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クルトゥース断章  作者: 高田玄武
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第十幕 戸惑い

-10-


一体何故こんなことになってしまったのか。


俺は、テスタロッサを後にし、アパートに戻ってきていた。成り行き上、途中で助けてしまった少年―――いや、正しくは少女だったのだが―――も一緒にだ。ベッドに腰かけて、何度も考える。

『一体何故こんなことになってしまったのか』。

少女は、部屋の扉の横に立って、やはりおずおずとこちらを伺っている。


―――どうしろと。


アトゥラのせいだ。しかしもっと言えば、俺の目の前で逃走劇を繰り広げたこいつも悪い。ということは・・・元を正せばあのチンピラ二人組が悪い・・・手足の二本か三本でもバラバラにして出来の悪い顔を更には化け物顔にするくらいしてやりゃよかった・・・。・・・ん?そう言えば・・・。


「・・・おい、お前。」


「えっ!?は、はいっ!!」


いきなり呼ばれ、躰が痙攣したかのような反応の少女。


「そう言えば、なんでお前あんなチンピラに追い掛けられてたんだ?」


「あっ・・・いやその・・・あのですね・・・。」


少女は口篭ると、躊躇いながらも、話し出す。

要約すると、こうだ。

路地を歩いていると、怖そうな二人組に呼びとめられた。金を要求してきたので断ると、凄まれたので謝ろうとして思いっきり頭を下げると、スキンヘッドの男の股間に直撃。以下略。

ということらしい。


「そ、そんなつもりはなかったんですけど、その・・・なんというか・・・。」


尚も申し訳なさそうに言い訳しようとする少女を見て、思わず俺は・・・


「・・・ぷっ・・・。」


「えっ?」


「く・・・くっくっく・・・あっはっはははは!!」


思わず、吹き出してしまっていた。少女は何事か解らず、ぽかんとしている。


「あ、あの〜・・・。」


股間に頭突きを喰らいながら悶絶するスキンヘッドを想像すると、笑いが止まらなかった。その後、俺にまで投げ飛ばされたんだからスキンヘッドも災難だったろう。もしかしたらまだ頭を茹で蛸のようにして探し回ってるんじゃなかろうか。


「くっはは・・・す、すまん、余りにおかしかったんで、つい、な。しかし股間に頭突きか・・・ぷっくはは・・・。」


「ひ、酷いです!結構必死だったんですよっ!」


少女が、顔を真っ赤にして泣きそうな顔で怒る素振りをする。俺は必死で笑いを堪えながら謝る。


「す、すまん・・・いやしかし、そいつも相当災難だったな。」


「はい・・・悪いことをしちゃいました・・・。きちんと謝りたかったんですけど、怖い顔で襲ってくるんで、つい逃げちゃって・・・。」


「いや、お前は悪くないさ。気にするな、スキンヘッドの自業自得だからな。」


「・・・そうなんですか?」


「あぁそうだ。・・・ところで、お前、名前は?」


「え・・・あ、あたし、イリシアって言います!イリシア=ケルファ!」


「そうか、イリシア。お前、なんでそんな変装みたいな格好を?ぱっと見、男の子みたいだぞ。」


実際、テスタロッサで知るまで、少年だとばかり思っていた。


「えっと・・・そのほうが危なくないからって聞いて・・・あの・・・あたし施設から・・・その、抜け出して・・・きたんです。」


「施設?」


「はい。・・・あたし、孤児だったんです。両親の顔は知らないですけど・・・聞いた話だと、忌み子だからと・・・。」


「忌み子・・・というと・・・。」


どういうことだと言おうとしたとき、イリシアが、ずっと被ったままだった帽子を取った。

黄金色に輝く金髪ブロンド。帽子を深く被っているときは気付かなかったが、大きな瞳。端正な顔立ち。こうして見ると、なかなかに美しい少女だった。だが、瞳を良く見て、気が付いた。


「・・・オッド・アイか・・・。」


右目は空の色を映したような蒼。左目は、エメラルドのような、碧色をしていた。


「この両目のせいで・・・あたしは両親に捨てられたと聞きました。でも、一度でいいから・・・一目、両親に会いたくて・・・。」


「成程、それで施設を飛び出してきたってわけか。」


「はい・・・それでうろうろしていたら、後はさっき言った通りで・・・。」


「それならそれで、施設の先生とかに相談出来なかったのか?」


「相談はしました。でも、先生達は『ダメだ』としか言わなくて・・・。」


成程・・・そこまで否定されるということは、よっぽどな親か、それとももう・・・。


「それであたし、施設を抜け出そうって決めたんです。会わせてくれないのなら、自力で会いに行く!って決めたんですが・・・。」


「宛てはあるのか?」


「いえ、それが・・・この世界の、何処かってことしか・・・。」


世界の何処か・・・。

この世界は余りに広すぎる。しかもイリシアの親が施設に預けに来たとすれば、結構な遠い場所にするはず。すぐに帰ってこれる場所では困るからだ。特に理由が貧困等でなく、『忌み子』だからなんて理由ならなおさらだ。

しかしこの時代に於いて『忌み子』だからなどと・・・時代錯誤甚だしい。確かに、地域や国、宗教などによっては未だにそういった観念が残っている処も少なくはないが。


「それで、どうやって探すつもりだったんだ?手掛りはそれしかないんだろ?」


「あ・・・いえ、もう一つあります!これ・・・。」


イリシアは胸元から、ペンダントを取り出す。細かい金細工の入った、高そうなペンダントだ。真ん中には、これもまた高そうな宝石まで入っている。


「施設に預けられる時に、母が渡してくれたネックレスだそうです。これが手掛りにならないかなって・・・。」


「確かに滅多にないほどの代物だが・・・お前、さっきのダウンタウンでこれを誰かに見せたりしなかったろうな?」


「え?あ、いや、まだ・・・。」


やはり見せて歩くつもりだったのか。


「・・・なら、これからは気を付けろ。こんなモノを見せて歩いたら、恐喝だけじゃ済まんぞ。下手したら命ごと持ってかれる。」


「えっ!?そ、そうなんですかっ!?」


世間を知らないとはいえ、余りに命知らずな行動だ。


「結論から言うとだ。・・・お前、施設へ帰れ。親を探すのなら、成人して社会に出てからでも出来るだろう。」


イリシアは一瞬びくっとした後、涙目になりながらも返してくる。


「いっ、嫌ですっ!!絶対に戻りません!!何でもします!ここに・・・ここに置いてください、お願いしますっ!!」


必死で頭を下げる。

しかし・・・こんな世間知らずの面倒を見れるほど俺も暇じゃない。


「ダメだ。・・・どうしてもと言うのなら、さっきのテスタロッサにでも行け。あいつなら何か良い方法でも知ってるだろう。」


「・・・っ・・・。」


イリシアは、顔を下げたまま震えていた。しばらくした後、口を開く。


「・・・どうしても・・・ダメ・・・ですか・・・?」


俺は、何も言わない。


「・・・・・・。」


沈黙が続いた後、再度口を開いたのはイリシアだった。


「・・・分かりました・・・。一人でも・・・探してみせます。・・・助けてくれて、ありがとうございました。」


うつ向いたまま、帽子を被る。

ドアの閉まる音がする。

・・・これでいい。そのうち、諦めて施設に戻るだろう。


俺は、胸ポケットから煙草を取り出して、フィルターを噛みながら火を点ける。しばらく、ぼぉっとしたまま、煙を吸い込む。外はすでに真っ暗だ。懐中時計を取り出して時刻を見ると、すでに二十時を回っていた。

俺は、何も考えないようにする。

そういえば、あのチンピラどもはどうしただろう。さすがにまだ探し回っているということは無いだろうが・・・。

考えないようにすればするほど、嫌な予感がする。しかし俺には関係のないことだ。

・・・今日はもう、寝るか・・・。

少し早いが、今日は余りに色々なことがあった。

部屋の灯りを消してベッドに転がる。

・・・明日がくれば。明日がくれば、また俺は探さなきゃならない。自分自身の記憶を。大丈夫さ。不安なんて何もない。言い聞かせながら、闇の中に堕ちていった。



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