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終章 壊れ続ける世界

    ひっちゃかめっちゃかな世界

                  銀神月美


   終章 壊れ続ける世界


 鴉に確認すると意気込んでいたけれど、中々鴉に会えないでいた。そもそも朝早くから夕方まで学校だから、鴉に会える機会なんて最初から限られていた。それでも鴉の言っていることをちゃんと理解しないと大変なことが起こりそうで、うちのにゃんこに帰宅時間を鴉に教えて欲しいと言ったのだけれど、結局あれから会えていない。今日で一週間が経つ。

 今日も学校へ向かう。いつものように支度し、いつものように通学路を歩く。けれども、その道すがらあの鴉の姿を探してしまう。今の私には必要だから。

 鴉に出会うこともなく電車に乗る。朝の混雑で席の空きはなくドア付近に立つ。利用者と気怠い空気を詰め込んで電車は走っていくが、車内のある所だけ雰囲気が違って、盛んに何か話している。高校生らしき集団が周囲の迷惑を少しくらい考慮しつつ朝から話し込んでいる。何の歓談をしているかといえば、

「そういえば、何かすげぇの作ったらしいな」

「ん? あ、あれか。SFって感じだよな」

 今朝テレビで流れていたことだった。例のサイトを運営する会社が政府と各報道機関と連携して開発した次世代型情報ネットワーク及びそのインフラ整備が終了し、一週間後にはサービスが開始されるという。朝食中に耳にしたくらいだと確かそんな内容で、具体的にどのようなものなのかまでは知らない。とはいえ、そんな報道があって益々あの鴉に会う必要がある。

 学校に到着するとクラスの全員が、いや学校全体が新サービスの話題で持ち切りだった。毎日のことだけれど、何だかその日は強い恐怖を抱いた。

「おはよう」

 いつものごとく友人が話し掛けてくる。そして次に出てくるのは例の話題についてだった。

「ねえ、知ってる? 何だか面白そうなこと始めるみたいだよ。その様子だと知らないみたいね。もう、そんなんじゃ取り残されちゃうから。そう言えば、終末予言って知ってる? 今年中に世界が滅んじゃうんだって。怖いよねぇ。どっかの古代遺跡の暗号とか、あと……何だっけ? 兎に角色々調べたら近い内にこの世界が滅亡しちゃうらしいよ」

「それ、大分前にも言ってなかった?」

「そうだっけ? ああきっと、初めて見たのがその時だったんだよ。で、その予言の日が一週間後なの」

 その言葉を聞いて嫌な予感がした。

「一週間後といえば新サービスもその辺りだったね」

 新サービスの名前は『クレオン』と言うらしい。これまた問題のある名前のように思えるけど、そんなことは取るに足りないことだった。新サービスがどのようなものなのか私にはよく分からない。そもそも次世代型のネットワークということも理解していないから、何処がどうでどうなってなんて技術的なことは分からない。兎に角、一週間後には『クレオン』というものから多くの人々が情報を入手するようになる。今まで多くの人の情報源になっていたのだから、新しくなってどうなるだろうか、その予測は出来ない。

 サービスが開始するまでに鴉に会わなければならない。そう確信したのはいいけど、結局鴉は現れない。にゃんこにいくら聞いても何も答えない。

「こんな大変な時なのに……」

 そう呟いてふと思う。大変だと思っているのは自分だけではないのか、そもそも一体何が大変なのか。言葉で言い表せる理由もなしに騒いでいるなんて、それこそ馬鹿らしい限りでないか。……でも。

「かー!」

 鳴き声がした。窓の外、激しい羽音と共にけたたましい鳴き声が聞こえてくる。カーテンを開けると窓の向こうで例の鴉が激しくアピールしていた。

 鴉を部屋に入れると疲れたと言わんばかりに羽繕いし、そしてまるで巣に戻ってきたかのような態度でこちらの様子を窺っている。横柄にも見えるがそんなことは気にしない。訊かないといけないことがある。

「ねえ、訊きたいことがあるの」

 そう切り出すと鴉はちょんちょんと跳ねながら部屋を見渡し、そして本棚の前で「かー」と鳴く。一体何を要求しているのか分からなかったが、疑問符を浮かべている私の代わりににゃんこが動いて、本棚の空白地帯に跳び移り、下の段にある本を尻尾で示す。

「くわぁ」

 それを読んでみろと言わんばかりに鳴く。拒否する理由もないから示された本を開く。その本は私の大切な一冊の本。この前友人が有名だと言ったもの。しかし、今それを読んで一体何になるというのか。

 本の内容は荒廃した世界の話と荒廃を予感させる話が出てくる物語。共に名前も出て来ない少女が主人公で、彼女の一人称で書かれている。

 読んでいる途中、鴉が鳴いた。鴉の方を見るともう手遅れと言いたげな表情をしている。何を意味しているのか分からず、にゃんこを見るとにゃんこも同じ顔をしていて、ただ視線を落としている。

 二人が何を考えているのか、私には分からず、少しばかりの沈黙が流れて、そしてやっと私は二人が言おうとしていることを理解した。二人はこの本の通りに未来が進んでいくと言っている。私はそんな馬鹿なと呟いたけれど、二人は沈黙を守るばかりで反論の一つもなく、私はそれを認めるしかなかった。

 翌朝、学校は例の話題の他に終末予言の話でいっぱいだった。そんな中どうしようもなくいつものように過ごしている私に友人が話し掛けたのは、

「昨日の夜、世界の終末特集でこの前言った本が出てたよ。世界が終わっちゃうって聞くと、やっぱりみんなあの本を思い浮かべるんだね」

 友人の言っている本とは、昨晩私が読んでいたものに間違いなく、回避は出来ないらしい。

 この先どうなってしまうのか、その答えが書かれているのがあの本で、つまりこの世界はあの少女しかいない状態になってしまう――読む限りだと少女しか出てこないから。ならば、最後に残る少女は一体誰なのだろう。そんな疑問がすぐに出てくるけど、その答えは単純明快で、でもそれを受け入れるにはあまりに時間が足りないように思えてならない。

 こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていき、学校中が特定の話題で盛り上がっている中、私だけはいつも以上に冷めた心持ちであの本を捲っていた。友人から「もしその通りになったら大変だよね」と言われるが、私は適当に返事をすることしか出来ず、何故という疑問も放り投げて、半ば放心状態だった。

 本の題名は、『ひっちゃかめっちゃかな世界』。


    ****


 もう少し技術的なことが分かっていれば、きっとこの日常を回避出来たように思うのですが、今それを言っても仕方がないことは明らかで、私が頑張って知識を得てもどうにもならないかもしれません。なんて悲観的なことを考えることもちょっとはありますが、それよりも今日の食事を、明日の食事を賄うことで精一杯な私は今更に農業以外の何を勉強するのかと思う訳です。農業と言っても前の時代の所謂近代的農業ではなくて、前近代的なやり方で――全てが手作業で効率も何もありません――生き延びる為だけの最低限を一人で作らないといけません。一人の為の食糧とはいえ農作業というのは本当に骨の折れる作業で、季節感が失われた今は農閑期などなく、荒廃してから培った経験と大量に残った人類の叡智を照らし合わせてそれぞれの作物の生育を予測しなければならず、日々畑に出て収穫の時を予定しなければなりません。そして今日、運悪く今育てている作物の殆どの収穫が重なって、朝早くから畑に出っぱなしになっていて、おそらく今日はお散歩なんて洒落込むことも出来ないでしょう。

 正直なところイライラしているのですが、それは畑仕事の所為ではなくて、あの鴉が、そうあの鴉が折角収穫したスイカを、ちょっとした楽しみとして育てていた大切なスイカを私がちょっと目を離してにゃんことお話していた時に食い散らかしたのです。流石の私もその時は殺意が湧きました。いっそ青梅でも食べさせてやろうかと想いましたが、残念なことに今は梅の季節ではありません。取り敢えず、今はお昼ごはんを楽しんで、このイライラを解消するしかありません。

 収穫したばかりの野菜を丸齧りしながらのごはん。今回はスイカというデザートもあっていつもよりも豪華な献立で嬉しい限りです。にゃんこも贅沢なごはんを喜んでいるようで、今はスイカを食べています――うちのにゃんこは意外と菜食のようです。

「トレネェー!」

 その瞬間、私は耳を疑いました。思わず声のした方を向くとにゃんこが必死に手に付いた薄い種を取ろうとしているではありませんか。そう、今し方の叫びはうちのにゃんこから発せられたものだったのです。種が取れたらしくにゃんこは何事もなかったかのように毛繕いを始めました。その様子を私は只々呆然と見詰めることしか出来なかったのでした。

 にゃんこが喋るなんて思いもよらず、今も思い出すと作業の手が止まってしまいます。作業をしながらうちのにゃんこに隠された秘密がまだまだあるのだと長年の付き合いとはいえ侮れないと強く思いました。さて、いつまでも手を休めている訳にもいかず、さっさと収穫を終わらせないと日が暮れるぎりぎりまでの作業になる上に、明日の仕事が増えてしまいます。

 そういえば半殺しにした鴉は何処へ行ってしまったのかと思いながら、収穫作業を進めていきます。にゃんこは横で蔦にじゃれていて楽しそうです。

 あの頃はまさか自分がこんな状況に置かれるなんて予想だにしませんでしたが、案外人間というものはその時の環境に簡単に適応出来るようです。まあ、私の場合はにゃんこと鴉がいたからということもあるかもしれません。もし二人でなくて他の誰かだったら、今のようにある意味気楽に生活することは出来なかったかもしれません。なんて今更に考えても意味なんて無い上に、腹の足しにもなりません。

「よし、今日の仕事終わりっ」

 収穫作業は無事に終わり、家に帰って夕ごはん、とその前に汗を掻いたのでお風呂に入りましょう。思い立ったが吉日、籠を背負って家路に着いたのでした。

 結局、お風呂よりもご飯の方が先になってしまいました。お風呂を立てるのは前の時代のように全自動ではなく、昔ながらのあの頑張らないといけない方法で、湯船に水を張るのも一苦労な上に、それをお湯にしないといけないのですから入るまでに気力と体力が必要になります。火を点けて温め始めたところまでは良かったのですが、昼間の作業もあってかお腹が激しく訴え出して、途中で放棄するのも良くないと思いながらも簡単に見繕って、ご飯を食べながら薪をくべるという行為に打って出たのでした。……と、そんなこんなでお風呂が沸きました。後は入るだけ。土と埃塗れになった体を洗い流し、湯加減を確かめながらゆっくりと入ります。少女の貴重な入浴シーンですが、覗くのはにゃんこか鴉くらいなので問題ありません――鴉が覗いてきたら水攻めにしますけど。

 こうしてお湯に浸かっていると、おっさん顔負けに「極楽、極楽」とか言ってしまいますが、お風呂が気持ちいいので仕様がありません。そして色々と考えてしまいます――それこそ昔のことから朝食のことまで。

 どうして私が残ることになったのか、未だに分からずじまいで、にゃんこに聞いても鴉に聞いても首を傾げるばかりで明確な答えが出て来ません。もしかしたら『クレオン』を調べれば何か分かるかもしれませんが、何が起こるか不明なのでそれは出来ません。それにしても一体全体どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。こうなる運命だったとしても、年端も行かない私にも理解出来るように説明してほしいものです。説明出来る人がいるかは知りませんが。

 取り留めのないことを考えている内にお湯がどんどん冷めてきました。これ以上は逆に体を冷やして大変なことになってしまいます。医者も薬もない世界ですから、ちょっとした風邪でも用心しないと。

「――くわ!」

「あ、ごめん。そこにいたの気付かなかった……って、何でそこにいるんだこの鴉!!」

「くわぁー」

 鴉を水攻めにした後は歯を磨いて寝る支度をします。布団を敷いて軽くにゃんこと遊んで就寝です。ここで遊んでやらないと、遊べ遊べと枕元で凄まじいアピールを始めて、安眠を妨害してきます。

 適当ににゃんこと戯れている内に、舟を漕ぎ出してしまいました。これはもう末期状態、早く布団に入らないといつ深い眠りに落ちてしまうか分かりません。もっととせがむにゃんこを説得して灯りを消します。

「……」

 ふと目に留まる本。少しばかり注視して欠伸して灯りを消して布団の中に潜りました。

 全ての事態があの本の通りになってしまいました。世界が荒廃して、私とにゃんこと鴉だけの世界に。家族も友人も知っている人は誰一人といなくなりました。ある意味でこの本の所為かもしれません。あの『クレオン』とかではなくて。この本の所為で私は日々畑仕事に精を出さなくてはならないのかもしれません。

 本の題名は、『ひっちゃかめっちゃかな世界』。

このお話はこれでおしまいです。先日の編集会議で世界が壊れる瞬間を書いて欲しかったとの感想が出たようですが、瞬間を書いてしまうとR-18になってしまうので、それは出来ません。

それにしても、一体何だったのでしょうね、このお話は。

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