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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第3章〖蒼穹を仰ぐ瞳〗
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第90話

 天候は良好な筈なのに、重く湿った空気が船上に漂っていた。魔術師団の風魔術と湖に出来た巨大な渦がせめぎ合い、船体から軋む音が聞こえる。

 魔術師達の魔力にまだ余力はあるだろうが、悠長にしている暇は無い。ステイン達は聖剣の解放に取り掛かろうとしたが、重要な情報が足りていないことに気付く。


「そういえば、水を解放する時の……名前が分からないな」


 土を解放する時は“静壁獣せいへきじゅう”風を解放するときは“恣意人しいじん”といった名称が唱えられた。属性によって名称が異なるならば水の場合は何だと言うのか。そもそもあの名称が何を意味しているか、クヨーラから聞くのを忘れてしまった事を悔やむ。

 前の二属性の名称も初めて聞いたものであり、過去の神獣や事象に由来したものではなさそうだ。しかし、何の情報もなくては検討することすらできない。ステインは藁にも縋る思いでクラースへ声を掛けた。


「クラースさん。町に言い伝えられていた守り神について教えてくれませんか」


「水神様のですか?」


 まさか今聞かれるとは思っていなかったので、クラースは少し思い出すように間を開けてから言い伝えを口にした。



 世に命を生みし水神、大いなる水底にて泰平を見守らん。

 不浄が蔓延りし時、水神は水底より現れ、覇を示し一切の不浄を払拭せん。

 命に忠実に、しかし欲は持たず。

 輪転の日に祝福を。

 さすれば不浄なき日々へと繋がる。

 水神は命を生めるが為に種に拘らず、人が不浄に至ったならば、種はたちまち潰えるだろう。



 言い伝えを聞いたステインはクラースに礼を言いながら少し意外な気分だった。湖の守り神と呼ばれるくらいだから、博愛的な存在かと勝手に予想していたが、どうやら人や生物を守るのではなくもっと広義で自然を守る存在なのだ。

 知識としては新しいものを得られたが、今必要な情報には至らない。ステインが考え込むように聖剣へ視線を落とすと、シルフィアが控えめに手を挙げた。


「一度、魔気の精錬をしてみてもいいかな?風を精錬した時は魔気が教えてくれたから、魔気に直接聞けば何か分かるかも……」


 シルフィア自身に水属性の適正こそあるものの、クヨーラから引き継いだ空魔精霊獣の適正は風と土。水属性は専門外であるので、成功する自信はあまり高くない。やや尻すぼみになる言葉を引き継ぐようにマルリースはトンファーを握り直した。


「時間が多くありません。試してみましょう」


「やってみよう。クラースさん、一時的に魔気の濃度が濃くなりますので下がっていてください」


「はい。お気をつけて」


 クラースが十分に離れたことを確認し、ステインが二人に目配せすると真剣な面持ちで頷きが返ってくる。成功するかも分からず、成功したとしても水属性を解放した聖剣がどのような力を発揮するかも分からない。ステインは短く息を吸って意志を固めると、シルフィアとマルリースの間に聖剣を突き出す


「二人とも、お願いだ。聖剣の力を、この地を守る力を授けてほしい」


 ステインの静かだが確かな意志を受け、マルリースがトンファーのスイッチを五連打。連続した炸裂音と共に噴き出した青の粒子が三人を包む。

 水の魔気が散り散りになってしまう前にシルフィアが全身に交魔線を這わせ、魔気と一体になる。


 どこまでも青い空間の中、小川のせせらぎに似た穏やかな音が聞こえるが、その実、水の魔気の声は濁流の如き勢いでシルフィアの身を襲った。


『不足』

『不足』

『不足』

『魂』

『乖離』

『願』

『不明』

『悲嘆』

『渇望』

『一呑』

『不足』


 拒絶の意思に打ちのめされてもシルフィアは耐え、クラースから聞いた言い伝えを簡潔に伝えて水神の名前を聞こうとする。しかし、水の魔気に受け入れてもらえなかったシルフィアの体は大きく脈打ち、髪飾りが大きく揺れると水の魔気は立ち所に消え去る。

 三人は浅い眠りから覚めたように意識を取り戻し、互いを見つめる。


「シルフィア、どうだった?」


 青の空間は見えていたが、魔気の声が聞こえていたのはシルフィアだけである。聖剣に何の変化もないので成功していないことは分かったが、次の行動の為にも何が起きたのか詳しく聞く必要があった。


「足りないって。魂が離れて願いも分からない状態ではあの渦に呑まれるだけって……」


「魂、願い……っ!」


 何か重要なことを忘れている気がしたステインだったが、瞬きした瞬間、脳裏に蒼の空間と少女の人影が映った。今シルフィアが精錬しようとした空間ではない。必死で思い出そうとしても記憶には靄がかかって行き、本当に人影が少女のものであったかも分からなくなっていく。ただ一つ思い出せたことと言えば……。


「クライペン・スラングの眼だ……」


 腰のポーチから取り出した、一抱えの蒼い眼球。既に何かを映す事はできず、蒼を取り込んだまま時が止まっている眼球をシルフィアへ差し出す。


「この眼に残っている願いを聞き入れて、もう一度精錬してみよう」


「うん。分かった」


「マリー、準備はいい?」


「……あ!申し訳ありません。直ぐに準備します」


 虚ろな目をしていたマルリースであったが、ステインの問い掛けに我を取り戻して水の魔気芯を五本、トンファーに装填した。


「お待たせしました。いつでもいけます」


 新しい魔術を考える為に自分の世界に入ることはあるが、それ意外でマルリースが茫然とするのは珍しく、ステインは気遣いの言葉を掛けようと口を開くが、船が大きく揺れたことで言葉を飲み込んだ。渦の吸引が強まり、船が僅かに後退し始めたのだ。


「時間がない。お願い」


 あれこれと考える時間も言葉を交わす時間もない。ステインは短く告げると、マルリースは先程と同じくスイッチを五連打。青の世界が三人を取り込む。

 シルフィアが抱きかかえていたクライペン・スラングの眼球はいつの間にか青の世界に溶けてなくなっており、声の濁流が押し寄せた。


『青』

『蒼』

『蒼穹』

『魂』

『覇』

『矜持』

『願』

『魄霊』

『潰』


 言葉に紛れてシルフィアの眼に、ある生物が映る。口と鼻が突き出て威圧的な双眸を持つ顔、世界の果てまで伸びた細長い胴に、細く鋭い手足が一定の間隔で生えている。この生物の名をシルフィアは知らなかったが、口に出すべき言葉は知っていた。青の世界では見えないが、精錬を開始する前に聖剣があった場所へ右手をかざす。


「空明魔道神気集束、鎖状羈束封印解放、覇潰竜はかいりゅう……発動」


 青き竜は聖剣を縛る鎖の中を泳ぎ、鍔と柄を通った後、剣先から咆哮を残して青の粒子となって消えた。

 

 精錬を終えた聖剣は相変わらず鞘ごと鎖に縛られているが、ステインだけは明らかな変化を感じていた。変化というのは聖剣に対してではなく、己の身に対してだ。


「これは……マズい、けど……これなら!」


 聖剣から止めどなく魔力が流れ込んで来る。クライペン・スラングとの戦闘で魔力を消費していたが、瞬く間に魔力が復活していき今にも溢れそうである。

 このままでは魔術を暴発させかねないと悟り、舳先へと駆け出す。


「ステイン!?どこに行くの?」


「精錬は成功している。俺は奴と決着をつけに行く!船が動けるようになったら先に港へ戻っていてくれ」


 滾る魔力に触発されて語気が強くなってしまうが、気にしている場合ではない。舳先を蹴って跳躍し、聖剣を水面に突き立てる様に構えて飛び込んだ。


 船上に残ったシルフィアは何が起きたか分からず、おろおろとした後マルリースに声を掛けようとして彼女が片膝を着いて項垂れていることに驚愕する。


「マリー!?」


 駆け寄って肩を抱き寄せると、マルリースは億劫そうに顔を上げる。


「大丈夫です。濃い魔気に当てられて少し目眩がするだけです」


 蒼白の顔で言われても安心できる筈がないし、不可解である。確かに瞬間的に高濃度の魔気に覆われたが、マルリースの魔力量ならば十分に耐えられる筈だ。

 シルフィアの疑問を感じ取り、マルリースは目を閉じながら答える。


「私の魔力が混ざって精錬が上手くいかなかったら、お二人に申し訳が立ちませんから……魔力の流れを抑えてみたのですが、中々しんどいものでしたね」


「そんな危険なことを……。待っててください、今、薬を……あれ?」


 魔力の流れを抑えるのは簡単に言えば血流を抑えるのと同義だ。生物が生きる為に必須の機能を意図的に止めることは容易でないし、できたとしても体に負担が掛かりすぎるので危険でしかない。だが、マルリースは万が一、魔気芯から出た魔気に自分の魔力が混ざって精錬に影響を及ぼしてしまうことを危惧し、自らの魔力の流れを封じたのだ。


 シルフィアは手首に着けたポーチから魔力を回復させて流れを安定させる薬、カーム薬の入った瓶を取り出そうとするが、指先に上手く力が入らずポーチを開けられない。

 微量ではあるが、戦闘中常にステインとマルリースに魔術を施し続け、空魔精霊獣の力が及ばぬ水属性の精錬。本人は気付いていないが、相当量の魔力を消費しており、軽度の脱魔力症に陥っている。


「ふふっ、あなた程の人でも魔力の消耗は避けられないのですね」


 薄く目を開けたマルリースは微かに口角を上げる。格上の存在だと思っていた相手が急に近くなった気がしたのだ。


「いつぶりだろう。でも……んしょ、開いた」


 手の平全体を使ってようやくポーチを開けて薬品を探していると、船の周りから勢いよく触手が上って来た。鈍色で先端に眼が付いた、渦が出現する前に現れたものと同じ触手だ。触手は弱った少女二人を視界に捉えると、一斉に襲い掛かる。


「うおおぉぉっ!」


 触手と少女の間に飛び込んできた男が、手にしていた簡素な槍を慣れぬ手つきで振り回し触手を威嚇する。しかし、触手は恐れを感じないのか、槍に斬り付けられても真っ直ぐに少女達へ伸びる。


「おい、ニコラス!やっぱ慣れないもん振り回すのやめろ!」


「触手よりお前の方が危ねぇって!」


 触手は少女に絡み付く前にガラの悪い、もとい屈強な船乗り達に掴まって引き千切られる。


「う、うるせぇ!手掴みで毒でもあったらどうすんだよ!」


 木の棒の先にナイフを縛り付けた槍を振って漸く触手を一本切断したニコラスが振り向くと、仲間の船乗りは嫌らしいほど屈託のない笑みを浮かべて、両手に嵌めた手袋を見せ付けた。

 猛毒や針も何のその、活きの良い獲物もがっちり掴んで離さず耐久性抜群、リーム手袋、一組200バルタである。


「ぐ……くそっ!俺も手袋取ってくるから、彼女達を中に避難させとけ!」


 格好良さを重視して槍を作ったのはいいが、やはり畑違いのことはするものではないようだ。ニコラスは恥ずかしさを紛らわすべく偉そうに指示を出して去って行く。


「あ、あの。ありがとうございます、助かりました」


「なぁに、これまで大して役に立てなかったんだ。気にすんな……って、何か賑やかになってんな!」


 シルフィアのお礼に振り向いた船乗りは、甲板に散らばった薬品やら鉱石やら薬草に驚く。


「触手にやられたのか?すまねぇな」


「いえ、そうではないんですけど……あ、すみません、その瓶の蓋を開けてもらえますか?」


 船乗りは手袋を外して散らかった品々を拾い集めていく中で、シルフィアに頼まれた通りに瓶の蓋を開けて渡す。


「ありがとうございます。はいマリー、これ飲むと楽になるよ」


 暗い黄色の液体が入った瓶をしっかりと持ち、マルリースへ手渡す。


「申し訳ありません。この恩は必ずお返しします」


「恩なんて気にしないでください。わたし、今マルリースさんに結構寄り掛かってますし」


 弱々しくも支え合う二人の少女を横目に船乗り達はせっせと散らばった品々を拾い集めていった。




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