月下の闇(ウェスペルス)・Ⅲ
「なんでだろうな……」
「わからないのか」
「きっと……死ぬ前にレイの姿を見たかったのかもな」
死ぬ前ね、と呆れまじりに呟く「破壊者」。
錬金術師の寿命は基本長い。百歳以上は普通に生きる。寿命が尽きるまで錬金術師は不老不死に近い。だから、「破壊者」は呆れたように呟いたのだ。
「──お前はアクワ・ペルマネンスの城主になる男だから、知っておくといい。そして、伝えていけ、代々の城主に、口伝で」
「なにをだ?」
「錬金術師以外の……普通の人間が滅びを導くのは仕方ないことだ。──闇は常に人々の心に存在しているから。けれど、そうではない闇というのが存在する」
そうでない闇? とオウム返しするメイザース。
「クロウリーのような存在のことだ。あの男で十一人目か……世界の主の意思ではない、自然に誕生する──闇。その闇は消滅させることが出来ないから、封じることにしている」
話す彼の双眸にメイザースは映っていない。そこに映し出されているのは──アーヴィガイヌとサルサディア、そして、クロウリーの戦い。彼はマサク・マヴディルでおきている戦いを〝見て〟いるのだ。
「二種類の闇が存在するのか?」
「そう、ふたつ。ひとつは人々の心の闇が生み出す──滅び。もうひとつは、自然に生まれる──闇、滅びに繋がる闇だ」
椅子から立ち、彼は続ける。
「人々の心から生まれる闇に名はない消滅させることができるからな。……だが、自然に生まれる闇には名前がある」
そして、彼は空中に文字を描く。そこに描かれた文字は────。
「……〝月下の闇〟……それが、世界の主が名付けた名前だ」
闇の名前を告げ、彼は部屋を出た。メイザースは「月下の闇……」と呟き、窓の外を見る。そこに広がるのは深淵の闇のみだった。