邪神どもの街・純白の塔 (仮題)エピソード1
初 投 稿 で す
某ダンジョン小説の激甘っぷりに触発されて、練習がてら辛口っぽい話をひとつ。
残酷かとか反倫理的かとかよくわからないのでとりあえず残酷R15。
元気と暇があれば連載します。
青緑の輝きが薄暗い葉陰にちらちらと走った。寄って見ると、か細い腕の白さを保った肌の上を小さな炎が流れていた。炎の加護は死んでも暫くの間身体にとどまって、虫や獣、そして腐敗を遠ざけるのだ。
不毛の9階層、泥の3階層を抜けた先、苔と羊歯の階層の2層めに、彼女は倒れていた。
俺は依頼を完遂すべく、預かってきたものを取り出す。空っぽのランタン。炎の信徒がいつも手に提げているそれは、いびつな形の籠のように見えるが、神の炎で満たされて輝く神聖な道具である。
ランタンを彼女の身体に近づけると、炎は名残惜しそうに白い肌を離れ、ランタンを満たした。これを持ち帰れば、今回の依頼は達成だ。だが仕事は残っている。俺の神様と俺自身のための仕事だ。
彼女はところどころ焦げた毛布の上に横たわり、すねに蛇の噛み跡があった。眠っている間に彼女の命は奪われたのだろう。炎の信徒は塔に上るとき軽装を好むが、これは神の加護を過信していると言わざるを得ない。獣の少ない階層とはいえ、そんな格好で横になるのも考えものだ。あれもこれも、もう過ぎたことだが。
彼女をはずかしめない範囲で、身につけているものを外していく。髪飾り、首飾り、物入れ2つ、ナイフ。顔は見ない。息を吐きかけない。衣服と姿勢を整えなおす。手早くやらなければ、彼女の命を奪ったものが足元に寄ってくるかもしれない。
辺りに人気が無いことを確認しなおすと、しゃがみこんで神様への言葉を暗唱する。意味もわからず詰め込まれた言葉の羅列だ。最後に一言付け加える。
「――炎の神から見放された者、名も知らぬ娘を捧げます、お救いください」
虚空から、鈎爪のある触手、二股の触手、吸盤のある触手……無数の触手が現れ出て、彼女の身体にまとわりつき、虚空へと引き上げていった。
これは秘儀である。もし他の神の信徒に見られたら、その者が言葉を発する前に殺し、亡骸は同じように神様に委ねなければならない。神様はそうおっしゃったが、今の俺には重すぎる使命だ。隠れてやるに越したことはない。
最後に残った彼女の遺品を整理するのが、俺自身のための仕事だ。
◆
一大勢力である炎の信徒の居住区は、いくつもの地区に分かれている。そのうち1つの地区を束ねるのが、俺の得意先の親爺である。集会所を兼ねた屋敷の一室に俺は通された。
「よく持ち帰ってくれた。報酬を受け取るがいい」
俺が差し出したランタンを見て、いつも通りにこりともせずに親爺は黒ずんだ銀貨を差し出した。
「他にもいくつか持って降りてきたんですがね、ご覧になりますか?」
「……見せてくれ」
俺は持って降りてきた品々を並べてみせた。どれもかさばらず、多少なりとも値打ちがありそうなものだ。親爺は髪飾りと首飾りを手に取り、じっと見つめていた。いつもなら一瞥をくれた後、全部持っていけと言うところだが。炎の信徒は物質にこだわってはならないのだ。
親爺はおもむろに席を立つと、飲み物と杯を2つ持ってきた。飲み物を注ぐと、自分の分を呷り、俺にも飲むよう促した。香辛料のきいた、ひどく刺激的だが癖になる酒だった。
「……あれは私の姪だったのだ。おてんばだが人懐っこくて、実の娘のようにも思えた。神の守りも厚かっただろうに、なぜ……」
「おそらく毒蛇だと思います。傷を見ました」
「……これで全部なのか?」
「残りは埋めました」
「土に?彼女の身体もか?」
「……はい」
親爺は俺に向けた視線を落とすと大きくため息をついた。髪飾りと首飾りを再び手に取って言った。
「この2つは渡せない。他は好きにするがいい」
「良いのですか?あなたほどの立場でそれは……」
「余計なお世話だ。いずれ燃やすさ」
「噂が立つかもしれませんよ?」
「その時はお前を焼き殺しに行かねばならん、わしが焼き殺される前に。さあ持って行ってくれ。次の仕事があったら呼ぶからな」
◆
夕暮れ時には、いつも陰鬱な街がさらに不吉な色合いを帯びる。鮮やかに輝くのは大空と、空の一部をなす白い塔だけだ。
火の信徒の地区から不信心者の地区に帰ってきた俺は、いつものように3日分のパンとしなびかけた青物、それに何の肉だかわからない燻製肉を買って俺の家――他に誰も住んでいないボロボロの長屋の一番マシな部屋――にたどりついた。
『おそーい!いったい何日かかってるのさー!お腹ペコペコだよー!』
部屋に入るなりあのおぞましいあまたの触手が絡みついてきた。あっという間に2本の触手が肉とパンをつまみあげて本体――「ワレモノ」と書かれた木の箱に運び込んだ。
『キミはまず肉体チェックだ。さあベッドへゴー』
俺は触手に足をすくわれ身体をからめとられベッドにねじ伏せられた。仰向けにひっくり返され、顔に触手が迫ってくる。
『さあさあちょっと痛いけどじきに良くなるからねー』
俺の鼻の穴に、2本の触手がねじ込まれる。鼻腔を押し広げられ、粘膜を蹂躙される苦痛に意識が遠ざかっていく。
夢の中ではいつも、神様は可愛らしい子供の姿だ。どうせならこの姿で顕現すればいいのに。
『いやいやそれじゃこの厳しい世の中では生き残れないよー……さて、今回も誰にも見られなかったようだね。上出来だよっ!見られていたらそいつもキミもまとめて神様が呪い殺さなきゃいけないからねー。キミが捧げた娘、あれは可愛かっただろう?生きているうちに触れられなかったのは残念だったねー。それともまさか、死に姿を見て劣情を催してはいないだろうねぇ?』
いくら神様でも言っていいことと悪いことがあるでしょう。ちゃんと教えられたとおりに死者への礼節は尽くしています。
『うんうん怒る元気があるのはいいことだ。もうちょっとキツい仕事でも耐えられそうだねー』
勘弁して下さいよ。死体回収の仕事だって十分キツいです。尊敬されないし、給金は安いし。
『低層で安全に稼ぎつつも使命を果たせるいい仕事だと思ったんだけど……仕方ない。キミには新たな力を授けよう!あの娘、ナイフの使い方が結構上手だったようだから、彼女の技量をキミに植え付けてやる』
それで今度は何をさせるんですか?追い剥ぎに転職ですか?
『まあチャンスがあればやってみてよ。異教徒どもをぶっ殺してー、ばんばん捧げてくれたまえ!』
うわあ……死者への礼節を説いといて、そんなことよく言えますね。
『いいかいキミぃ、現在この世界は相いれない神々が覇権をかけて争う代理戦争の真っ最中なんだよー。神と神が争ったら、地上世界は壊れてしまうし、塔の上にある天上世界は手に入らない、と。それで神々は盟約を結んでいるけども、人間は異教徒同士なら殺し合い推奨だからねー。異教徒のおっさんに同情してる場合じゃないんだよー。不信心者だと思われているから大目に見てもらえるだけでー、神様が庇護してると知れたらキミは骨も残さず焼かれちゃうよー』
もう目を覚ますのが嫌になってきた……誰かほかの人を連れてくるから、俺を解放してくれませんかね?
『それではいけないのだよキミ!神様とキミの零細経営だから隠れていられるけど、布教活動なんかしたらあっという間にコテンパンだよ?そ・れ・に、顕現体の姿を好きになってくれる触手フェチの変態さんは、この地上世界でキミだけなんだからっ♡』
子供の姿がドロドロと崩れて、触手の塊が押し寄せて、そして俺は全てを忘れさせられた。記憶させられた。忘れさせられた。記憶させられた。忘れさせられた。記憶させられた。忘れさせられた。記憶させられた。忘れさせられた。記憶させられた。忘れさせられた。記憶させられた。…………
最悪の気分で目覚めた。全身イヤな汗がまとわりついている。「ワレモノ」と書かれた椅子代わりの箱に腰かけて、パンを食い、水を飲み、再び横になる。昨日までよりももっと血なまぐさい明日がやってくる、そんな予感がしてうなった俺の頬を撫でたのは、夜風か、それとも……
くぅ疲