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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
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第91話

 鈍色の湖に飛び込んだステインを待っていたのは強い渦の流れ。通常ならば三半規管が乱れ、瞬く間に溺れるだろうが魔力が湧き上がって余りある状態ならば、自身の周囲にだけ逆流を発生させて勢いを相殺することなど容易いことだった。

 魔術によって水中でも呼吸は問題ないことを確認し、魔術を噴出させて前進し渦の中心を目指す。


 渦の流れを無視して突き進んで行くと、船上で見た触手が四方八方から襲って来るが関係ない。全方位に水の刃を発生させて切断していく。この触手はクライペン・スラングが出しているものなのか、それとも別の要因で発生しているか定かではないが、邪魔をするなら全て薙ぎ払うのみである。

 

 戦闘能力は低いが、数だけは多い触手を百は切り払った時、渦の水流とは違う流れが迫っていることに気付く。障壁で受けようとも思ったが、一つ挑戦したいことが脳裏に過ぎる。

 ステインは体を反転させて水中から水面を蹴ると、急速で潜航する。直後、水面が弾けるが、ステインは未だ攻撃の気配を察知していた。方向転換ついでに迫る脅威を視認する。自身を追うもの、それは無数の線だった。

 水中を歪める無数の線が、水上でもクライペン・スラングが放ってきた水の光線であることは直観的に分かった。水上では雨の様に降り掛かるだけであったが、水中では何かに当たるまで追尾してくるらしい。およそ生物らしからぬ速度で上下左右に急速移動するステインの背後をしっかりと追尾してくる。


「自分のことながら不気味な動きをしているな。しかし、風の時よりは随分と融通は利く」


 水中での動きに慣れてきたステインは後ろ向きに移動しながら迫り来る線を眺め、一人苦笑した。もう追い駆けっこの時間は終了にして問題ない。そう判断すると、魔力が溢れている聖剣に魔気を纏わせ、水底に落ちながら両手で聖剣を握り突きの構えを取る。

 いくら魔気を集めても際限なく吸収していく聖剣に、攻撃のタイミングが掴めないでいたステインだったが、意を決し渾身の力を込めて突き出す。


 鈍色の水面が破裂し、天に向かって青き刃が突き上げられる。その切っ先は途方もなく伸びて行ったが、やがて刃は形を維持できなくなり雨粒となって水面に降り注いだ。


 船の上で突如現れた青き刃は当然シルフィア達の眼にも止まり、戦闘の苛烈さが嫌というほど伝わる。未だ、ステインとクライペン・スラングが互いを視認すらしていないなど、誰が想像できただろう。


「渦が……止まっていく!」


 縁から身を乗り出したクラースが水面を指差すと、船を飲み込もうと発生していた渦が徐々に弱まっていき、船体が前進し始めていた。


「や、やったのか!?」


 船乗り達が一斉にどよめき、戦場と予想される辺りを見渡すと、水中からステインの体が飛び出て来た。無事に敵を倒したのだ、と歓喜の表情を浮かべたのも束の間、ステインを追って例の触手が次々と水中から伸びて行く。


 水の魔力は無尽蔵に湧いて来るが、空中での移動には対応する魔術は存在しない。が、触手を迎え撃つ準備も必要ない。水中から飛び出た時に飛散した水の玉一つ一つが武器となる。空中に飛び上がった水の玉を次々と破裂させて触手を爆散させる。

 辛うじて爆撃を逃れた触手もあったが、二、三本程度では動きの制限された空中でも敵ではない。水の剣を出現させて切り払った後、水面へ意識を集中させる。次の瞬間には幅の広い水の柱が幾つも出現し、ステインの足場となった。


 足場に立ったまま水面を睨み付けていると、黒い衝撃波が撃ち出されて来る。衝撃波に触れられて柱は即座に腐ったようにどろどろとなって崩れる。

 柱が崩れ切る前に次の柱に跳び移っては崩れてを繰り返す。柱と柱の間の距離が開いてしまった時は柱の低い所の脇から枝の様に足場を伸ばして着地する。低い位置に着地したことで水面との距離が近付いた時、ステインは吐き気を催す光景が視界に入った。

 鈍色の水面でも隠し切れない悍ましい黒の巨体に、苔のように張り付いた無数の眼が一様にステインを凝視していたのだ。

 ステインが勢いよく水中から飛び出たのもこの眼が原因だ。魔術を放って線の脅威から逃れた後、渦の中心で大口を開いているクライペン・スラングを発見したが、その姿はつい先程、水上で目にしていた姿とはかけ離れていた。特徴的な蒼い体表は見る影もなく真っ黒に染まり、隻眼が閉ざされた代わりに鱗一枚一枚全てに眼が付いていた。ただ敵を捉える為に凝視してくるだけならば気持ち悪いと思うだけで耐えられてだろうが、眼の奥底から好奇の感情が滲み出ていた。まるで小さな子供が初めて目にする物に向ける無邪気さに、ステインは悪寒を感じて堪らず逃げたのだ。


「くっ!」


 喉の奥から声を漏らし、距離を離そうと考えるが、聖剣を強く握り絞めて堪える。クライペン・スラングを倒しに来たというのに、何故逃げ回っているのか。

 水中のクライペン・スラングが旋回して向き直る前に、攻勢に出る。突き出した左手に高濃度の魔気を渦状に集めて行き、手の平から魔気が溢れる直前で水面に向かって放つ。

 水面に魔術が衝突した途端、水の竜巻が空まで届く勢いで立ち昇る。竜巻の中には黒い巨体が閉じ込められており、水流に合わせて身を捩っている。並のモンスターならばこの竜巻に耐えられまいが、現在相手にしているのは並ではないし、そもモンスターと括って良いのか疑わしい存在だ。


 竜巻の勢いが消える頃、クライペン・スラングの姿と、例の眼がはっきりと見えてくる。予想通りと言うべきか、予想外と言うべきか対象はほとんど無傷であった。だが、それは大した問題ではない。竜巻を発生させたのは水中のクライペン・スラングを引き摺り出し、動きを封じるためであり、本命は既にステインの両手に握られていた。

 腰だめに構えた聖剣に時間が許す限りの魔気を集中させ、竜巻が消失を知らせるように弾けて消え、飛沫が顔に付着した刹那、聖剣を突き出す。水中で放った時と同じく水の刃が一瞬にして伸び、水平線の果てまで貫いた。クライペン・スラングの腹を刺し貫いていた水の刃であったが、どうにも反応や手応えが無い。


 聖剣を突き出した体勢のまま様子を見ていたステインに、再度悪寒が走る。竜巻に巻き上げられ、腹を貫かれている筈なのに、全く動じないどころか全身に張り付いた眼がケタケタと笑っていたのだ。勿論、口がない眼が笑い声を上げることはできないのだが、無数の眼の圧力から幻聴が聞こえてきたのだ。


 動揺したステインが聖剣を引くと同時に水の刃も消え失せる。無傷のクライペン・スラングは弛緩させるように口を開くと、ステイン目掛けて濁流を吐き出した。

 回避する時間も場所もなかったが、水の流れがあるならば濁流であろうと今のステインの魔力量で操れないものはない。流れをクライペン・スラングに返そうと魔力を伸ばす。だが、魔力は濁流を制御するにいたらず、ステイン諸共飲み込んだ。


 悲鳴を上げる間もなく鈍色の世界に飲み込まれたステインであったが、不思議と水流による衝撃は無く、意識もはっきりとしていた。


「ここは……」


 自然と出た声に幾らかの安心感を覚え、右手に視線を落とす。握られた聖剣は依然と魔力を生み出し続けており、これ以上ない頼もしさを見せていた。

 今自分が居る空間は間違いなくクライペン・スラングの攻撃によるものであり、長居する必要性は無い。ステインは魔術で一層しようと聖剣を構えて魔気を集める。


『願いたい』

『祈りたい』

『望みたい』

『伝えたい』


 地の底で呻くような声がステインの体内を駆け巡り、潤沢にあった魔力を食い散らかす。普通ならば何も気付かぬまま絶命していただろうが、食われる魔力よりも聖剣が生み出す魔力の量の方が勝っていた。幸か不幸か、ステインは命を繋ぎ止められたが、一生の内に一度も味わわぬ不快な苦痛を体内に刻まれた。


「まずい、これは……!」


 魔術の発動を諦めたステインは、地面から生えてきた眼を持つ触手に囲まれていることに気付く。触手は相変わらず不気味に笑いながら揺れているが、敵意は感じられない。ただステインの様子を見て楽しんでいるだけのようだ。しかし、敵意を感じないからといってのさばらせておくわけにもいかない。


「俺はこの国を守り、民が幸福を得られる繁栄をもたらす!」


 ステインは自らの夢を宣言して戦意を高める。聖剣の力によって不浄を切り払い、平穏を取り戻すべく、鈍色の世界を駆け抜けて触手を薙ぎ払う。

 同族が倒されている時でさえ、触手は笑みを絶やさない。寧ろ倒されることを今か今かと待っている様であったが、その異常さにステインは気付かない。気付く余裕が無いのだ。

 自分がこの場に閉じ込められている間に、クライペン・スラングは何をしているのか。渦を止めることはできたが、船は港に向かえているのか。グロート町はモンスターの襲撃を受けていないか。


 なまじ敵意の無い相手を薙ぎ払っているため、目の前の状況より周囲の状況にばかり気が向いてしまう。故に自身の心境に変化が起こっていることに気付かない。


「くっ、はぁ……どれだけ倒せばいいのだ」


 剣を振るう手を一度止め、周囲を見渡す。薙ぎ払った触手は間違いなく消滅している筈だが、次々と生えて来る。個体差も無く笑っている触手に、ステインは苛立ちを覚える。


「早くここから出なくては」


 そう言って聖剣を握り直すが、これまでの様に触手を倒すだけではこの空間を脱出するのは困難である。周囲を見渡してみるが、鈍色の空間がひたすら広がっているだけである。

 上方を仰ぎ見た時だった。ステインの四肢から力が抜け、仰向けに倒れ込んだ。触手に何かされた訳ではなく、自然的に筋肉が弛緩したのだ。起き上がろうにも体が言う事を聞いてくれず、鈍色の床で身を捩るのが精一杯である。


「俺は、こんな所で倒れるわけにはいかないっ!」


 声を出す事は叶っても、体は動かない。その内、さっきまで揺れているだけだった触手が伸びて来て、倒れているステインを見下ろしながら笑う。


「笑うな!」


 見下ろしてくる無数の眼に負けまいと語気を強めるが、床に寝たままの相手に眼の笑みが絶える事はない。ステインは怒りを覚えながらも体に力を込める為に、自らの成すべき事、夢を思い出し、自らを鼓舞しようとする。


「俺……僕は……」


 自身が何の為に立ち上がり、戦おうとするのか思い出せない。自分の中の意志が抜き取られ、不安に陥ったステインの心は大きく動揺し、視線が泳ぐ。しかし、どこを見ても眼が合うばかりで、鈍色の空間すら見えない。

 身の危険を察して聖剣を強く握ろうとするが、既に指先の感覚は消えており、肘から先は伸びて来た触手が邪魔して見えない。

 焦るステインは自分の体が徐々に鈍色の床に沈んでいることにさえ気付かず、その心には自らの意志を輝かせる場所は無く、ただ「この場から逃げたい」という強い恐怖心に覆われていた。




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