第十六幕 戯れ
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結局、俺達二人はアパートに戻っていた。
イリシアをシャワールームへやり、俺は、替えの服を探す。
・・・女物の衣服などあるわけが無い。あったらあったで色々と問題もあるが。なんとか、俺のシャツの替えを見つけ、それで代用してもらうことにした。
・・・問題は、下着である。これもまた、俺の部屋にあったとしても色々と問題だ。この躰の主の趣味までは知らないが、少なくとも俺にはそんな趣味はない。
色々と考えた結果、俺は仕方なく、近くのコンビニエンスストアに行くことにした。
近頃は便利になった。時刻は二十二時を過ぎようとしていたが、街道に出たすぐにあるコンビニエンスストアは何時でも開いていた。俺は店に入り、女物の下着を手に取る。
・・・待て、ちょっとこの絵は問題あるんじゃないか?
俺は、女物の下着や小物が置いてあるコーナーで、手を伸ばしたまましばらく固まってしまった。
はっと我に返ると、店員の女がこちらを見ながらクスクスと笑っていた・・・ように思えた。気恥ずかしくなって、店内にあったバスケットを手に取ると、下着を入れ、上からパンや飲み物を詰める。湿布薬なども売っていたのでついでに入れた。後は何を買ったか覚えていない。
レジで会計を済ませている最中、俺はどんな顔をしていただろうか。・・・明日はとりあえずイリシアを連れて買い物に行こう、自分で必要な物を全部揃えてもらおうと決めた。こんな思いは二度としたくない。
アパートに戻ると、イリシアがシャワールームから出ていた。
「あ・・・何処に行ってたんですか?」
俺は、買い物に出ていたことを告げる。そして、コンビニの袋を手渡すと、イリシアは中身を見て、真っ赤になった。
「こ・・・ここここれって―――っ!」
「・・・言うな、それ以上は!」
「・・・は・・・はいぃ・・・。」
多分、二人して真っ赤になっていたのだろう。しばらく沈黙が続く。
・・・そういえば、俺のシャツを着ているが・・・その下はどうしたんだろう・・・と、一瞬考えて彼女と目が合ったが、イリシアはまた顔を真っ赤にして一言言う。
「え、えと・・・じゃ、じゃあ着けて来ますねっ!」
そのまま、再度シャワールームに逃げ込むようにして入る。
・・・・・・いや、これ以上考えるのはよそう。精神衛生上、良くない・・・。
俺は、コンビニで買った缶ビールを出して、一口飲む。・・・そういえば、今日一日何も食ってなかったな。
袋から、サンドウィッチを出して頬張る。そして缶ビールで流し込むと、空っぽの胃に染みた。
しばらくして、イリシアがシャワールームから出てきた。・・・いや、シャツの下が、下着だけなのはこの際無視しよう。・・・無視だ無視!
「あっ・・・えと、着けてきましたっ!」
「いちいち報告せんでいいっ!!」
「あは、あははは・・・。」
・・・わざとやってるんじゃないだろうなこいつ・・・。
俺は、イリシアに食事を取るように奨める。
「あっ・・・実は、お腹ペコペコだったんですよぉ〜。今日一日何も食べてなくて・・・。」
「・・・俺もだ。」
「どれ食べてもいいんですか?」
「あぁ。俺はこいつだけで十分だ。後は全部お前が食え。」
「え・・・ぜ、全部って・・・これ全部・・・?」
袋の中には、パンやら何やら、かなりの数がまだ残っていた。
「・・・無理か?」
「無理ですよ!・・・も〜、なんでこんなにぃ・・・。」
「・・・色々とあったんだ・・・。」
「はひ?」
「いや、いい。思い出したくない。」
「・・・?」
結局、イリシアはパンを一つとオレンジジュースだけ飲んで、残りは朝飯に充てることにした。
「あ、そうだ。あたし、その、貴方のこと、なんて呼べばいいですかね?」
・・・そういえば、まだ名前すら思い出してなかった。俺は考える。・・・考えたが。
「・・・分からん。」
「あっ・・・記憶、無かったんですよね・・・。」
「アトゥラに名前くらい聞いておけばよかったな。」
確かに、名前が無いというのは不便だ。
「じゃ、とりあえず呼び方を考えましょう!」
イリシアの案で、しばらく禅問答が続く。
「う〜ん、黒い服を着てたから、ブラックさん?」
「・・・安直過ぎやしないか?」
「え〜と、じゃあ、強いからスー○ーマンっ!」
「漫画の見すぎだ。」
「えと、えと、じゃあ・・・。」
「―――ちょっと待て、お前真面目に考えてるか?」
「考えてますよぉ〜。・・・じゃあ・・・兄さん?」
「却下だ。」
「お兄ちゃんっ!」
「変わってないだろ!!」
「えー。いいじゃないですか、あたし兄弟ほしかったし。」
「却下だ。・・・俺の趣味かと思われる。」
「でもでも、はたから見ると兄妹って言ったほうが違和感ないですよ?」
「そういう問題じゃない。俺じゃなくて、俺の趣味だと疑われるんだ。」
「・・・?」
「・・・今、俺は何て言った?」
「う〜ん、意味が解らなかったです。」
「・・・だよな。」
多分、何処からかの心の声に違いない。
「う〜、じゃあどうしましょう?」
「ふむ・・・。」
そのまま一時間くらい試行錯誤したが、結局は『兄さん』で決まってしまった。・・・何かの陰謀を感じる。
「えへへ〜、にっいさん♪にっいさんっ♪」
「妙な歌を唄うな。」
「にいさんにぃさんにいさーん♪」
「連呼するな。」
「・・・お兄ちゃん?」
「埋めるぞっ!!!」
・・・どうにも、居心地が悪い呼び方だ・・・。
「とにかく、呼び方も決まったことだし良いじゃないですか♪」
「いまいち釈然とせんがな・・・。」
「細かいことは気にしないっ♪」
妙にご機嫌だな、こいつ・・・。
ん?そういえばこいつ、歳はいくつだ?・・・見たところ、まだ十代もそこそこのようだが・・・。
「おいイリシア、ところでお前はいくつなんだ?」
「え?あたしですか?今年17になったばかりですよ?」
・・・17?
・・・背はともかくとして・・・。
「・・・。」
「え?え?な、なんですか・・・はっ!」
「い、いや、17には見えんなと・・・うがっ!?」
「何処見て言ってんですかっ!!」
「い、いやまて、俺がわるかっ―――っがぁっ!!」
「兄さんのヘンタイっ!!!」
「・・・・・・。」
イリシアの投げた中身入りの缶コーヒーが俺の顎に見事命中。・・・しばらくの間、脳を揺さぶられて意識を失っていた・・・。
「・・・もう、あたしはこれからなんです!」
「だから、俺が悪かったって言ってるだろ・・・。」
一気に機嫌を損ねてしまった。・・・女というのは、怖いな・・・。
結局その日は、夜中までこんな感じでワイワイとやっていた。
始めはどうなることかと思ったが・・・こういうのも悪くないと思う自分が居て、内心、少し戸惑った。
しかし、俺は記憶を取り戻さなければならない。そして、出来ることならイリシアも両親に会わせてやりたい。明日から、何をすべきかを考えつつ、イリシアをベッドに寝かせ、俺は毛布にくるまり冷たい床の上で眠りに堕ちて行った。