三章~アラクネ、鬼、豹~
いろいろあって更新が非常に遅れました。申し訳ありません。
前回のあらすじ
りりぃさんが住んでる世界の説明と二人が持ってる能力がわかった。
リリィさんはポンコツだった。
1
話を聞いたあと、リリィはすごく落ち込んでいた。
まあやらかした上で俺らが目をそらし、呆れたことが原因だろう。
元気づけるために、リリィの好物でも聞いて作ってやるか。そう思った俺は、リリィに問いかける。
「リリィ、ちょっと出かけないか?」
「……言いふらす気ですか?」ダメだ。完全にダウナーモードだ。
「それは助けてもらった恩を仇で返すようなものだ。そんなことすると思っているのか?」
「いえ、ただ聞いてみただけです。戯言です。まあ、ちょっと気晴らしに外に出たいですね。わかりました。ついていきます。」
「あ、その物騒な刀は置いておけよ。」柊の言葉にリリィの顔が真っ青になった。
◆ ◆ ◆
「なんでですか。なんで私の愛刀をおいていかなければならないんですか。」
「ここじゃ刀持ち歩いてたら捕まるんだ。ごめんな。」
「陽さんが謝ることじゃないですよ。ですが、物騒ってのはないでしょう……。」いや、あんな大きな刀は物騒だと思うのが普通なのだが。
リリィが持ち歩いていた刀は、背の高いリリィより大きい。目測で、180以上あるリリィだから、刀の大きさは大体2メートルと考えてもいいだろう。そして真剣。普通に物騒である。
俺たちがやってきたのは、この街で一番大きな公園だ。その公園のベンチに座っている。そもそもこの街はすごく小さい。なんでも2時間で一周できるとか。
紅葉が美しい秋だが、公園には紅葉する木はない。全部常緑樹だった。まるで鬱蒼としている森だ。季節外れとしか言いようがない気がする。
刀の話をしていたから、そのまま続ける。
「リリィの刀の銘ってなんなんだ?」
「『蜘蛛王』です。私が一族の王となった時に二代目の陽さんが贈ってくれた刀です。」
「一族の王?そんなお偉いさんが辺鄙な所へ来て大丈夫なのか?というか一族の王ってなんだ?」
「私は、蜘蛛族という一族の王です。まあ位だけの王ですけど。蜘蛛族のみんなはすごく優秀でして。私はその小さな穴を埋めていくのが仕事です。」リリィは少し苦笑いをして言った。
「じゃあリリィは元から貴族なのか?王になれるってことだから、相当高位な人なのだろう?」
「え?私が貴族?そんなわけ無いでしょう?」リリィは少し呆れている。
「あんまり言いにくいのですが実は私は――」その先の言葉は、悲鳴でかき消された。
2
悲鳴の先を見ると、高い木の上で泣きじゃくる幼い少年の姿があった。
木の下にはその母親と野次馬が群がって、やれ警察だの、消防だのと叫んでいる。
俺は左目に「何か」を集中させる。木の枝分かれしている大体1メートル下にポイントが現れる。
しかし、俺はそのポイントに向かって走り出せずにいた。
「竜の三力」の踏み込む力はあくまで踏み込む力。木に向かって三角飛びの要領でやれば、木は大きく揺れ、最悪の場合、折れてしまう。そうすれば少年は落ちて怪我をする。それは助けたことにはならない。
そう考えを巡らしているうちに、リリィは俺に問いかけた。
「陽さん。木に浮かび上がっているポイントを大体の位置でいいから教えてください。」そう言われたので、大体の位置を指さす。
「ありがとうございます。持っててくださいね。一応私の礼装ですから。」そう言うと同時に、羽織っていた和服をさっと脱ぐ。真正面からしか見えない和服の中身は、漆黒のワンピースであった。
座っていたベンチから、颯爽と走る。野次馬の数メートル前で跳ぶ。
悲鳴をや驚愕の声を上げる野次馬たちを気にせず、俺の左目が示した位置を寸分の狂いもなく片足を起き、そのまま三角飛びの要領で高く跳ぶ。
木は一切揺れもせず、今にも落ちそうになっていた少年の腰をとり、そのまま高く跳ぶ。
◆ ◆ ◆
私が少年の腰をとり、そのまま跳んでいる。だいたい少年がいた位置が3メートルほどだから、今は7メートルほどだろう。
目を瞑る少年に優しく「目を開けてごらん。」という。
恐る恐る目を開けた少年の目に映るのは、まるで空を飛んでいる感覚と、自分の目線の一からでは絶対見えない風景だった。
「わぁ……!」歓喜に満ちる少年を見て私は満足している。
そのあと、着地した私を待っていたのは、感謝と拍手の嵐だった。
飛ぶときにはいなかった特殊な服装をしている人たちから、すごい感謝された。おそらく陽が入っていた警察と消防、なのだろう。
どちらが警察でどちらが消防なのかはわからないが、両方からも感謝を送られた。
3
何かもう、色々と凄かった。
三角飛びとはいえ、あそこまで飛べるはずがない。
まるで、いや、リリィは「人ならざるもの」ではないのだろうか。そう思う程、人離れした所業をやってのけていた。
その白き姿は、昔とっていた弟子を思い出させる風景でもあった。あいつは、赤い目をしていたが。
少し離れた場所で立って見ていると、リリィが俺の方を指して何か言っている。
……あ、これは俺にもなにか言われるのだろうな……。
そう思っているとやっぱり野次馬たちは俺を見た。
駆け込んできて、色々と質問してきた。ただただ、面倒くさかったので、
「俺は助けることに直結することは何もしていません。助ける、という行動を起こし、成功させて、あの少年を助けたのはリリィでしょう?俺は感謝されることは何もやっていませんよ。」
それを聞いた野次馬たちは、謙遜か、とどよめき、俺にも称賛の嵐が巻き起こった
……正直、鬱陶しいな、と感じた。俺は本当に何もやってないのだから。
「リリィ、買い物行くか。」そう伝えたが、俯いて全く反応がない。
俺は怪訝そうな目をし、俯いている顔をみた。
もともと顔が白く、さっき青くなった時もはっきりとわかるぐらいだった。その白い顔が、耳どころか首まで真っ赤になっていた。
「……リリィ?大丈夫か?」
「え?!あ。はい大丈夫です!何もないです!はい!」
「……本当か?風邪とかひいてないな?最近肌寒いから、気をつけるんだぞ?」
「風邪はひいていません!私は一度も風邪をひかなかったですから!風邪も、病気も!」
「……ならいいんだが、体調には気をつけなよ。風邪にも病気にもならない奴は、抵抗が弱い可能性もある……かも知れないからな。」
「はい。お気遣いありがとうございます。」
4
そのまま買い物のために、私たちは最寄りのスーパーへ向かった。
「リリィ、何か食べたいものはあるか?」陽さんが問いかけてきた。
「食べたいもの……ですか……」私の考えは一直線だった。
ただ、恥ずかしかった。
「肉……」小さく答えた。
陽さんは笑って、「わかった。」と呟いた。
そのあと、精肉売り場で、とても大きい、ステーキ用の牛肉を三つ買い、だいたい3日分の日用品や飲み物を買って帰路に着いた。
帰り道は二人になる。二人になるとどうしても意識してしまう。
あの時の何かは、私のまた何かを支配していた。魔力ではない何かが、何かを。
「リリィ?」陽さんが問いかける。
「あ、はい!何でしょう?」私は悟られないように、問い返す。
「その服、礼装なんだろう?一応普段着とかいるだろう?」
「――あー……確かにいるかもしれませんね。……まあ、大丈夫でしょう。」
「……大丈夫なのか?」
「私の力を使えば簡単ですよ。徹夜すれば同じものなら3着ぐらいは作れるでしょう。」
陽さんは少し、不思議そうな目をしていた。
◆ ◆ ◆
家に帰ったあと、柊さんがいないことに気づいた。
聞けば、どこかに出かけた、という。確か、爺に会いにいく、と言っていた。爺とは誰なのだろう。
「さ、料理作ろうか。といってもステーキだけどな」苦笑いのような笑みを浮かべながら、私も見て言った。
「手伝えることはありますか?」私がと聞くと、「いや、いいよ。休んでおきな。」と言った。優しいなあ。
そんなことを考えながら、ふと思い出す。服を作るとなれば、私の正体が確実にばれる。本当ならば、隠さずに行きたいところだが、生憎、私は居候の身、そんなわがままは言えないだろう。
思案を巡らし、どうにかばれずにできないものか……そう考えているうちに、長考しすぎてしまった。既に日は沈み始めていた。
日が沈んだことに気づいた数瞬後、柊さんが帰ってきた。
「やあ、ただいま。捕まらなかった?」
何を言っているんですかこの人は。と、思ったら太刀をもって行って捕まってないか心配したらしい。
少しじとり、と見つめると、「や、冗談冗談。そんな目で見んなよ。普通に怖い」と苦笑しながら料理している陽さんの方へ向かった。
「なんだ?今日はやけに豪勢な食事だな。」
「リリィは捕まるどころか、褒められたんだよ。少しくらいいいじゃないか。」
「リリィは子供か。俺は少し部屋に言ってるよ。出来たら呼んでくれ。」
柊さんの言葉に、「おう。」と答えたあと、部屋に行った。
5
それから数十分後、食卓にぎりぎり収まるほどの食事が並べられた。
分厚く、大きい肉のステーキ、色とりどりの野菜のサラダ、ミネストローネ……かなり豪勢だった。
私は美味しそうに焼きあがっているステーキを前に唾を飲み込み、すでにかぶりつきたい衝動に駆られそうになっていた。
「「「いただきます。」」」三人の声が重なり、皆が皆重い重いの食べたいものに手を伸ばす。
私は真っ先にステーキに手を付け、一切れ一切れの味を噛み締めていく。
「おいしい!陽さんって料理上手なんですね!」
「……喜んでもらえて何よりだ。」少し照れていた気がする。
「相変わらずお前ミネストローネ好きだよな。洋食の時毎回作るんだけど、バリエーションないのか?」
「うまいから問題はない。今日はマカロニペンネにしてあるぞ。」
「そこのバリエーションじゃなくて味のバリエーションを増やせ。」
「……仕方ないな。」
「やったぜ。」
微笑ましく感じるその食事風景は、何年……何百年も前の風景に見えた。あの頃は、もっと人が多かったけど、このふたりといる時間は、変わらない楽しさを持っている。
1時間ほどたっただろうか。食事は終わり、みなさんが入浴を終えたあと、私も入り、出た後に陽さんが私に話しかける。
「リリィ、服ってどうするんだ?」
「あー……引きません?」
「何に対して引く必要があるんだ。なにか後ろめたいことでもあるのか?」
「ええ……まあ。隠し事、というより話してないだけですけどね。では、始めますね」
私は正座の形になる。そして――
私の足に甲殻が形成される。いや、魔力で隠していた甲殻があらわになる、という表現が本当なら正しいだろう。
そして、グチャリ、という音とともに人ではない何かが私の臀部から出てくる。
よく見ると、蜘蛛の頭胸部である。
またグチャリ、グチャリと音がして、今度は腹部が出てくる。
また今度は、蜘蛛の足が一本一本とゆっくり頭胸部から出てくる。グロテスクな音を発しながら。
音がしなくなった後、そこには人の上半身に蜘蛛の下半身という、歪な姿になっていた。
陽さんは表情を変えずにその姿を見、柊さんは驚きつつも私の変化に目を離せない、そんな状態で私を見ていた。
私は、落ち着かせよう、そういう考えで、言葉を発した。
「改めて、自己紹介をさせていただきます。私の名前は、リリィ・メイナー。アラケニーです。」
6
なんとなく察しはついていた。特に人間離れした身体能力を見ていたから。
下半身部は蜘蛛の体がついており、タランチュラのように足には毛が生えている。
それは、リリィが「人ならざるもの」であることを如実に表し、「かけ離れた存在」でもあるのだった。
ただ、それは俺らと同じだった。
竜の三力、植物と対話する能力、そして――。
「……俺らは、とある集団の一人でな。といっても、7人しかいないけど、それでも『流儀』ってものは大事にしているんだ。」
柊の目つきが真剣なものになる。ちらりと見ると、『肯定』の念が帰ってきた。
「リリィは相応の『挨拶』をしてくれた。ならばこちらも相応の『挨拶』で返すのが流儀だ。」
「俺は『山棲の餓豹』橘井柊。」
「俺は『赤目の鬼』白石陽。」
ふたりの挨拶をリリィは真摯な目できいいていた。
「……なら、私もしっかりした挨拶が必要ですよね?私はただ種族を伝えただけですし。」
「わかった。」
「私の名前はリリィ・メイナー。アラケニーにして、蜘蛛族の王、『蜘蛛王』です。」
凛とした空気と、リリィから静かに発せられる気が、「王」の尊厳を表しているような気がしてならない。
だが、すぐリリィの顔は綻び、
「堅苦しい挨拶早めにしましょうか。私だって王と名乗りながらも名前だけの王ですし。どちらかというと皆の慕い方は姉に等しいものですよ。」
「それでも慕われているんなら人望があるいい王ってことじゃないのか?」
俺が言うと、リリィは照れて「そんなことは……」とぼそぼそつぶやいていた。
俺は、何か、蜘蛛族の皆が姉のように慕う理由がわかった気がした。
結局、リリィは王のような雰囲気は全くないのだ。家族のような暖かさを持っているからこそ、姉として慕われている。
「で、リリィ、服はどうするんだ?」
「……あ」
真っ青になったリリィを見つめながら、今日という騒がしくも楽しい一日は過ぎていった。
題名回収しました。
次回は柊メインのお話になります。