3話、決闘
「やぁミス・アイリス、今日もいい天気だね。エルシャ様のお導きに違いない」
アイリスと詩音は翌日の昼ーーリオンと詩音の決闘の時間に約束の広場へやってきた。
「えぇリオン様、その通りですわ」
なんだアイリスのやつ。こんなにお淑やかだったか? 顔も少し赤くなってるようにも見えるし。はっ、こんな奴の何処が良いんだか!
リオンは学院内では評判が良い。魔法の成績と、誰にでも分け隔てなく接するためだ。そのため、リオンはとても人気がある。だが、ひとつ問題がある。
「しかしミス・アイリス? 君も貧乏クジをひいたものだ。まさか平民を召喚してしまうなんて、魔法が苦手な君の状況を写しているようだね」
リオンは、はははと笑う。そう、思った事をそのまま口に出してしまうのだ。基本的にこの学院内にいる者は、言われて恥ずかしい事など無い。それゆえ問題なくやってこれたのだ。まぁ問題なんてあっても王子なので、困るような事にはならないが。
「えぇ、リオン様、私の努力不足ですわ」
アイリスの顔から色が消える。内には怒りが溢れていた。怒りの矛先はリオンではなくアイリス自身にだが。
「ふむ……そろそろ始めようか。人が集まってきた。先生方が来る前に終わらせよう」
やろ……すぐに終わらせてやるみたいなニュアンスで言っている、瞬殺してやるよという事か。
「おう、もうすぐ地面と抱き合うんだから仲良くなれよ」
「このーーまぁ良い、ジャン、決闘の合図を」
リオンは、人で作られた円から一人の男を指差す。
「はいはい」
気怠そうに返事をしながら出て来たのはアフロだ。いや、アフロというのは語弊があるか。正確には天パか。声だけでなく顔からもやる気の無さが滲み出ている。
「早くしろ!」
「それじゃ、はじめ〜」
詩音は一瞬、理解するのが遅れた。軽すぎるノリのためだ。
え、もう始まったのか? よし、先手必勝だ!
詩音は走り出す。拳を当てるには積極する必要がある。
「ファイアボール」
リオンは詩音に杖の先端を向ける。すると、直径がバスケットボールほど火の玉が杖の先端あたりから現れた。
「……は?」
なんなんだよそれ。おかしいだろ!? なんで火の玉が出てくるんだよ!
詩音はギリギリで躱した。詩音を超えていった火の玉は人の壁へと進んでいく。
「ウォーターウォール」
その方向にいた一人が杖を振って水の壁を作る。二つの魔法が交わり爆発音が響く。見学に来た者は自衛しなければならない。これは決闘における暗黙のルールだ。もし怪我をしても責任は怪我をした本人だ。
……は? なんだよあの威力は!? 当たったら死んじゃうじゃないか!?
「ふっ、間一髪避けれたようだな。だが次はそうもいかないぞ?
ファイアブレット」
火の弾丸が詩音を貫く。それはひとつにだけでは無く、複数だ。
「あ゛、ゔっーー」
痛い痛い痛い。なんで、どうしてーー
生まれてこのかた骨折もしたことのなかった詩音からすれば初めての痛みだ。ゆえに心が折れかかっていた。痛みだけが詩音に襲いかかる。
「ふ、これが貴族と平民の差だよ」
リオンが何かいっているが、詩音の耳には入ってこない。
痛い。
もう少し傷が酷ければ死んでいただろう。心臓など重要な臓器が無事だったのは奇跡かもしれない。
痛い。
どうしたの?
思考を放棄していた詩音はふいに声を聞いた。
すごく痛いんだ。
逃げる?
まるで逃げ道が用意されているように問いかけてくる。とても優しい声で、悪いことじゃないんだよ、とでも言うように。
逃げたい。
それで良いの?
確認するかのように問いかけてくる。すぐにでも頷いてしまいそうになる。
……良くない。だけど俺じゃどうしようもないんだ。力が違う。
力が欲しい?
詩音は気づいてないがこの会話をしている瞬間は、痛みを感じていなかった。
もちろんだ。
そう……なら後悔しないでね?
どういうっ!?
問いかけようとしたところ会話が終わる。ふたたび痛みが詩音を襲う。それと同時に、右手の文字が光って、熱くなる。
「ぁがっ!?」
声が漏れる。周囲はその様子に嗤っているようだが詩音はそちらに気を配る余裕はなかった。
カチリ。詩音にはそんな音が聞こえたような気がした。そして詩音は見る。
っ、これは!?
そこで詩音が見たものとはーー
「はっ、これはもう終わりだろう?」
「いや〜? だって負けを認めてないじゃん〜」
リオンの問いに対して、ジャンが返す。
「決闘のルール忘れたぁ? どちらかが負けを認めるか、戦闘不能のどちらかだよ〜。彼、まだ戦闘不能とは言えないんじゃないかなぁ」
「何が言いたい」
「つまり〜負けましたって言わせるか、殺さなきゃ」
「なっ、それでは……」
ジャンの目が冷たくなるのをリオンは目撃した。
「そいつの言う通りだぜ?」
詩音が起き上がる。なんの不自由なく。これには観客だけでなく、リオンやジャンも驚く。
「なっ! 何故立ち上がれる!?」
「……」
「その質問にはこう返そう。直したから、と」
騒然。呆気にとられる者もいれば、インチキだと決めつけ罵る声も聞こえる。
「き、貴様平民だろう? 魔法使いの中でも希少な回復魔法を使える!?」
ふーん、こいつらはおれが回復魔法を使っていると 勘違い しているのか。この力の真髄はこんなもんじゃねぇ。
「さて、どうだろうな」
「貴様ぁ! ファイアアロー!」
リオンが杖を振り、火の矢が詩音に襲いかかる。それに詩音は何もしない。
「あ、ありえないーー」
「どうした王子様よぉ? そんなものか?」
詩音に接近した火の矢は初めから何も無かったかのように霧散した。これが何を意味するのか知っている者は今は居ない。
詩音は迎え撃ってくる魔法を全て無力化しながら接近する。そして渾身の一撃をお見舞いする事に成功した。
「君たち何をしている。決闘は校則で禁止されていたはずだが?」
ここで教師によるストップがかかる。周りにいる人が増えていた。これだけ騒動が大きくなれば教師にバレるのも時間の問題であっただけだ。
「これはイッシュ先生〜すみませんねぇ、リオンがどうしてもというもので〜
それて、これは決闘じゃないんで。ただの喧嘩ですよ」
「ふぅー、仕方ない。今回の事は私の胸のうちにしまっておくが、次はするなよ」
「は〜い」
ジャンとイッシュと呼ばれた教師は、何度かやり取りをする。そしてイッシュ先生がどこかえいってしまった。集まってきた集団も少しづつ解散していった。
「リオン〜大丈夫ぅ?」
「あぁ……」
ジャンは倒れているリオンに手を貸す。そして詩音の方を向いて一言。
「凄いねぇ、リオンに勝っちゃうなんて。時間を戻すっていうのは驚いたよ。」
ゾクとした悪寒が詩音の背中を伝う。そして力の本質を見抜かれていた。
あれだけで分かるとか……こいつ只者じゃないな。
詩音は体力が尽きたのは地面に倒れ込んでしまう。
「シオン!」
その詩音にアイリスが駆け寄る。その目には涙を浮かべている。詩音は絶対に勝てるはずの無かった勝負に勝ってしまった。アイリスはその事が衝撃的だった。アイリスは少しだけ詩音を見直した。
「アイリスさん、おめでと〜彼は君の使い魔なんだから、君が無能じゃないって証明されたね」
ここでジャンが空気を読まなかった。ジャンが何をしたいのか、それはアイリスだけでなくリオンにも分からなかった。
○
「ぅ〜ん」
詩音の顔に太陽の光が差し込む。
朝か? たしか決闘して……その後倒れたんだっけ。あれ? なんで床が柔らかいんだ?
「あ、起きた?」
アイリスがいた。すでに制服に着替えている。そして詩音は自分の周りを見た。
視線が高い。って、ベッド!? アイリスのか!?
「お、おいアイリスーー」
「きょ、今日だけ特別なんだからっ」
そうして怒鳴った後に見せた刹那の笑顔に詩音は固まった。
嗚呼、なんて蠱惑的で妖艶な笑みなんだろうか。
どうも!
詰め込みすぎたかも