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クルトゥース断章  作者: 高田玄武
17/21

第十七幕 安息、決断

-17-


「う〜・・・これもいいし、こっちも捨てがたいよね・・・。」


かれこれ一時間。

イリシアは目の前の洋服と睨み合いしていた。


「・・・どっちでもいいんじゃないか?」


俺は正直、一刻も早くこの場を逃げ出したかった。


「あ〜んもうっ!そんなこと云わずに兄さんも選んでくださいよぉ!」


イリシアが、二つの洋服を両手に持ち、躰に合わせて見比べる。

・・・婦人服売り場においてこの状況は、世の男性なら羨ましがる輩も居るだろうが・・・はっきり言って俺には拷問以外の何者でもない。周囲の視線がとてつもなく怖い。


「ね、ね、これはちょっと派手だと思うんですけど、ほらここ、ここ可愛いですよね?・・・でもこっちのこれも可愛いなぁ〜。う〜ん・・・兄さんはどっちが好きですか?」


「・・・・・・どっちでもいいんじゃないか?」


俺はやはりそう答えることしか出来ない。


「もうっ!・・・う〜ん、迷うなぁ〜・・・どっちがいいかなぁ〜・・・。」


・・・このまま放って置いたらもしや閉店まで掛っても決まらないんじゃなかろうか?

俺は物凄く嫌な予感がして、結局、両方買うように促した・・・。



「えへへ〜・・・兄さん、ありがとうございますっ♪」


上機嫌のイリシア。

俺達は、午前のうちから買い物に出てきていた。

イリシアの生活に必要な物、その他、食料品や日用品なんかを揃える為だ。この躰の主はどういう生活をしていたのか知らないが、この街で手掛りを探す以上、あのアパートに長く滞在しなくてはいけない可能性のほうが高い。男の俺だけならまだしも、イリシアが一緒となると、あの部屋には余りにも物が少なすぎる。幸い、手持ちの金にも不自由が無かった。

イリシアは意外にも家事全般には長けているようで、そういった日用品や必需品は全てイリシアの見立てだ。小慣れた様子で次から次へと買い物を済ませる。施設での生活はほとんど子供達が自分らで行い、家事は当番制、買い物なども順番で行っていたらしい。成程、言うだけあって買い物にも無駄が無い。必要なものは全て最小限で揃えている感じだ。俺にはそこら辺の知識はまるでないので、イリシアに任せて正解だと思った。

しかし、婦人服売り場に来てからは様子が一変。あれよこれよと見ているうち、一向に止まる気配が無くなって今に至るというわけだ。一度は場を抜け出そうとしたが、イリシアの執拗な引き留めに遭って断念。・・・さすがに下着売り場だけは昨日の悪夢が蘇って断固拒否したが。


両手に持った袋の山。サウスロタの街を大荷物を抱えて歩く男の様は、いつ見ても不憫だ。・・・まさか、自分がその状況に陥ることになろうとは思いもしなかったが。


「・・・別に宅配でも良かったんじゃないか?」


俺が洩らす。


「駄目ですよぉ。この量になると宅配代も馬鹿にならないんですから。・・・さすがに冷蔵庫だけは兄さんに運んで貰うわけにもいかなかったですけど。」


・・・成程、金銭感覚にも優れているようだ。いい奥さんになれるなと言おうとしたがやめた。また増長しだすと今度は何処まで力を注ぐか分からない。


「・・・にしても、これだけの荷物、何処に置くつもりだ?」


「ちゃんと全部配置は考えてますよ〜♪」


イリシアは、ニコニコとしながら俺の前を歩く。手にはこれまた買い物した物の入ったスーパーマーケットの袋を下げている。


・・・ということは、この後に待っているのは・・・部屋の模様替え。いや、あれほど殺風景な部屋だ。模様替えというほど大それたものじゃないだろうが。

今日は一日、イリシアに振り回されそうな予感がする。・・・こんなことをしている場合なんだろうか・・・。俺は心の中で小さな溜め息を吐きつつ、イリシアの後を歩いていた。



「・・・これでよしっと!」


アパートに着いた後のイリシアの行動は、それはそれは迅速なものだった。殺風景な部屋に、次々と生活の匂いが降り注がれてゆく。

出会った当初のイリシアの面影は無いと言っても過言ではないほどの手際の良さ。・・・どうも、これがこいつの本来の姿らしい。


「あっ!兄さんそれはそっちにっ!えと、その荷物はなんでしたっけ?」


「・・・コンロだな。」


「あ、じゃあそれはキッチンに。でもキッチンというにはちょっと狭いなぁ・・・。」


「仕方ないだろう、ワンルームなんだから。」


「それもそうですよね・・・。じゃ、冷蔵庫はここに置くとして〜・・・あ、そろそろお店の人が来る頃ですよね?玄関片付けておかなきゃ。」


・・・と、まぁこんなやりとりがしばらく続き、やっと一段落した時、玄関のブザーが鳴った。


「ちわーっ、サウスロタデパートでーす!」


イリシアが待ちに待った冷蔵庫の登場だ。とはいえ、小さな冷蔵庫で、せいぜい二、三日分の食料品を入れるだけで満杯になりそうなほどだが。


「いいっすねー!新婚さんっすか!?お幸せにー!!」


・・・店員は、帰り際にとんでもない言葉を残して帰りやがった。

イリシアは顔を真っ赤にしてしばらくつっ立っていたが、すぐに気を取り直して照れ笑いを浮かべつつ、作業の続きに没頭していた。

・・・どうにもペースを乱されっぱなしだ。しかしここにも悪くないと思う自分もいた。・・・複雑だ。


結局、全ての片付けが終わって落ち着いたのは、夕方も六時を回った頃だった。


「ふうっ。こんなものですかねぇ。でも個人的には花なんかも飾りたいなぁ。」


「それはまた今度だ。もう六時だぞ。」


「あっ・・・もうそんな時間ですか?・・・えへへ、夢中になりすぎて時間の経つのも忘れてました。」


「・・・よっぽど好きなんだな、こういうの。」


「そういうわけじゃないんですけど〜・・・なんていうか、憧れてたんですよ、こういうこと!」


「・・・部屋のコーディネイトか?」


「違いますよ!・・・そうだなぁ、狭いながらも自分の家があって、部屋にはこう、綺麗な花とか絵画が飾ってあってぇ〜・・・。」


イリシアは妄想の中で遠い目をしている。


「それでほんとは犬とか飼ったりして〜・・・それで〜・・・その・・・と、隣には・・・。」


急にイリシアが口篭る。


「ん?」


「・・・え、えと、その〜・・・・・・あ、あははは!な、何でもないですっ!そうだ!お腹空きませんか!?あたし、何か作りますねっ!!」


・・・突然そっぽを向いて冷蔵庫を漁り出すイリシア。

・・・なんだ?いきなり。・・・まぁいいか。

確かに腹も減っている。俺は夕飯の準備をしだしたイリシアを横目に見ながら、買い溜めしてきたカートンの煙草のパッケージを開けて、一個取り出すと残りをキャビンにしまう。キャビンの中を見て、思い出す。

・・・そういえば銃の手入れを忘れていたな。弾丸は確か・・・。

俺はキャビンの引き出しの奥からパラペラム弾の詰まった箱を取り出す。

拳銃の安全装置を確認し、カートリッジを引き抜く。中に残っていた弾丸は十発。一発はアトゥラの時。もう一発は例のチンピラを脅した時の一発だ。

俺は銃身を確認する。・・・煤が多少残ってはいたが、フレームの歪み等はないようだ。粗悪なものであれば、一、二発撃つだけでフレームに歪みが出たり、下手をすると皹が入ってしまったりする場合もある。俺は軽く煤を落とすと、弾丸を一度全部抜いてから再度入れ直す。万が一のことも考えて、今度は一発だけにした。残りは外出する前に詰める。そうすることで、もしもこいつを身につけていない時に奪われた場合、相手の弾数を把握すると同時に最小限の被害に抑えられるからだ。・・・もっとも、今敵襲があったとしたら、逆に一発だけの弾丸で太刀打ちしなければならなくなるが。少なくとも、その心配は今のところないだろう。もしもそんな事態であれば、今日一日外に出てる間になんらかのリアクションがあって当然だからだ。

ただ、若干の心配が残るのはこの躰の元の主だ。・・・部屋の中には、この躰の主の身元を明かすような類のものは何も無かった。そう、免許証などは勿論、通帳や保険証、請求書の類など、一切の記録が一つ残らず『無い』のである。・・・何故そうまでする必要があったのか。考えられるのは身元が割れては困る職業・・・つまりは、CIAやその類などの特殊な任務を持った公的機関の一兵。もう一つはテロリストや国家犯罪者の一兵のほうだが・・・。どちらにしても、マークされている気配や殺気を微塵も感じない所を見ると、どうやらやはり死んでいることになっているらしい。事実、確かにこの躰の主は『死んでいる』に違いないのだが。

やはり、記憶を取り戻さない限り、身の安全の保証はないらしい。問題は、それにイリシアを巻き込んでしまうことなのだが・・・。


「―――ご飯できましたよぉ〜!」


その時、キッチンに立っていたイリシアが陽気な声で夕飯の完成を告げる。


「・・・?どうしたんです?難しい顔をして・・・。」


「・・・いや、なんでもない。」


当の本人は呑気なもんだ。・・・まぁ、どちらにしてもなるようにしかならないだろう。

兎に角は、もう一度『テスタロッサ』に行ってみよう。手掛りはやはりアトゥラのみだ。これからの予定を立てつつ、俺はイリシアが用意してくれた食事を楽しむことにした。



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