緑と紫の軌跡 1
「っつぅ!?」
銃声が鳴り響いた瞬間、オレはとっさにその場を飛びのいていた。あの瞬間で反射的に体が動いたのは、もはや自分でも驚きだった。しかしそれでも完全には間に合わず、銃弾はオレの左肩を浅くえぐって行った。痛みに顔をしかめつつ、オレは右手で左肩の傷を覆った。傷は深くはないが、揃えた右手の指の間から血が流れ出ていくのが分かった。
「雷牙っ!!」
不意に色褪せた景色の広がる空間に、悲痛の声が響いた。その声は良く知った声で、オレは声のした方を振り向いて驚いた。
「か、楓!? お前、保健室で寝てたんじゃないのかよ」
「さっきまではそうだったわよ。でも、今はそんなこと言っている暇ないでしょ!」
楓は飛びつくようにオレに近寄ると、左肩を押さえるオレの手をどかすように指示し、痛々しげに傷口を眺めた。傷口に手をかざし、すぐさま小さく詠唱する。すると、楓の髪が淡い亜麻色に変色し、手のひらが淡く光を放ち始めた。その光は、オレの肩口の傷に降り注ぐ。温かなその光は、オレの傷をゆっくりと癒していく。
「一体何が起こってるのよ?」
治癒を続けながら、楓が問いかけてきた。オレは数メートル離れたところに立っている、銃を撃った張本人を振り返った。
「分からねえ。気がついたら、こんな状況だ」
治癒がひと段落ついたのか、傷口を眺めていた楓も、顔を上げオレと同じ方向を見た。
オレたちの視線の先には、左手の銃をオレたちに突き付けてたたずむ、ソロナの姿があった。
「……この魔力の流れ。……もしかしてこの結界は、ソロナさんが?」
「かも、な。……でも、様子がおかしいぞ」
オレが言ったように、ソロナの様子はおかしかった。
左手に持った銃は、相変わらずオレたちに突き付けられているが、銃口は小刻みに揺れていた。揺れているのは銃口だけではない。体全体もふらふらと揺れている。右手で覆いうつむいた顔からは表情は読めない。が、隠しきれていない口元では、これでもかというほどきつく歯が食いしばられていた。よく聞くと、小さな呻きも漏れている。まるで何かに必死に耐えているかのようだ。
その様子に、オレも動きあぐねていた。構えは取るが、剣はまだ具現化させていない。楓もいつでも動けるようには構えているが、行動には出せられないでいる。
「っぁぁぁああああっ!?」
やがてソロナが耐えかねたように悲鳴を上げた。その瞬間、ソロナから一気に魔力波が溢れ出た。思わずオレは双剣を具現化させた。だが、波のように飛んでくる魔力波には多少の緩衝剤にしからならい。切り伏せることが出来ないのだ。
「危ないっ」
とっさに楓が杖を具現化させ、その後杖の先をソロナの方に向けた。すると杖の先に小さな魔法陣が浮かび上がり、直後にその魔法陣の大きくしたものがオレたちの前に現れた。魔力波はその魔法陣にぶち当たり、風のように裂けて行った。
「お前、これ……」
「あ、初めて見せたっけ? 緊急時の護身術よ」
楓はちらとオレを横目で見て言った。その後楓は、少し表情を力ませた。すると目の前に展開していた結界が、甲高い音を立てて弾けた。結界の消失は、押し寄せていた魔力波をも消し飛ばした。
お前、いつの間にこんなものを覚えたんだ。とオレは聞こうとした。だが、いざ言おうと楓の方を振り返ったところ、まっすぐに楓はソロナの方を向いていて、その表情から声をかけるのは躊躇われた。楓に倣い、オレもソロナの方を向く。
相変わらずソロナはうつむいていて表情は読めなかった。だが、先ほどまでとは違い、今度は両手がだらりと下に下げられていた。口も半開きで、まるで放心状態だ。左手の黒塗りの銃が気になるが、迂闊に動けない。
「……さすがは」
と、不意にソロナの口が動いた。それを皮切りに、ソロナの長い髪が変色し始めた。
昨日林の中で見た、あの謎の少女と同じ緑色に。
「さすがはフライハイトの人間だ。不可思議な結界の中で疲弊しているとはいえ、ここまで抵抗されるとはな」
ソロナがゆっくりと顔を上げた。今まで見えなかった表情が明らかになる。
「だが、まあいい。貴様らを喰らえば、私の魔力も回復するし、この娘も折れるであろう」
彼女は口元で小さく笑った。だが、黒くくすんだ目はこちらを眺めたまま笑みの一つも浮かんでいなかった。
明らかに、先ほどまで一緒に食事をとっていた、明るく快活なソロナではない。
「……誰だ、お前……?」
オレは手に持つ双剣を握りしめる。まだ完全には持ち慣れていないものだが、多少不安が払しょくされる。
「誰か……おかしなことを言う。先ほどまで一緒に食事をしていたではないか、『フルミナちゃん』?」
ソロナがおどけた様子で言った。それでもオレは、にらみを利かせる。
「ああ、確かにさっきまで一緒に食ってたさ。……だけど、今のお前はさっきまでのソロナとは違う! 誰だお前は、ソロナに何をした!」
しゃん、と銀色に輝く剣の切っ先をソロナに向ける。切っ先を向けられたソロナは、面白そうに口元をゆがめた。
「ほう。……仮に私が『なにかしていた』として、貴様はその剣でどうしようというのだ? 偽物だとのたまって、この体を切り刻んでみるのか?」
「そ、それは――」
オレがどもった途端、隙をつくようにソロナが動いた。左手の銃でオレを撃ってきた。とっさに放たれた魔法弾を切り落とす。
「てめぇっ」
姿勢を戻した時には、ソロナはさらに距離を置いていた。さすがに風属性の使い手だ。かなり速い。
「雷牙!?」
「お前は危ない、下がってろ!」
楓が二、三歩前に出てきたが、オレは横目で見て楓の動きを制する。
その時、二発の銃声が響いた。どちらもオレを狙ったものらしく、オレは楓から離れる方向に動いた。ばしばしと、魔法弾がオレの脇を通り過ぎ結界に当たる音が後から聞こえた。
「離れられると厄介だなっ」
オレはソロナから一定の距離を保って移動していたが、そうつぶやくと『光速』で一気にソロナへと肉薄した。
「っ、速いな!」
ソロナも一瞬驚いたようだったが、オレの右手の剣が振られたのを、体を反らして避けすぐさま距離を置こうとした。
「させるかっ」
ソロナの動きにオレも反応し、同じ軌跡を追随する。離れながら、ソロナは鬱陶しげに魔法弾を撃ってきたが、オレはすべて叩き落としていた。
「っ、どわぁぁ!?」
必死にオレはソロナの柔軟な動きに付いて行っていると、不意に今までよりも大きな魔法弾が飛んできた。思わずオレはそれも叩き落としてしまったのだが、その魔法弾は切り付けられた途端、暴風がオレを襲った。耐える間もなく、オレは吹き飛ばされてしまった。
「ははは。二度も同じ手に引っかかるとは、貴様も愚かだな」
「……う、るせぇ!」
ごろごろと地面を転がってしまったが、今回は木にぶつかるなどということはなく、かなり軽傷で済んだ。だが、再び距離を開けられてしまった。
また魔法弾の応酬が飛んでくる!
そう危惧したオレだったが、
「ヘキサランス!」
その時楓が呪文名を高らかに叫んだ。その瞬間、楓の目の前の空間に六つの光の槍が生まれ、その槍が一気にソロナへと猛烈な勢いで飛んで行った。光魔法は全体的に高威力だ。魔法弾だけでは対応できないと張ったのか、ソロナは苦い顔をしてその場を離れた。
「雷牙、早く!」
「……っ、おっけ了解!!」
オレは楓が作ってくれた隙を使って、再度ソロナに近寄る。
ともかくこいつとは距離を取ってはいけない。何が何でもオレの距離に持ち込んでやる!
オレの動きが紫の軌跡となる――
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