第八幕 神話
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「・・・。」
俺の放った弾丸は、彼の眉間を貫いた。そして、それは水中に吸い込まれるが如く―――消えた。
確かに俺はアトゥラの眉間を狙って撃ったはず。そして弾丸はそこに命中したはずなのに・・・彼は更に続ける。
「・・・解ったかい?君は僕を傷付けることが絶対に出来ない。同じように、僕も君を、君達を傷付けることは絶対に出来ない。あってはならないんだよ、君達と損得を分け隔てることが。それが、僕を生み出した神の意思ってわけ。」
「・・・貴様は・・・何者だ・・・?」
「理解したと受け取っていいのかな?・・・そうだね、僕は、君達が言うところの・・・『審判』いや、『裁定者』と言ったほうが正しいか。だからこそ、僕はこの世界に於いて常にいかなるものより中立でなければならない。それこそが、神様が定めたルールなのさ。」
「・・・良く分からんが、つまり貴様は俺をどうするつもりだ?」
「別にどうもしないさ。長い長い歴史の中で、神様にさえ予期出来ない事態だって無いとは言えないんだもの。僕は、ただ君にそれを説明しなきゃいけなかっただけ。更なるアンバランスを防ぐ為にね。あとは・・・そう好奇心かな。君の魂はどちらかと言うと僕たちに近い。・・・兄弟、いや従兄弟かな?君とお話がしてみたかっただけ。それに・・・。」
と彼は言いかけて考え直す。
「・・・いや、それは後にしよう。君の質問に対する答えはここまでだよ。・・・他に何か聞きたいことはあるかい?」
「・・・神様って奴は何のために俺達人間を造った?」
「君達らしい実に素直な疑問だ。・・・今まで幾多の人間がそれを求めた。いや、全ての人間達の根底にあると言ってもいい疑問だね、それは。」
彼は、大分温くなったハーブティーを口に入れ、続ける。
「・・・でもね、その大いなる意思に、『理由』なんてないんだ。簡単に言うと、気まぐれ、というほうが解りやすいのかな。だから例えば君達が一人残らず滅亡したとしても、神様は何も言わないさ。それも一つの『結果』だからね。」
「・・・要は造りっぱなしで放置ってことか。随分と無責任な神様なんだな。」
俺が皮肉を洩らす。
「あはは、そういうわけでもないんだけどね。我らの神が、何をモチーフに僕たちを造り賜れたと思う?・・・神、自身さ。大いなる神は、自らの魂を幾つかに分け、始まりの子らと、七つの裁定者の魂を造り賜れた。或る者は獣の姿、或る者は草木の姿、或る者は魚の姿、そして或る者は君達のようなヒトの姿にね。この地球に存在する全ての生命は、神そのものと言っても過言じゃない。神を模して造られた、言わば『神の分身』なのだから。」
・・・神論や進化論に興味は無い。俺は、自分の探しているものと、この曖昧な記憶がはっきりしさえすればいい。
「それで、俺の記憶はいつ戻るんだ?」
「言ったでしょ?僕たちは基本的には君達に介入することは出来ないと。君の記憶がいつ戻るかなんて、僕には分からないさ。」
それでは、俺は何のためにわざわざここに来たというのだ。肝心な部分が分からなければ意味がないではないか。
俺は、アトゥラを睨みつける。
「そんな怖い顔をしないでよ。話は最後まで聞いて。・・・確かに、君の記憶がいつ戻るかなんて僕には分かるわけがない。でも、僕だって仮にも『裁定者』だよ?・・・君が転生する前、元の躰で生きていた時の姿はちゃんと観ていたさ。君は確かに何かを探していた。裁定者の僕には解らないけれど、それは君にとってとても大切で、かけがえの無い何かには違いない。そして、君はこの街に居た。これだけ分かればどうにか手掛りになるんじゃないかな?」
俺はその言葉を聞いて、とりあえずは安心した。この胸の中にある曖昧な記憶が少なくとも的外れなものではないと解ったからだ。
「探しているのは何なのかは分からないのか?」
「残念だけど、そこまでは・・・。でも乗り掛かった船だ。出来る限りは力になるよ。ついでと言ってはなんだけど・・・僕の条件をのんでもらう代わりにね。」
「交換条件、ってわけか。」
「安心して、それほど難しいことじゃないよ。まず一つ、このテスタロッサのことは口外しないこと。まぁ、普通の人間には僕の姿は見えないし、このテスタロッサにすらたどり着くことは出来ないんだけどね。」
「こいつはいいのか?」
俺は、隣で呆然と話を聞いている少年を指差す。
「え・・・っあ、あたしは・・・っ・・・。」
ん?今、自分のことを・・・もしかして、こいつは?
「そう、もう一つがそれだ。普通の人間にはたどり着けないはずのテスタロッサ、更には見えないはずの僕の姿が見えている。・・・魂ってね、関わりの深い魂同士は互いにひかれあうんだ。だから、この子の場合もきっと君と近い位置・・・もしくは、遠い昔にお互い関わりあいのあった魂を持っているのかもしれない。・・・失礼ながらお嬢さん、今までの話は聞いていたよね?僕は君のこともずっと観ていた。行く宛てが無いのなら、この無愛想な男についてゆくといい。無愛想だが、悪い男じゃない。この『裁定者』、アトゥラが保証するよ。」
お嬢・・・って、やはり女だったのか・・・って。
「ちょっと待て!無愛想も余計なお世話だが、ついて行けとはどういうことだ!大体勝手に・・・。」
「おやおや、『袖擦り合うも多生の縁』、という言葉を知らないのかい?君が助けたことも何かの縁だ。どうせなら最後まで責任を持ってみようよ。」
「それとこれとは別の話だ!大体が、俺は場合によっては危険な目に合うかもしれないんだぞ!?それに、男ならともかくこいつは女だ!それを簡単に・・・。」
「だからこそ、だよ。原因は解らないとはいえ、君は僕にとってもイレギュラーな存在だ。とても興味深い。生まれ落ちてから永久の時を生きてきた僕ですら、君のような存在は初めてなんだよ。簡単に死んで欲しくない。彼女が一緒なら、君も無茶は出来ないだろ。・・・それに、女性を守るのは男の役目だ。君も男なら覚悟を決めなよ。これは『条件』だよ。君にとっても悪くない話だと思うけどね。」
いけしゃしゃーとこいつは・・・。
「・・・。」
「あ・・・。」
少年・・・もとい、少女と眼が合う。少女はおずおずとこちらを伺っている。
・・・そうだ、俺はともかく、この娘の意思はどうなんだ?
「・・・異論はないみたいだね?お嬢さん、君はどうだい?」
「え・・・あ、あたしはその・・・っ・・・。」
そうだ、こんな若い娘が、何処の馬の骨とも知れぬ男と行動するなんて嫌に決まっている。
「その・・・あのっ・・・か、彼が良ければ・・・。」
あぁ、そうだ、そりゃ断るだろう・・・って!?
「・・・お前、本気か?」
「え・・・?」
「よし!互いに異論がないなら決まりだ。そうと決まれば、後は若い二人に任せるよ。何かあればいつでもこのテスタロッサに来ればいい。僕はいつでもここに居るから。」
な、なんでこんなことに・・・。
そうして、俺と、この無防備な少女との生活が始まった。・・・この先、一体どうなることか・・・。