光の矢 1
「……おかしい」
雷牙が必死に戦っている姿を見ながら、楓はなんとかしてこの状況を打破できるような一手を模索していた。
「……おかしくないかしら、あの構え」
度々飛んでくる魔法弾をなんとか処理しながら、楓は治癒魔法を詠唱していた。もちろん雷牙を治療するためだ。光魔法は範囲が広い。多少離れていても効果は得られる。しかし、楓自身治癒魔法は習得過程の段階なので、治癒魔法の体裁を保った簡単なものしか唱えられず、効果は微々たるものであるが。
「あの左手の銃……」
治癒魔法を唱えながら、片隅で緑と紫の軌跡を交わらせる二人の戦いを思い浮かべる。その二つの軌跡が交差するとき、戦闘がおこっている。その時は動きが止まるので、楓にも目で追うことができた。そこで気が付いたのだ。
「あれを守ってる感じがする」
ソロナは、いつも左手の銃が雷牙から離れるように構えていた。雷牙の攻撃は避けるか右手の銃で弾くかするだけで、左手の銃は援護するような形だ。確かに、その戦法は間違っていないと思うが、時々おかしな点が見受けられた。それは雷牙の片手の剣を右手で抑え込んでいる時だ。そのとき雷牙がもう片方の剣を振ると、それが無理やりな行動だったとしても、なんとかして右手だけで対処していた。それが楓には『守っている』と思えるのだ。
「……」
楓は一旦詠唱をやめると、じっとソロナの左手の銃を凝視した。すると、うっすらと魔力の流れが読めた。
「……魔力の流れが、逆だわ!」
通常魔法使いが武器を使うときは、魔法使い側が武器に魔力を通して戦う。つまり、魔力の流れは持ち手から武器へと流れるはずだ。だが、ソロナの左手の銃はその流れが逆――銃からソロナへと魔力が流れていた。
しかし、ただ逆なだけでは問題はない。そういう武器もないことはないからだ。主に装飾品に多いのだが、それ自体が魔力を秘め持ち手に魔力を供給するものもある。今雷牙が付けている、フルミナ・レーゲンのものというブレスレットがその例だ。
問題は、ソロナの左手の銃が、なにか彼女を支配するかのような怪しい魔力を放っている点だ。今まで気が付かなかったが、左手の銃のまわりだけ魔力がよどんでいる。
「……あれが原因ね」
楓は杖をソロナの方に構える。だが、構えた後の行動が出来ない。
「……だめ、動きが早くてうまく当てる自信がないっ」
一点集中させた光魔法なら、あの銃を破壊することは可能だろう。だが、楓にはソロナの動きに合わせて正確に撃ち抜く自身はなかった。下手をすれば、ソロナ自身を貫いてしまう。それだけでなく、最悪雷牙を撃ち抜く可能性も否定はできない。
「一度彼女の動きを止めないと……っ」
楓は詠唱を始めた。
「がはぁっ!」
その時、雷牙が攻撃を弾かれて地面に叩きつけられた。地面に倒れこみ無防備になった状態のはずの雷牙は、それでもすぐには動かなかった。それだけ衝撃が大きかったのだろう。
「雷牙っ、きゃ!?」
雷牙に気を取られてしまって、詠唱が遅れた。そこをソロナは見逃さず魔法弾を放ってきた。一発が足元に着弾した。仕方なく楓は詠唱中の魔法をあきらめ、杖に魔力を込める。杖から出た魔法陣が、その後に飛んできた魔法弾を消滅させる。
「……雷牙ももう限界みたい」
次々飛んでくる魔法弾をいなしながら、楓は雷牙を見た。雷牙から感じられる魔力が少なくなっていた。雷牙自身も、時折ふら付いている。魔力だけでなく、体の方にもがたがきているようだ。
「詠唱の援護は頼めない、か」
楓は小さく唇をかんだ。雷牙が常時おとり役を買っていることは承知していた。雷牙の方に飛んで行った魔法弾の数は、楓の比ではない。それでも雷牙は、楓を守ろうと楓の盾になっていた。前衛が後衛を守るのは戦術の基本と黒塚や勠也は言っていたが、それだけの恩恵を受けていいほどの仕事を、果たして楓はしているだろうか。
「……してない、かも」
相手が速いことを理由に、最小限の援護と気休め程度の回復しかしていない。確かにそれも仕方のないことだ。下手に魔法を撃つと雷牙に当たりかねないし、治癒魔法とみるやソロナは攻撃をしてくるからだ。それを補うように、相手の弱点を観察していたが……
「……あれだけ必死な雷牙を見ると、それも言い訳だよね」
自嘲気味に楓はつぶやく。その時、雷牙がソロナに肉薄して戦う音が響いた。彼はあれだけでのダメージを追いながら、なおも楓への攻撃を反らそうと接近していた。
「決めたじゃない楓……雷牙は私が守るって」
楓はぎゅっと杖を握りしめた。うつむき気味だった顔を上げる。
「私はどうなってもいい。……雷牙は、私が守る!!」
そう言い放って、楓は杖にありったけの魔力を込めた。その後ざくっと杖を地面に突きたてる。
「カステッロ!」
その瞬間、杖を中心に地面に大きな魔法陣が形成された。
「ちっ!」
それに気が付いたソロナが、魔法陣の中にいる楓に魔法弾を放ってきたが、魔法弾は楓に届く前に結界のようなものに阻まれた。それを見届ける前に、楓は次なる詠唱を始めた。楓の詠唱を阻止しようとより強力な魔法弾を放とうとしたソロナだったが、
「邪魔は、させねえ!」
残り僅かであろう魔力を使い、雷牙が『光速』で近づきソロナの動きを阻む。剣は一本しか持っていなかったが、体当たりするように飛び込んだおかげで、ソロナも狙いを外してしまった。まったく関係ない方向に魔法弾が飛んでいく。
「雷牙、離れて!」
その時魔法が完成したのか、楓が叫んだ。雷牙はすぐさまソロナから離れる。それを察知して、ソロナは雷牙から離れまいとしたが、直線の速度では雷牙には敵わない。
「レストレイン・フィレ!」
楓が言い放つと、ソロナの足元が輝きだした。直後、光の柱のようなものが現れた。その光はソロナを空中へと押し上げると、爆発し蜘蛛の巣のように線となって広がった。
「ぐっ、これは……っ」
左腕を高々と掲げた状態で光の網に拘束されたソロナは、苦しげに身動ぎをするが、光の網はソロナに一切の動きを許さない。ソロナは睨むように雷牙の方を向いたが、雷牙の反応は鈍かった。大きな隙を作っている最中だが、雷牙は歯を食いしばっていつの間にか拾い上げた片方の剣も合わせ構えたまま、動いていない。その機を活かそうという意志があるだけで、蓄積されたダメージのせいで行動には出せていないようだ。これなら、少しは抜け出す余裕があるとほくそ笑んだソロナだったが、その笑みはすぐに掻き消えた。
「ソル・フレッチャー!」
「な、二重詠唱だとっ」
驚くことに、楓はもう一つ詠唱をしていたのだ。楓はまるで弓を射るような姿勢になった。すると、それに応えるかのように光の弓矢が現れる。
「いっけえぇぇ!!」
気合の声とともに、楓は矢を放った。光の矢は、『光速』以上の速さで光の軌跡を作りながらソロナに迫った。
「き、貴様ぁぁ!!」
光の矢は、ソロナの左手に持たれていた黒塗りの銃を貫いた。派手な音が辺りを響くと同時に、ソロナが悲痛の叫びをあげた。
光の矢は、空間を囲んでいた結界の天井にも達した。天井にぶちあった途端、まるで太陽がそこに出来たかのようなまばゆい光が発生した。辺りが真っ白に染まる――
最初は雷牙が活躍する予定で、こういう流れではなかったのですが、書き進めていくうちにこの流れになってしまいました。ちゃんと計画立てて書き進めないと、どんどん離れていっちゃうんだよなぁ。
誤字、脱字、修正の指摘、感想をお待ちしています。