第十五幕 裁定者と傍観者
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「どうやら、若い二人はなんとか上手くやれそうだね。」
緋色の髪の少年は、一人呟いて見せた。その全てを映す、碧い眼は、二人の様子を興味深そうに見守る。
長く、全ての生物、全ての生命を見守ってきた『裁定者』たる彼は、それでもこの二人のことをとても楽しそうに見つめていた。
「楽しそうじゃないか、アトゥラクナクァ。」
誰も訪れるはずの無いこの部屋の一室に、少年を忌まわしき旧き名で呼ぶ者が突然に現れる。
「・・・なんだ、君か。何か用?」
少年は眼を向けることすらせずに、気だるそうな態度を取って見せる。
「ご挨拶だなぁ。せっかく君に良いことを教えてあげようと思ったのに。君の見つけた彼等の様子はどうだい?」
「別に、何も変わってやしないさ。彼等はすでに『大いなる母』の手を離れた。僕に出来ることは、見守るくらいだからね。」
突然の訪問者は、自嘲するかのように肩をすくめると少年を諭すように言う。
「まだ『あのこと』を根に持ってるのかい?言っただろう?アレに関しては私は何も関与してないって。むしろ私のほうが彼らに腹を立てたくらいだからね。何せ彼らは『旧き盟約』をなんとも思っちゃいない。・・・長く生き過ぎたんだよ。今じゃ彼らは何よりも愚かさ。」
「はっ、どうだか。そんなことを言うなら、君だって彼らと同じじゃないか。」
尚も少年は来訪者に食って掛る。
「あの時・・・『ルルイェの審判』の時、君が取った行動を忘れたとは言わせないよ、ナイアラ。いや・・・ナイアルラトホテップ!!」
少年がナイアルラトホテップと呼んだ、隻眼の女の姿をした来訪者は、悪びれもせず言い返す。
「・・・だから何度も説明しただろう?あの時はああするしか方法がなかったんだ。君の、いや君達の母、『クゥルトゥル』が残したこの大いなる遺産、この世界の形を留めておくにはね。」
「・・・そのせいで多くの兄弟達が無に還った。長い年月を掛けて集めた『記憶』も、半分以上が消え去ってしまったんだ。」
少年は歯を噛み締める。
「・・・。」
隻眼の女は、何も言わない。ただ少年だけが、沈黙の中で悔しさを噛み締めていた。
「・・・『旧きものども』が再びうごめき出した。今日はそれを君に伝えに来た。」
「―――っ!」
今度ばかりは、アトゥラも反応した。・・・あの、悲劇がまた、繰り返されようとしているのかと。少年は、ナイアルラトホテップ―――ナイアラを深く見据えて、再び沈黙の中へ。そして口を開いたのはやはりナイアラのほうだった。
「・・・ははっ、全く、無駄に年ばかり費やした老人どもは嫌になるよ。・・・もうすでに『旧き盟約』など彼らの退化してしまった『記憶』の中には微塵も無いんだろ。・・・そうなることを恐れたのかもしれないな、クゥルトゥルは。」
「・・・自分は違うとでも言いたげだな、君は。」
「さて、どうかな?」
ナイアラは更に自嘲すると、続ける。
「『旧きものども』は、今回は『アトゥモス』を目覚めさせようとしている。ゲームか何かと勘違いしているんだあのジジィどもは。・・・まぁ、元々『旧きものども』の行動に『理由』なんてないんだっけね?君の持論では。」
「・・・あぁ、同じことさ。『ルルイェ』を呼び出すのも、『アトゥモス』の封印を解くのも、やろうとしていることは全て同じ。・・・要するに、彼らは『クゥルトゥル』のしたこと全てが気に入らないだけさ。」
「ははっ!・・・そうかもしれないね。で?・・・君はどう出るつもりなんだい?」
アトゥラはしばらく考える。『アトゥモス』。この名前は良く識っている。我らが母、『クゥルトゥル』が、最期に産んだ『始まりの子』。忌むべき存在。そして同時に、同じように大いなる母の永久の愛を受けて産まれた、愛すべき兄弟。『クゥルトゥル』は彼の者を幽閉して、我々七体の『裁定者』の監視の下に置いた。
・・・事実は識らない。それを大いなる神は我らに告げなかったから。ただ、『始まりにして終末の子』とだけ聞いている。・・・彼の者が目覚める時こそ、この世界の終局だと。
「・・・今度は必ず、食い止めてみせるさ。」
アトゥラは一言だけ、そう告げた。
ナイアラは口の端に笑みを浮かべ、君ならそう答えると思った、とだけ発した。
その後は、識るべき処ではない。