第七幕 疑惑
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目の前に座っていたのは、美しく光る紅い髪の少年。何もかもを見透かすような碧色の瞳が、にこやかにこちらを見ている。
「改めて、挨拶しよう。僕はアトゥラ。初めまして、になるのかな。」
物腰は穏やかだ。しかし、その碧の瞳の光が、何故だか俺をイラつかせる。
「・・・挨拶など要らん。そんなことより・・・貴様は俺のことを知っているのか?何者だ、貴様は・・・っ!」
妙に苛立たしくて、少し口調が荒くなる。
「”知っている”?・・・そうだね、君達の言葉を借りて言うのなら、僕は君のことをとても良く”知っている”よ。君に記憶が無いことや、今のその躰の主が何者なのか・・・まで、全部ね。」
アトゥラと名乗った少年は表情を崩さず、やはりにこやかにそう告げる。
自らの素性を知る者。自分ですら、曖昧な記憶を頼りにここまで来たというのに。
「――だったら教えろ!!俺は何者だ!?何故俺には記憶がない!?一体俺は何を探している!?」
苛立ちを隠すこともせず、俺はアトゥラに問い詰める。
「・・・君達の悪い癖だ。一度に答えられるのは一つだけだよ。とりあえず落ち着いて。ほら、後ろの子も脅えてる。何か飲むかい?そちらはジュースのほうがいいかな?とにかく席にどうぞ。」
悪びれもせず、アトゥラは俺たちに席を奨める。・・・焦っても仕方ないが、何故だか気持ちが高ぶる。それはこいつの態度のせいなのか、それとも自分自身の不安から来るものか・・・。
「そうだ、良いハーブティーが手に入ったんだよ。二人ともそれでいいよね?嬉しいなぁ、誰かとお茶を喫むのも久方ぶりなんだ。」
こっちの気を知ってか知らずか、あくまでマイペースに事を運ぶこの不可思議な少年に、俺は半分呆れていた。
こうなったら、興奮しても始まらない。とにかく俺の記憶の手掛りを持っているのは現状ではこいつだけなのだ。俺は向かって右側の席に腰掛ける。後ろの少年もおずおずと席に着く。
「・・・賢明だね。どうやら、ただの熱血漢というわけじゃなさそうだ。ちょうど良いよ、このジャスミンティーには心の高揚を抑える効果もあるんだ。」
自らティーポットに煎れたハーブティーを、カップに注ぐ。そして、俺と少年の前に差し出す。
「・・・御託はいい。それより、知っていることを全て話せ。それからだ。」
尚も問い掛ける俺に、若干呆れたような素振りを見せる。
「やれやれ、君はせっかちだねぇ。・・・じゃ、何から話そうかな?」
やっと核心に入るらしい。・・・このアトゥラという少年と話しているとペースが乱れるな・・・。
「まず一つ目だ。俺は何者だ?この躰は誰のものだ?」
「ほら、質問は一度に一つだって言ってるのに。・・・ま、仕方ないか。君達はみんなそうだしね。じゃあ答えよう。君は『始まりの子』。その躰は、ある不幸な死を遂げた男の躰さ。」
「『始まりの子』・・・?どういうことだ?この躰の主は死んでいる・・・?」
「あぁ、ごめんごめん、解りづらかったかな?簡単に言うと・・・君の元の躰はすでにこの世界には無い。同じように、その躰の主の場合、君達が『魂』と呼ぶもの・・・中身だけがこの世界から消えてしまったんだ。」
「つまり・・・中身のない器に、俺という中身・・・魂が入り込んだってわけか?」
馬鹿げた話ではあるが、現状を考えると、夢やおとぎ話の世界の話だとも言ってられない。もしそうなら、俺がこの躰に違和感を感じたのにも納得がゆく。
「そうそう、そういうこと。話が早くて助かるよ。すぐには信じないと思ったんだけど。」
アトゥラが軽く拍手をしながら微笑む。
「始まりの子とはなんだ?俺の魂は何故この男の躰に入り込んだ?」
「やれやれ・・・君が幾ら質問しても答えられるのは一つずつだよ。まずは、『始まりの子』・・・そうだね、君は転生・・・生まれ変わりという言葉は知っているよね?」
「生まれ変わり・・・キリスト教で言うところの、神の再来というやつか。この世の終わりに、イエス=キリストは人の姿を模して、世界に降臨する・・・メシア(救世主)論だな。」
「博学だねぇ。そう、救世主。遥か昔・・・神に生命を賜った始まりの子、アダムは、自ら禁じられた果実を手にし、忌まわしい捕われの肉の躰に堕ちた・・・。これは旧約聖書だね。でも、これはちょっと違う。長い長い時を経て、人が造り出したとても良く出来たお話さ。君達は何かにつけて『理由』を欲しがるように造られたようだからね。生きることにも、死ぬことにすら理由を求める。・・・だけど、たった百年程度しか生きられない人間にしては、よく『記憶』を伝えてこれたと感心するけれど。」
アトゥラは肩をすくめると、更に続ける。
「でも、伝承や宗教なんてのは全部、『理由』を欲しがった人間たちが都合のいいように解釈したお話に過ぎない。・・・君達が『神』と呼ぶ存在が生み出したのは、一握りの『魂』。正確には、肉体は、この一握りの魂を入れる器に過ぎなくて、生み出されたのは、魂と名のつく記憶母体だけ。それを地球という環境で活かす為には、肉体という器が必要だったからついでに造ったのさ。魂に保存する記憶の損傷を出来る限り防ぎ、少しでも効率を上げる為に、ご丁寧に痛みや恐怖、幸福感や快感なんていう余計なオプションまで付けて、ね。」
「つまり、そこで最初に生み出された魂・・・それこそが始まりの子・・・。」
「そう。そして更に神様は、効率を上げる為に魂のコピーまで造り上げた。肉体という器を介して、とにかくたくさんの記憶をオリジナルの魂に保存できるようにね。それが生き物の繁殖機能さ。ただし、オリジナルの記憶母体・・・即ち、始まりの子の魂だけはコピーで代用することは出来ない。だから始まりの子の魂を宿した肉体が消滅すると、次の新しい、出来る限り波長の合う肉体に転移するよう細工を施した。それが生まれ変わり、転生するってことなんだ。」
「・・・。」
理解できないことはないが、余りにスケールの大き過ぎる話だ。俺が始まりの子で、オリジナル・・・?
「本来なら、転生した時点で前世での記憶は、器に合わせて調整される。だから、普通なら前世での記憶をそのまま残して転生することなんて有り得ない。だけど君の場合、なんらかの原因で、新しい肉体に転移されずに、すでにコピーの魂が役割を終えた後の器に転移した。だから、リセットされずにそのままの記憶で生きているというわけさ。ただイレギュラーなだけに調整が巧くいかずに、記憶をちゃんと取り戻せてないわけなんだけどね。」
「・・・そんな話を、俺に信じろと?」
「別に信じる信じないは君の勝手だよ。・・・ただ、イレギュラーな存在をそのままにしておくことを『神様』は許さない。一度その器の役目を終わらせ、もう一度転生させてみるか、それとも・・・。」
一瞬、アトゥラの眼孔が鋭く光る。俺は、身の気がよだつほどの恐怖を感じ、椅子から一歩引き、懐の拳銃を構える。
「それはつまり、俺を殺すということか。」
構えたまま、問う。
「・・・ふふ、今、僕のことを『恐れ』たね?どうやら神が君達に備えた機能は正常に働いているみたいだ。・・・安心して、僕は君を殺したりしない。というか、出来ないんだ。そういう風に神が造ったからね、僕のことを。僕たちは、基本的には君達に関わることが出来ない。君達の生や死については特に、ね。」
トリガーに力を込める。
「それも、信じろと?」
いつでも撃てる態勢を維持する。
「嘘だと思うなら、その、『人の造りし刃』で僕を撃ち抜いてみなよ。」
言われなくとも。
俺はトリガーを引いた。乾いた銃声が響く―――