発生させながら、体から細長い手足が四本伸ばして、水中から長い体を持ち上げようとしていた。


「ステイン、わたしが風で運ぶから、願いを返して来てあげて!」


「願いを?どういうこと?」


 状況が読めないステインであったが、クライペン・スラングの目の前ではゆっくりと説明をする時間はない。二人は踏み潰そうとしてくる手足を潜り抜けて安全圏まで撤退を試みる。


「ステインを助ける為に中に入った時、いろんな願いの声が聞こえてきたの。でも肝心の、あのモンスター自身の願いは聞こえて来なかった。自分の願いが見つからないから、色んな願いを取り込んで暴れてるんだと思う」


 狙いを絞らせないように蛇行しながら水面を駆けるが、クライペン・スラングの手足の範囲から逃れることは容易ではない。黒い影がシルフィアに迫る。


「はぁっ!」


 ステインが聖剣を振って黒い指を斬り落とす。水面に手が叩き付けられたが、指が斬り落とされたことでシルフィアは捉えられる事無く距離を離した。


「けど、クライペン・スラングの願いというのは!?」


「それはその剣が知っているよ!後は、あるべき場所に返すだけ!」


 シルフィアに言われて聖剣へ視線を向ける。あれだけ噴出させていた水の魔力は見る影もなく、今は微量に滲み出ているだけである。水の魔術を一、二回使用したら魔力は途絶えてしまうだろう。


「あるべき場所……」


 その場所は既に知っていた。クライペン・スラングが凶暴化する前に抜き取り、聖剣の力を解放する為に使用した、眼である。

 やるべき事が決まったならば後は実行するのみである。クライペン・スラングから十分に距離を取った二人が振り向くと、予想外の事態が発生していた。


「水中に潜ったのか?」


 黒い巨体は音もなく消え、鈍色の水面が続くだけだった。水上に出ていればシルフィアの風魔術で眼前まで運んでもらう事ができたが、水中に潜られては標的の場所が掴み難い。だからといって立ち止まる訳にはいかず、ステインは聖剣を強く握るとシルフィアの目を真っ直ぐ捉えた。


「僕は水中に潜って決着をつける。シルフィアには船に戻って……と言えたらいいのだけど、多分魔力切れで浮いて来れないと思うから、また助けてもらえるかな」


「それだけでいいの?少し時間がかかるかもしれないけど、相手の位置ぐらい探せるよ」


「大丈夫。探らなくても相手から来てくれるよ」


 シルフィアの提案に首を振って答えた後、軽く跳んで足の水魔術を決して水中に潜る。

 鈍色の水中は視界が非常に悪く、聖剣の魔力が全快ならば地上と同様の視界を得られたが、今は多少の魔力消費でも抑えたい状況である。自前の魔力で発動した水魔術は水中で体を固定する事と酸素供給を得る為だけに使い、聖剣の魔力は来るべき時まで温存する。

 不安と緊張がクライペン・スラングの姿を鈍色の世界に描くが、騙されてはいけない。水面を背にして聖剣を腰だめに構え、研ぎ澄まされた感覚で真実だけを見抜く。


 水中に入れば直ぐにでも襲って来ると思ったが、中々動きがない。誘い出す為の動きを見せる手もあったが、ステインはじっと待つ。


 やがてその時は来た。普段活動する事無い水中で、視界も役に立たぬ状況。敵の気配を感じ取ることすら困難であるにも関わらず、ステインにはクライペン・スラングがこちらに向かって仕掛けて来たのが手に取る様に分かった。それが聖剣の力によるものなのか、一度体内に取り込まれた影響なのかは分からないが、確かに水底から急上昇して接近して来た。


 温存していた魔力を解放。水面を蹴って急速潜航。魔力の残滓が鈍色の世界に一筋の青を差し込ませた。

 クライペン・スラングは崩壊した自我の中、感じる筈のない感情と、閉ざされた視覚で見える筈のない色を感じた。

 

「願いを返す。希った夢を見て永き眠りに就きたまえ」




 青の中から輝きが差し込む。幻でも夢でもない。確かな現実として己の瞳は青を……否、蒼を見た。暗く、静かな水底に棲む己では決して届く事のない蒼穹の光。己は蒼穹からもたらされる青の光で満ちた湖に満足していた筈だったが、違う。底も無く、果ても無く蒼が続く……蒼穹がこれほど心地良いと知っては、これまで願いを隠して生きてきたと思い知らされる。

 惜しい、実に惜しい。己の身が朽ち、蒼穹を目にすることができなくなることが、ではない。水に、陸に、蒼穹に漂う願いの果てが、己が身の如く汚されていくと知りながら、誰にもそれを伝える手段が無いということが。





 黒い体に宿された青の瞳は、時間の止まった蒼穹をいつまでも映し、その蒼穹を仰ぎながら巨体は水底へ沈んでいった。




 クライペン・スラングの体が水底に落ちると、湖を支配していた鈍色も水底に沈んで行き、やがて巨体と共に跡形もなく消え去った。




 聖剣をクライペン・スラングの眼に突き刺した後、ステインは茫然としながら水中を漂っていた。自前の魔術では急速潜航した時の水圧に耐え切れなかったらしく、身体が思うように動かないのだ。クライペン・スラングが襲って来る気配はないので、討伐は成功したと思いたい。


 微かに残った魔術で酸素をやりくりしながらシルフィアが見つけてくれるのを待っていると、鈍色の湖が澄んだ青色に変わったので、討伐の成功を確信するも残念ながら喜ぶ体力も気力も無い。


 ゲレゲン村で空魔魄霊獣もどきと戦った時とはまったく違う手合いだった。以前は魔力だけを吸われたが、今回は体ごと取り込まれた。シルフィアが言っていた、願いを取り込んでいる事と何か関係しているのだろうか。

 聖剣の力で発動した魔術でさえも効果がなかったのは悪い知らせだった。聖剣による直接攻撃しか受け付けないとしたら、本物の空魔魄霊獣が出現した場合の対処は相当厳しいものになることは必至だ。

 明るい水底を見つめながら考え事をしていると、魔術の気配を感知する。お待ちかねのシルフィアが来てくれたようだ。水魔術はステインの体を包み込むと、ゆっくりと引き上げ始めた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ