第十八幕 審判
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イリシアが作ってくれた夕食を平らげ、俺は煙草に火を点ける。
家事が得意だと言うだけあって、簡単な料理だが味はなかなかだ。
「・・・えと・・・お口に合いました・・・?」
イリシアが不安そうに尋ねてくる。
「あぁ、美味かった。」
「よかったぁ!・・・正直言うと不安だったんです、兄さん、黙々と食べてるから。あ、あたし片付けてしまいますね。」
そういうとイリシアはニコニコと上機嫌でキッチンへ行く。
イリシアの後姿を横目で見ながら、俺は時計を見る。
・・・時刻は八時半。まだテスタロッサへ向かう時間はあるだろう。俺は、イリシアに外出する旨を伝える。
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくださいあたしもすぐ――。」
「いや、もう時間が遅い。お前は留守番を頼む。あの街は少々治安が悪い。こんな時間に女連れで行くには危険だ。」
「で・・・でも・・・。」
イリシアは不安そうに俺を見ている。
「心配するな。そんなに遅くはならんさ。遅くなりそうなら先に寝といてくれ。」
「・・・はい・・・。」
玄関で見送るイリシアを後に、俺はアパートを出る。
二回目のテスタロッサに着くには、それほど時間は掛からなかった。
寂れた雰囲気、木製のぼろぼろの看板。古びれた扉を開けると、そこはやはり暗闇だった。扉を閉めると、暗闇の中に堕ちたような感覚。二度目ではあったが、やはり慣れるものではない。
暗闇の中、声が響く。
「やぁ、よく来たね。待っていたよ。」
アトゥラの声が響いた瞬間、辺りが明るくなる。蝋燭に火が点いたのだ。
奥のテーブルの前に、アトゥラは居た。
「今日はどうしたんだい?彼女のこと?それとも、君のことかな?」
「両方だ。聞きたい。この躰の主は、どんな奴だったんだ?」
「・・・へぇ。それは興味からかい?それとも・・・。」
「危険があるのなら知っておきたい。俺一人ならともかく、イリシアも居るんだ。大体にしてあの部屋は普通じゃない。」
「・・・確かに、彼は危険な仕事をしていた。殺人が生業ってわけじゃないみたいだけど、それに近いようなことはしていたよ。ただ、仕事の主は人探しや要人警護がほとんどだったみたいだけどね。・・・優秀だったみたいだよ。」
・・・なるほど、探偵まがいのことでもしていたのか。それなら、部屋に自分の足取りを残さないようにするのも解る。
「しかし突然、彼は死んだ。眠ったまま、それきり魂が消滅してしまった。・・・前に言ったように、原因はわからない。ただ、君たちが『死』を不幸なものだとするなら、確かに彼は『不幸な死』を遂げたよ。自分の『死』を予期することなくこの世界から消滅してしまったのだからね。」
それが本当に不幸なのかどうかはわからない。苦しまずに逝けたのならある意味幸せだったと言えるかもしれない。
「実はね、今日は君に知らせなきゃいけないことがあるんだ。」
「なんだ?藪から棒に。」
アトゥラは、いつになく真剣な表情で俺の顔を見据える。
「・・・それを識ることは、君に今の生活を捨てろと言うことと同じだ。その代わり、君の前世のことも識ることになるだろう。逆に識らなければ、このまま、人間らしい生活をずっと続けられる。危険も無い、それは保証するよ。」
・・・識る?・・・どういうことなんだ?
「それは、二択だということか?」
「・・・そうなるね。君はどちらかを選ばなければならない。・・・どちらを選んでもかまわない。どちらも、『結果』でしかないから。僕は君に『問う』ことしかできない。二つに一つだ。・・・さぁ、君はどう答える?」
生活を捨てろ。・・・それは即ち、全てを捨てろということか?今の生活・・・こののんびりとした毎日のことだろうか。・・・識れば、俺は危険の中に放り込まれるってことか・・・?
アトゥラは、俺の顔を見据えたまま動かない。・・・『裁定者』の名の通り、最後の審判を待つ罪人の気分だ。・・・質問はこれ以上受け付けてくれそうにない。俺は、決めなくてはならない。・・・識るか、識らないか。・・・俺は・・・俺は―――。