ソロナ・フライハイト 3
不意横から声をかけられ、ほら来た、とオレは一瞬顔をしかめた。が、すぐに戻して声のした方を振り返った。
「こうやって会話するのは、久しぶりだよね」
振り返った先には茶髪翠目の少女がいた。こんな珍しい風貌の知り合いは一人しかいない。
「そうですね。お久しぶりです、ソロナ」
オレはソロナに向かって軽く笑顔を見せる。そうすると、向こうも笑顔を見せた。
声をかけられるのは知っているやつからとは限らない。むしろまったく知らない上級生や他クラスのやつからの声掛けの方が、相対的に多い。そんな中一応知っているやつから声をかけられたから、ちょっとした安堵だ。
「……? なんか体調悪そう?」
見るとソロナは少し顔色が悪かった。そこを指摘すると、「あー……」とソロナが首をひそめた。
「……分かっちゃう? 実は今日ちょっと気分悪くてさ。一応大丈夫なんだけどね。……そういうフルミナちゃんも、疲れてない?」
「……うん。疲れてる……。分かるの?」
「分かるよ。だってすごく眠そうというか、漫画とかでよくある、頭上に縦線が書かれているような感じだから。私日本の漫画よく読んでたから知ってるんだ」
あはは、とソロナが笑う。てか、そんなふうに見えてるのか、今のオレは……。
「……ところでさ。いつも一緒にいる女の子と氷室君は?」
横を通り過ぎていく生徒たちから、自分がどう映っているのか急に気になりだしたオレは、軽く頭を振って小さく深呼吸した。その後、ソロナの質問に答える。
「二人は今日は一緒じゃないです。どっちも用事があって。……ん? 『氷室君』て、そっちは知ってるの?」
楓の方は『一緒にいる女の子』という表現をしたのに、勠也だけは『氷室君』という言い方をしたソロナに、オレは首をかしげた。問いかけてみると……。
「ん? 一応知ってるよ。会話したことはないけど、友達がみんなカッコいいって騒いでるから、色々教えられてるんだ。確かに格好いいよね、氷室君」
「んああ……まあ、ね」
……さすがだな勠也。扱いはまるで俳優だな……。同じ男(ここ強調!)として羨ましいというか、憎らしいというか……。皮肉屋で自信家なところがあるけど、そこがまたいいんだろうなぁ。顔がいいから許される、てか? いやまあ、あいつすごく器でかいし、間違いなくいいやつだし、オレも何気に尊敬出来……というかオレ何こんなに美化してるんだろういやいやオレはただ友人としてあいつをそう評価しているだけであって別にそんな気はこれっぽっちもないってーの! ふんっ。
「じゃあさ、一緒にお昼食べる人いない、とかは? よかったら一緒にお昼食べない?」
そう言うと、ソロナは自分の教室の方を指さした。ソロナの言うとおり、一緒に食べるやつがいないところだったので、喜んでその申し出を受けようとしたオレだったが。
『……あいつ、におうな』
『なんて言うべきか悩むが……。強いて言うなら、不自然に自然というか……』
『ま、頭の片隅にでも置いておいてくれ。無視するには、個人的に怪しいと感じるからな』
不意に今朝の勠也の発言が頭をよぎった。
……怪しい? ソロナが?
「どう、かな?」
ソロナは軽く横に上体をずらして覗き込むようにオレを見てきた。無理強いはしないようだが、期待する眼だ。それを見ても、どこも違和感は感じられない。普通の行動だと思う。今までの会話を振り返ってみても、怪しさのかけらもない。じゃあ、勠也は彼女のどこに違和感を感じたのだろうか。不自然に自然……だめだ、やっぱりよく分からない。
さて、どうするべきか……。
勠也は勘が鋭い男だ。オレの考えてる事とか、黙っていることとかをすぐ勘付く。あのよく分からない代表のような黒塚の奇策ですら、時折気づいて嫌な顔をするのだ。
その勠也が怪しいと感じた。いくら無理な戦闘の後のせいで疲れている状態であったとしても、『気のせい』で済ますのは多少抵抗がある。
ただ、本当に疲れていただけなのかもしれない、ということもある。人間疲労がたまれば感覚が鈍るのは当たり前だ。それに、昨日のような大きな戦闘は久しぶりだと、勠也本人が言っていた。久しぶりの戦闘の後で気が立っているのかもしれない。今朝のことだって、それならば気にしすぎということで片づけることができる。
…………。
「……フルミナちゃん?」
急に黙り込んだオレに気後れしたのか、おずおずとソロナがオレの名前を呼んできた。
「い、嫌なら断ってくれてもいいんだよ?」
重くなりつつあった二人の間の空気を軽くしようと、ソロナが努めて明るい声でそう言ってきた。
それにオレは、ようやっと答えを出した。
「……いや、一緒に食べましょう。あー、えっと……よく考えたら、こっから先の授業は宿題がなかったから、ゆっくりできるんです」
「ああー。それで難しい顔してたんだね」
「そ、そそそうなんです」
「だめじゃない。宿題はちゃんと家でしてこないと!」
「あはは……」
なんとかさっきの間を誤魔化すことができたようだ。
とにかく、実際接してみて確認してみないと何とも言えない。ちゃんと疑惑は払しょくしていた方が、気が楽だ。万一勠也の勘が正しかったとしたら、今の疲労たっぷりのオレじゃ、対処はきついかもしれない。けど、なんとなくソロナは大丈夫なような気がする。これはオレの勘だ。
それにたかだか昼食一緒に食べるだけだしな。
「じゃ、こっち来て」と前に歩きだすソロナに、小さく息を吐いてオレはついて行った。
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