第十一幕 岸壁
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トボトボと、もう真っ暗になってしまった街を歩いていた。
元々一人で頑張ろうと思っていたんだから。大丈夫、なんとかなる。
あたしは胸のペンダントを握り締めると、一人きりでそう呟く。
何故か、涙が出た。だけど悲しくない。悲しくなんか、ない。
あの人の言う通り、あそこへ行こう。『テスタロッサ』へ。調べてもらえば分かるはず。だって、あたしのことだって見てたって言ってたもんね。パパとママのことだって、きっと分かる。うん、そうしよう。
涙を拭って、帽子を更に深く被り直す。
もう一度、あの街へ一人で行くのは気が少し引けたけど、仕方ない。自分のことだもの。他人に頼るのは間違ってる。・・・元々そう考えて施設を出てきたんだから、後悔はしない。・・・後悔なんてしないはず・・・なのに。
なんでだろう。また涙が込み上げてきた。
目が霞んで、視界が悪い。あたしはふらふらしながら、あの街へ向かっていた。
―――ドンッ
誰かにぶつかって、少しよろめく。
「あっ!・・・ご、ごめんなさいっ!」
頭を思いっきり下げる。相手の顔は見えない。反応が無いので、あたしは顔を上げる。
「―――あっ!」
思わず、声をあげてしまった。
「・・・見つけたぞ、クソガキぃぃぃ〜!!!」
あの時の、髪の毛の無い人だ。あたしは、その怖い顔に驚いて、また逃げだした。―――が。その瞬間、後ろに居た人に腕を捕まれた。
「今度は逃がさねぇぞぉ・・・。」
後ろにいたのは、もう一人の、装飾品をいっぱいつけた細身の男の人だった。
「クソガキが、散々探したぜぇ・・・手間ぁ取らせやがってっ!!!」
路地の裏に引きずり込まれ、壁に叩きつけられる。
「―――っ!!・・・。」
背中を強く打って、口の中に鉄の味が広がる。息が詰まって、一瞬呼吸が出来なくなった。
「うっ―――っくはぁ!!・・・げほっ!げほっ!」
苦しくなって、吐いてしまう。丸一日何も食べてなかったから、胃液しか出ない。口の中が、鉄の味と胃液の苦い味で、もう散々だった。
「一緒に居た野郎はどこ行った?あの野郎もぶんなぐらねぇと気が済まねぇっ!!」
頭をつかんで、軽々と持ち上げられる。次の瞬間、ふぅっと躰が浮いて、もう一度投げ飛ばされた。
今度は、後ろにあったゴミ箱がクッションになって、それほど衝撃はなかったけれど、生ゴミの強い臭いで躰中がびしょびしょだ。
あたしはなんとか起き上がる。
「っ・・・はぁ・・・はぁ・・・あ、あの人は・・・関係・・・ないです・・・。」
「ぁああっ!!??」
スキンヘッドの男の人がまた怖い顔をしてこっちを睨んでいる。
「―――っおい待て、こいつ―――。」
派手な人が、あたしを見て口を開けている。―――っ!?しまった、さっきの衝撃で帽子が―――。
「―――おいおい、こいつ女だったのかよ。」
「しかもこいつぁ・・・へっへっ、大したもんじゃねぇか・・・。」
スキンヘッドの男が、舌を出しながらゆっくりと近付いてくる。
――――怖い。
心からの恐怖を感じて、逃げようとしたけれど、躰を強く打ったせいで思うように動けない。尚も男はゆっくりと近付く。
「へっへっへ・・・最初っからそう言やぁいいのによぉ・・・女だって分かってりゃぁ、こんな手荒な真似しなかったんだ・・・。」
スキンヘッドの、荒々しい掌が、あたしの腕を掴む。
「いやっ!―――やめて・・・くださ・・・。」
あたしには、懇願することしか出来なかった。
腕を掴んだまま、顎を無理矢理挙げさせられる。恐怖と痛みで視界が定まらないが、多分涙も流しているんだろう。急に自分で自分が情けなくなった。
あの人の言う通り、おとなしく施設に戻っていればこんなことにはならなかったのに。
「うへへ・・・いい顔してくれるじゃねぇかぁ・・・俺ぁな、そういうの好きだぜぇ?」
下品な声が脳に響く。次の瞬間、胸元の服を引き裂かれた。
「いやぁぁぁ!!やだ・・・やだぁやめてぇ・・・っ!」
それでもあたしは必死で懇願することしか出来ない。不意に、男の興味が別に向く。
「・・・ん?なんだぁこのペンダントは・・・。嬢ちゃん、いいもん持ってんじゃねぇか。こりゃ売り飛ばしゃあ結構な値がつくぜ・・・?」
男の掌が、胸元のペンダントに掛る。
ママのくれたペンダント。両親の唯一の手掛り。
瞬間、あたしは最後の力を振り絞り、男の掌からペンダントを奪い返す。
「―――ってぇな、なにしやがんだこのアマぁぁっっ!!!」
男が、大きく右手をふりかぶる。あたしは、来るべき衝撃を覚悟し、目を固く瞑った。