月下の闇(ウェスペルス)・Ⅳ
ぼたたと、クロウリーの身体から血が地面に流れ落ちる。その様子を無表情で見つめるアーヴィガイヌとサルサディア。
「……なるほど、さすがと言うべきか。だが……俺はどうあっても、世界の主になると誓ったのだ、〝彼女〟に!!」
その叫びと共に力を放ち、同時に彼は彼女のことを思い出す。
彼女──シャリル・ラナ・ミドゥリアは幼少から心臓が弱かった。クロウリーは彼女の病気を治すために、錬金術師の能力を使っていた。
「──そこまでする必要はないのよ、クロウリー」
「何故だ! 病気が治れば、長生きできる!!」
クロウリーの幼なじみである彼女は三十歳まで生きれるかという状態であった。
「わたしはね、クロウリー。あるがままを受け入れているの」
そう言って、シャリルはクロウリーの頬に触れる。
「わたしの心臓が弱くて長生きできないのは、神がお決めになったこと。それにわたしは従うだけなの」
「神など……っ」
いないと言いたかったが、錬金術師であるクロウリーには否定できない。
「クロウリー、貴方は錬金術師。わたしだけが患者ではないでしよう。貴方はエンス・ウェネニの錬金術師なのだから」
当時、クロウリーは六大陸のひとつ、トルフィットにあるエンス・ウェネニの錬金術師であった。
「それでも俺は……」
ぎりっと唇を強く噛みしめるクロウリー。
いくら幼なじみでも、彼女は普通の人間でクロウリーは錬金術師。すでに時間の流れが違う。
「いくら貴方でも出来ることと出来ないことがあるでしょう、クロウリー」
「いいや、出来る! 俺は錬金術師だ!」
言い切るクロウリーにシャリルは諭すように言葉を紡ぐ。
「自惚れては駄目よ、クロウリー。貴方は神じゃない。万能者ではないの。誤ってはいけないわ」
「じゃあ、お前が死ぬのを黙って受け入れろと!?」
憤るクロウリーに「そうよ」とシャリルは答える。
「これは運命。かえることは出来ない。それは貴方が一番、知っているでしょう?」
「────っ」
クロウリーは言葉に詰まる。
彼とて、わかっているのだ。けれど、感情がそれを許さない。