第六幕 テスタロッサ
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ボロボロの看板。錆び付いた金具で止められたソレに書かれていた文字は
TESTAROSSA
ここが・・・テスタロッサ・・・。
怪しい。怪しすぎる。バーでもなければ喫茶店でもない。それどころか、開いているのかさえも疑ってしまうほどの寂れた雰囲気。ランプの灯りすら見えない。
「あの・・・探してるのって、ここじゃないんですか?」
少年が俺に問う。
「あぁ・・・そうだな、多分ここだ。」
俺の眼は店を見据えたまま動かない。煙草の煙が辺りに立ち込める。時刻は、17時55分。もしも誰かとの待ち合わせの時刻ならば、もうすでに相手が居てもおかしくはない。しかし、建物の中には光らしきものは一つも見えず、誰かが居る気配もない。
俺は、躊躇する。本当にここに手掛かりがあるのだろうか。俺の探している何かか、それともこの身体の主が探している何か・・・。
だが、考えている暇はない。他に行く宛もない。手掛かりは、ポケットの中の紙切れ一枚のみ。
俺は、意を決して中に入ることにした。古ぼけた扉に向かって一歩進む。
と、その時だった。
「―――出てきやがれクソガキぃっっっ!!!」
先ほどのチンピラだ。トドメを刺さなかったのが悪かったのだろう。この声の主はスキンヘッドのほうだ。恥をかかされたのがよほど頭にきたらしい。声からすると、顔を真っ赤にして怒り狂ってでもいるんだろう。あの手の連中は中途半端にあしらうと更に面倒なことになる。・・・解ってはいたのだが・・・。
「――っ!」
少年が息を飲んで、こちらを見る。・・・仕方ない、このまま放っておくわけにもいくまい。
「・・・中に入るぞ。」
俺は再度少年の手首を掴んで、テスタロッサの扉を開ける。
・・・中は、真っ暗だった。扉を閉める。一瞬、暗闇の中に沈んだかのようだった。外からは何も聞こえてこない。ただ、そこには暗闇が広がっているだけだ。
奥のほうで何かが光る。
・・・なんだ?
それはぼんやりと、しかし眼が慣れてくるにつれ、はっきりとした形に広がる。
蝋燭の灯り?
灯りに向かって、歩く。段々近づいてくる。
それは、テーブルだった。
テーブルには、灯りの点いた蝋燭が二本と、三脚の椅子。まるでそこに座れと言っているかのように、ただ蝋燭の光が煌煌と灯っている。辺りを見回すが、そこには何もない。・・・そう、何もないのだ。オブジェや絵画、それこそ壁すら無い様に見える。
「・・・いらっしゃい、良く来てくれたね、お客人。」
突然、どこからともなく声が響く。澄んだ声。少年か、少女か。ただ、その声はなんとも言えず澄んでいた。まるで、こちらの全てをどこまでも見透かすかのような、そんな鈴のような声。
俺は声の主を探して辺りを見回す。・・・どこだ?どこから・・・。
「どうしたんだい?・・・あぁそうか、君たちには僕の姿が見えないようだ。来客は久方ぶりでね、ついつい勝手を忘れてしまう。・・・ここだ、ここだよ。」
声の主は、俺の眼の前―――テーブルを挟んで、向かいの椅子に腰を掛けていた。