第十九幕 空白
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「・・・よかったのかい?」
何時から居たのか、ナイアラが、アトゥラに尋ねる。
「・・・また君か。―――彼らの選んだことさ。それに対して僕に異存はないよ。」
「しかし、彼らの力が無いとこの世界はいずれ滅んでしまうんだよ?」
「それも一つの『結果』さ。無理に仕向けたところで我らの神は、それを望まない。・・・何かの犠牲を払ったところで、神はそれをお許しになられない。『クゥルトゥル』の愛は、全ての生命にこそ注がれているんだ。」
「・・・まったく、君が考えそうなことだね。やれやれ、『クゥルトゥル』は何を考えて君達を造ったんだか。」
ナイアラが肩をすくめて呆れた顔をする。そして、言葉を違う方向に向けた。
「・・・君もそうは思わないかい?『アストァラト』。」
「・・・。」
声を掛けられた主は、アトゥラとは対極にある―――蒼く光る髪と髭、深紅に輝く瞳を持った、深淵の主。その堂々たる面持ちは、巌として凛々しく、また全てを威圧するかのようだ。
「・・・君も来てくれたんだ、アストァラ。」
「望むか望まざるかに関わらず、我らの神は等しく尊大である。我がすべきは・・・我等が母、『クゥルトゥル』の使命を果たすことのみだ。・・・久しいな、アトゥラ。」
アトゥラがアストァラと呼んだその凛々しき緋眼の男は、アトゥラに軽く挨拶をすると、次はナイアラのほうを向いて言葉を投げ掛ける。
「―――そして『大いなる使者』、ナイアルラトホテップよ。・・・貴殿までこの場に居られるとはな。・・・『旧きものども』の機嫌取りをされずともよろしいのか?」
アストァラが皮肉を洩らす。
「あっははは!相変わらず面白いなぁ、君は。だから言ってるのに。私はいつでも君達の味方だって。」
「・・・。」
アストァラが眼を細める。彼の深紅の瞳にも、ナイアラの真意は見定められない。アトゥラが口を挟む。
「・・・とにかく、彼らは自分たちの道を進むことを決めたんだ。僕たちに今出来ることは、『旧きものども』の計画・・・『アトゥモス』の覚醒を少しでも延ばすことだけ。・・・二百年、いや百年でも延ばせれば、彼等が再度転生したときにどうにかできるかもしれない。それに期待するしか他に方法は無いさ。」
「・・・それはまた一か八かな期待だねぇ。」
ナイアラが肩をすくめる。
「仕方あるまい。全ては『クゥルトゥル』の導き。我らはそれに従うまで。・・・貴殿こそ、こんな処で油を売っている場合では無いと思うがな。」
「あはは、そうだったね。私にはやるべきことがあった。」
ナイアラは二人に向かって手を軽く振ると、一言だけ放つ。
「・・・私は私でやらせてもらうよ。」
そう云うと、暗闇の中に姿を消す。
「・・・。」
沈黙。
彼は二つの選択肢のうち、『識らずに生きる』道を取った。それは様々な可能性のうちの一つ。誰も彼らを責めることは出来ない。
やがてくる破滅への足音は、一歩、また一歩と近付いていた。
・・・後の彼らの世界の行く末は、誰の識る処でもない。