第十四幕 信頼
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・・・気が付くと、あたしは彼の背中に居た。大きな背中。暖かいと感じたのは、彼の黒いコートをあたしが着込んでいたからだろうか。
「あ・・・あのっ、ここはっ・・・っつぅ!」
彼に話しかけようとして、全身に痛みが走る。
どうして・・・?なんであたしは彼の背中に・・・あれ?どうしたんだろうこの躰の痛みは。
あたしは、記憶を遡ろうとする。
「・・・起きたか。無理をするな。大分酷くやられたな。痣だらけだぞ。」
・・・そうか、あたし、あのまま気を失って―――。
「え・・・えと、助けてくれた・・・んですよね?」
我ながら間抜けな問いだとは思ったけれど、余り記憶がはっきりしない。
「・・・まぁ、元はと言えば俺が中途半端に扱ったせいもあるからな。連中のような輩は徹底的にやらんとあぁなる。しつこいんだ、ゴキブリ並にな。」
彼が、冗談っぽく言う。・・・こんな優しい喋り方もできる人なんだ。
正直、アトゥラさんの言う通り、無愛想な人なんだと思ってた。
「だが、間に合って良かった。すまん、あんなことになるのなら、せめて一晩くらいは泊めてやればよかったな。」
彼の言葉で、記憶が段々はっきりしてきた。男たちに乱暴されそうになって、もう駄目だって思ったら、彼が居て・・・。
もし、彼が来てくれなかったらと思うと身震いするほどゾッとする。・・・でも、その恐怖は、彼の背中の暖かさですぐ洗い流されてゆく。
「躰は・・・どうだ?痛いか?」
彼が、気遣ってくれる。本当は全身がバラバラになりそうなくらい痛かったけれど、あたしは敢えて、大丈夫です、とだけ答えた。すると彼は、しばらく沈黙した後、話し出す。
「・・・はっきり言っとく。お前の両親な、もしかしたら、もうこの世には居ないかもしれん。もし生きていたとしても、手掛りがほとんどないんだ、いつ見付かるかも分からん。」
彼が、淡々と話す。
「はい・・・あたしも、それは分かってます・・・。」
もしかしたら、すでに亡くなっている。・・・何度も考えたことだ。それでもあたしは・・・。
不意に、彼がふふっと笑った。そして言葉を続ける。
「それでも・・・お前は引かないんだろうな。何せ、お前は言い出したら聞かない。」
「はい・・・生きている可能性が少しでもあるのなら・・・いえ、もし亡くなっていたとしても・・・それでも探したい。お墓に祈るだけでもいいんです。一目・・・会いたい・・・。」
彼の背中に捕まった手に、ぎゅっと力が入る。
「・・・俺も、自分の記憶を探したい。何か大切なものが・・・この胸の中にあるんだ。俺は、探さなきゃならない。」
あたしは何も言わず、彼の言葉ひとつひとつに耳を傾ける。
「もしかしたら、今日よりずっと危険なこともあるかもしれない。・・・それでも・・・。」
彼は、少し戸惑った様子で、続ける。彼の言葉と、思いと、優しさの一つ一つを噛み締めていると、あたしは何故か、涙を流していた。
「それでもいいのなら・・・俺と・・・一緒に、行くか・・・?」
涙に堪えながら、あたしは、言葉を絞り出す。
「・・・はいっ・・・。」
彼の背中がとても優しくて、あたしは、夢中でしがみついていた。この背中・・・彼になら、安心してついて行ける。どれだけ危険なことでも、彼とならきっと乗り越えて行ける。あたしは、細やかな幸せを、ずっと離したくないと願っていた。