日常乖離のきっかけ 7
「……は?」
オレは我が耳を疑った。
……魔法? なんだそれは。そりゃ、魔法は知っている。ファンタジーなどでよく出るあれのことだろう。でも、なんで今それが?
「まあ、それが普通の反応だろうね。魔法なんて、こいつ何言ってんだ、ってね。
じゃあさ、フルミナ・レーゲンの話について、どう思う?」
「フルミナ・レーゲン、……確かなんかのおとぎ話の英雄様じゃなかったっけ?」
ますます話が読めなくなった。一体この会長は何がしたいのか……。
「……おとぎ話、ね。確かに世間では有名な話だよね。『おとぎ話』として」
「……あんたは何が言いたいんだよ」
オレは読めない黒塚の言動に警戒する。
「そうだねぇ、僕が言いたいのは……」
と、そこで黒塚は言葉を切り、オレのほうを向いた。その顔にはさっきまでの柔和な感じの中に、真剣みを帯びた表情が見て取れた。
そしてその表情のまま言った。
「……君には、今君が持っているその価値観はごみのようなものだと、認識してほしいんだ」
「……なんだって?」
オレがそう聞き返すと、「つまりは、だ」と黒塚は右手の人差し指を立てた。
「君は魔法なんて存在しないし、フルミナ・レーゲンの話も作り話だ。そう思っているんだろうけど、実際はそんなことはないってことさ。魔法もフルミナ・レーゲンも、どちらも存在するんだ」
「まあ、フルミナ・レーゲンは歴史上の人物だけどね」と軽い口調で付け足す。オレはいよいよ警戒を強めた。
「なんだよ、新手の宗教勧誘か? 意味が分かんねえよ」
オレは黒塚をにらみつけた。しかし当の本人はその反応が予想できたのか、ふうと小さくため息をついた。
「……こればっかりは実物を見てもらった方が早いか。……うーん、そうだなー。じゃあ、日向君」
「あ、はい」
黒塚は楓のほうに、少し含み笑いをしながら話を振った。
「簡単なものでいいから、宝条君に見せてあげてくれ」
「分かりました」
「か、楓…?」
オレは黒塚の言葉にうなづいた楓をまじまじと見た。簡単なものを見せるって、それは一体……。
「……ごめんね雷牙。今まで隠してて。……私もこの四月からなんだけど―」
と、小さな声で楓が何かをつぶやき始めた。
「……えっ」
すると同時に、楓の髪の色がみるみる淡い亜麻色に変化し始めた。
「な、なんだよそれ……」
「魔法だよ」
愕然とするオレに向かって、ごく自然に黒塚が言い放った。
「僕たち生徒会役員はみんな魔法が使えるんだよ。そして日向君には魔法使いの才能があったからね。この四月から役員になってもらったんだ」
「……黙っててごめんね、雷牙」
黒塚のほうに向いていた視線を、楓の声を聞き、彼女のほうに戻してみると、
「これが魔法。私は光属性が得意らしいわ」
髪が完全に淡い亜麻色に変化し、謎の光の球を手のひらに乗せた楓がそこにはいた。
「……」
オレは言葉をなくし、ただ口をあんぐりと開けて、楓の髪と謎の光弾を見比べた。
「どうだい? 少しは信じてくれるかい?」
ふふふ、と小さく笑いながら黒塚がオレを見てきた。
……なんだよこれ。魔法が存在する上に楓が魔法使いだって?
信じられない。……信じられないが――、
「……分かった。一応今はそういうことにしといてやる。そのライオンも、なんかの魔法とやらなんだろう? ……で、なんでオレがここに呼ばれたんだよ」
オレは一度目をつむって冷静になった。観念したわけではないが、一応ここは(自分の精神の為にも)納得することにした。
「うーん、レオンは魔法で動いてるわけじゃないんだけどね。まあ、それは追々」
黒塚は苦笑いしながら、がさごそと部屋の端にある机の引き出しをあさり始めた。
「えーっと、封印はしてあるはずなんだけど~っと、あったあった」
「……お主、扱いが雑であるぞ」
奇妙な小箱を取り出した黒塚に向かってしゃべる獅子――レオンが呆れ気味にうめいた。
「いいじゃないか、封印はしてあったんだから。……いいのかい?」
「……確信はないが、我の勘が正しければおそらく」
「それで十分さ」
レオンとなにやら会話(慣れないな、だってライオンがしゃべってるんだぞ?)をしていた黒塚は口元をほころばせてオレの元に来た。
「一応魔法があると認識してくれた宝条君に、これを見てもらいたいんだ」
そう言って黒塚はなにかつぶやいた後、ぱかっと小箱を開けた。
小箱の中には……、
「……ブレスレット……?」
虹色の不思議な石をかたどったシルバーのブレスレットが丁寧に入っていた。
「……これが、どうしたって?」
「手に取ってはめてみてくれないかい?」
なにやら貴重な品物な雰囲気にオレはたじろいたが、黒塚はさらっとそんなことを言ってきた。
「これを、オレが?」
「そう」
「……」
あまり手にしたことのない装飾品にオレは、手にはめるんだよな、腕時計みたいに、とか考えながらブレスレットに手を伸ばす。
そして、
触れた。
その時だった。
『やっと、見つけたよ』
声が、聞こえた。
「えっ、あ――」
オレは手を止めてあたりをうかがおうと思ったが、できなかった。
オレの手がオレの抑制を聞かず、独りでに動いたのだ。
そしてオレの腕は、ブレスレットをきっちりと腕にはめた。
瞬間――
ブワッ!
「のわっ」
ブレスレットがまばゆい光を放ち始めた。
「雷牙っ」
楓が叫びながらオレの腕を取ろうとしたが、何かに押されているかのように腕で顔をかばい、ずるずると後ろにすべっていった。
「……どうやら、当たりだったみたいだね!」
黒塚が同じく腕で顔をかばいつつも、口元に笑みを浮かべてつぶやいた。
「ちょっ、これどうなって――」
そこでブレスレットはより一層強く輝きだした。一瞬でオレの視界は光で埋め尽くされる。
同時に、ふわりと浮かんでいるような感覚に飲み込まれた。
「……っ――」
次には声が出なくなった。
意識が無理やりに体から引きはがされる感覚を味わう。
突然のことで、オレは何も考えられなかった。
一体何が起きたのか、
オレはどうなるのか、
分からなかった。
ただ、
声が聞こえた。
『君に私の力をあげたい』
女の子の声。
『……約束を、守ってね』
聞いたことがない声であったが、
その声はとても優しく
儚げであった。
††††
……どれくらい目をつむっていただろう。
「……なっ」
だれともわからないうめき声が聞こえ、オレは恐る恐る片目を開けた。
見えたのはさっきまでと一緒の生徒会室。
違うのは軒並み椅子と机が吹っ飛んでいたのと、
それぞれ座っていた先輩方が立ち上がっていることであった。
一番近くにいたのは、黒塚であった。
彼は何かに耐える状況になっていたらしく、大きく足を広げ腰を落とし、どっしりと構えていた。
そのせいだろうか、彼の胸がすぐ近くにあって……。
……。
……おい待て。
なんかおかしくないか?
なんであんなに前傾で腰を低くしてんのに、目の前が奴の胸なんだ?
オレは今立っているはずである。
それはオレの足の感覚がそう伝えてくれている。
現にいま確認したって――、
「……ん?」
オレは自らの足元を見て眉をひそめた。
あれ? なんか、床近くない?
しかも今オレが踏んでるのって、制服のズボンじゃない? 素足見えてるし。
「……ん、……んー?」
オレは首をかしげる。
声が、なんか変だ。普通にしゃべってるはずなのにいやに高い。これじゃあ、女の子の声だ。しかも年齢が低い、おそらく小学生くらいの声だ。
「……ふぅ、あー魔封具念のため携帯しててよかった……」
オレの頭上で黒塚の安堵の声が聞こえた。
え、頭上?
『あ』
オレと黒塚は同時に間抜けな声を出した。
同時にオレは我が目を疑った。
なんだこの身長差。大人と子供くらい差があるぞ。なんで?
「こ、これはっ……」
と、オレを見て(見下ろして)黒塚は口を半開きにして震えだした。
そして――
「お、おお、お待ち帰りいぃぃぃぃぃぃ!!」
「ぎやぁ―――!!」
抱きついてきやがった!
「なんという、なんというミラクルっ」
「は、放せっ!!」
オレは全力で黒塚を引きはがしつつ叫んだ。てか、なんで声が女の子なんだよ!? そんなつもりはないのに。
「っぅがぁ!!」
気合とともに一気に両手を突きだすと、黒塚の顔が離れると同時に、オレ自身の両腕が見えた。
……いや、長袖の袖が余りに余ってて腕は見えず、幽霊みたいな格好になっていた。
「ちょっ、なんだこれ!?」
オレは思わず叫ぶ。その叫び声もまた、可愛い女の子の声だった。
と、
ズガンっ
「あうっ」
すさまじい音とともに黒塚から力が抜ける。そしてずるずると床に倒れた。
「まったく、落ち着いてください会長」
声の主は三年の長髪の女生徒だった。その手には光沢を発する(!?)ハリセンが握られていた。
あ、いやそれ……、
「安心してください、何度使用しても錆びない特殊金属ですから」
「オレが心配してんのはそこじゃねぇ!」
思わず怒鳴る。すさまじい音がしたと思ったら、金属だったのかよ。
「ああ、会長のことですか。心配せずとも、しばらくしたら復活しますよ」
「……復活すんのかよ、あんな音出して」
てか、なに慣れたふうな口調なの? もしかして日常茶飯事なのか?
「……ところで、あなたのお名前は宝条雷牙でよろしいですか?」
改まって、長髪の女生徒がオレを見下ろして(背高いなー)言った。オレは首をかしげながらも一応うなづいた。
「あ、ああそうだけど……」
「え、本当に?」
横から、信じられないことでも聞いたかのような声が割り込んできた。声のほうに顔を向けてみると、そこには目を丸くしている楓がたたずんでい――、
……なんだって…?
オレは楓の姿を見て驚愕した。だって……。
「……なんかお前、でかくない?」
そう、オレから見た楓の大きさが明らかに違ったからだ。
本来、オレの頭一つ分くらい下のはずの楓の身長は、今はまったくの逆立場になっている。
その大きくなった楓はおろおろと手を動かしながら、
「いや、私が大きくなったんじゃなくて、雷牙が小さくなったんだよ!」
なんてことを言ってきた。
「はぁ? オレが小さくなっ…ただ……て……」
楓のその発言に鼻で笑いつつ、楓から視線を外すと、オレの視線は『あるもの』に釘付けになった。途端に声が尻すぼみになる。
オレの視線の先には、どこから持ってきたのか全身を映せる縦長の鏡が置いてあった。その隣には三年の長髪の女生徒がいたのだが、それには一切目がいかなかった。
鏡には基本、目の前にあるものを映す性質がある。
今はオレが目の前にいるわけだから、その性質からすると当然オレが映っているはずだ。
……なのに、今映っているのは――、
「……だ、誰だよ。こいつ……?」
映っていたのは、……可愛らしい少女だった。
見たところ、十代前半、下手をすれば十にも満たないと思われる少女である。
鏡の中の、蛍光灯の光の加減で虹色に光る不思議な金髪をした少女は、なぜか全くその丈に会っていない制服の長袖シャツを着ており、そのシャツは膝のあたりまでだらしなく垂れていた。その下からすらりと細くきれいな足がのぞいている。
その少女が、
鏡の中から、
オレを見つめていた。
全くオレと同じポーズで。
オレはあたりを見回し、その少女の姿を探した。
するとどうしたことか、鏡の中の少女も同様に鏡の中を見回した。
再び目が合う。その顔はオレと同じく混乱に満ちているようだった。
オレはがっと鏡をつかむ。同じ動きを少女もする。
そこで
ある仮説が、オレの中に湧き上がる。
言っておくが、最悪の仮説だ。
「……なあ楓」
オレは楓に、顔をひきつらせながら、つぶやく。
「……これって…………オレ?」
楓の返答は、
「……うん」
オレにとって最悪の仮説を証明するものであった。
TS、ついにしてくれました。
これは新ヒロイン誕生と、言えるのでしょうか……?