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クルトゥース断章  作者: 高田玄武
2/21

第二幕 目覚め

-2-


「―――っ!!」


・・・酷い吐気と眩暈、嫌悪感で俺は目を覚ました。

陰鬱な空気を肺一杯に吸い込み、呼吸を整えようとするが、左胸の辺りで砕け散りそうなほどのたうつ臓器の音は、一向に止む気配はない。

全身からは大量の汗が吹き出し、背中にまとわりつくシャツが更に不快感を増幅させる。

ようやくなんとか落ち着いてきた躰を、シーツの淀んだベッドから起こすと、俺は鏡を覗き込んだ。


・・・誰だ、これは?


鏡に映ったのは、青白い肌に、充血した眼を大きく見開いた、知らない男の顔だった。


頬に手を当ててみる。形、体温、感触。

どれをとっても、脳裏の片隅にすら存在しない。伸ばし放題の頭髪を軽く引っ張ってみた。

・・・本物だ。特殊メイクでもなければ、マスクを被っているわけでもない。


この男は何者だ?

ここは一体どこなんだ?

俺は昨夜何をしていた?


いくつかの自問自答を繰り返していくうち、最も大きな難問が在ることに気付いた。


そもそも、俺は一体何者なのか?

俺はなぜこんな処に居るんだ?


思い出そうとすればするほど、疑問は更に疑問を生む。

つまりは、何も思い出せないのだ。

自分の名前、住所、年齢、職業、家族・・・記憶の糸をひたすらにたぐり寄せてみるが、そこには何もない。思い出すどころか、存在していないのである。

それでも、鏡に映る男の顔が、本来の自分の顔ではないことだけははっきりと解った。違和感、というべきであろうか。確かにこの顔は自分のモノではない、ということだけは鮮明に理解した。とはいえ記憶がないのだから、本能の指示以外の何者でも無いのではあるが。

俺は考える。

記憶を辿るのは諦めた。

これ以上思い出そうとしても時間の無駄だと気付いたからだ。元々存在し得ぬモノを思い出すことなど不可能だ。まずは現実を直視しろ。その上で最善だと思う行動を取れ。

そう考え、俺はベッドから起き上がり、両の腕と脚を動かしてみる。

・・・躰に違和感はない。先程まで眠っていたせいか、少々ふらつきはしたが、何処にも異常はない。記憶を失っているならば、身体に外的な衝撃を受けたのやも知れぬと考えたが、それも要らない心配だったようだ。

それならばと、部屋の中を見渡す。部屋はワンルームで、周りには先程まで使っていたベッド、その横には鏡を置いてあるそれほど大きくない引き出し付きのキャビン、そしてカーテンの閉まった四角い窓の横に、黒いコートの掛っている簡易型の上着掛けがあるだけだ。

至ってシンプル。飾りっ気もないが、散らかっている様子もない。生活の匂いが全くしないのだ。

ということは、この部屋は休息の為だけに使っている、或いは引っ越して間もないか、などが推察されるのだが・・・。しかし後者であればまだ開かれていない引っ越しの荷物の詰まった箱が一つ二つ在ってもいいようなものだが、そんなモノは一つもない。さもなくば、この部屋の持ち主は、生来、モノを持つことを極端に嫌っていたか・・・。

だが、生活をするとなれば、最低限の日用品くらいは必要になる。しかし、この部屋にはその必要最低限の物資、カップや冷蔵庫すら存在しない。となると、前者、つまり、休息の為だけにこの部屋を使っていた可能性が極めて高い。何より、つい今しがたまで実際にそこのベッドで休眠をとっていた自分が居たことがそれを裏付ける。

しかもこの部屋の尋常でないモノの少なさから察するに、部屋の持ち主―――つまり自分は、いつでも部屋を空けられる準備でもしていたのだろう。何故だ?単身で各地を渡り歩くような仕事でもしていたのだろうか。もしくは、何かに追われるような―――。



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