ソロナ・フライハイト 2
「……ん」
不意に勠也が全開に開けられた窓の窓枠に手をかけ、外の一点を見つめ始めた。
「……なんかあったのか?」
オレは、腕に顔をうずめながらも横目で勠也の様子を眺めていたので、勠也の変化に気付いた。何気なしに問いかける。
「……あいつ、におうな」
「?」
聞いたところで、勠也からはそんなつぶやきしか聞けなかった。あまり乗り気じゃなかったが、勠也の表情が引き締まっていたので、どっこらせとイスから体を離し重い足取りで勠也の隣に並ぶ。
「なにがにおうって?」
オレは同じく窓枠に手をかけて、一度窓の外を見回してみる。かっと強い太陽の光が体に降り注ぎはじめ、思わずオレは顔をしかめてしまった。
室内でも暑かったのに、日差しのもとはそれ以上だな……。
軽く目を細める。ぞろぞろと生徒たちが校舎に入っていく様子が見て取れた。彼らは暑そうにタオルで顔を拭ったり、袖で汗をぬぐったりしていて、なかにはうちわを持参して扇いでいるやつもいた。うだるような暑さの中、みんな顔をしかめているが、別に最近よく見かける光景だ。どこもにおうなんてことはない。……汗のにおいならしそうだけどな。
「あいつだよ。あの茶髪で外国人の女生徒」
そう言って勠也がとある一角を指さす。オレは目で勠也の示す先を追った。そうすると、数人の女子生徒の集団の中に、確かに勠也の言う茶髪で外国人の女生徒を見つけることができた。
オレは「ああ」と声を上げた。その女生徒の名前をオレは知っていた。というか、会話もしたことがある。
「ソロナがどうしたって?」
オレが捉えた女子生徒は、学年内……いや、おそらく学校内でオレと並んで唯一『留学生』という括りにされる、先月この学校に入ってきた茶髪翠目の少女ソロナだった。
「知ってんのか?」
「ん、まあな。てか、お前も噂くらい聞いたことあるだろ。あの子が隣のクラス……下の階のな……に来た留学生だよ。名前はソロナ。ソロナ……フライハイト、だっけ? とにかくそいつ」
「ふぅん。あいつが、か……」
それを聞くと、なにやら勠也が考え込み始めた。
「……なんだよ?」
オレがそう言うと、ちらと勠也が見下ろしてきた。
「……そうか、お前はなにも感じないか」
「だから何がだよ……」
ジト目でオレは勠也を見上げる。まったく、いつも思うけど背高いなこいつ。……今現在オレが小さい、ということもあるんだけど。
そうすると、勠也は渋い顔をしながら視線を窓の外に戻す。
「なんて言うべきか悩むが……。強いて言うなら、不自然に自然というか……」
「……わけわかんないんだけどー」
ずるずるとオレはひざを折って窓枠に腕を置き、その上に顎を乗せた。窓枠は触れられないほどではないにしても、ちょっぴり熱を持っていた。その体勢になった後、若干後悔。そして体を下げた分、窓の外の視界が狭くなり、窓枠の陰にソロナを含んだ集団が隠れてしまった。
「……気にしすぎか? ……疲れてるな、俺も」
すうっと勠也が窓枠から手を離した。完全にソロナたちが校舎の中に入ってしまったらしい。
「ま、頭の片隅にでも置いておいてくれ。無視するには、個人的に怪しいと感じるからな」
そう言い残して、勠也はさっさと窓から離れ机に戻った。
「お前がそこまで言うなら、考えとくよ」
オレも窓枠から体を離した。同じく自分の机につく。朝のホームルームまで多少時間がある。オレはそれまで体を休めるべく、再びべったりと机に突っ伏した。
††††
「……どうしよう、この展開」
オレは先ほど買ってきたパンの入ったビニール袋を片手に持ちながら、廊下をとぼとぼと歩いていた。
基本的にオレの昼飯は、この購買のパンだ。昼時の購買は激戦区なため、手に入るパンはその日によってまちまちだ。今日はクリームパンと三角トースト、あと牛乳。もう一品くらい欲しかった気もするが、この体にはそれでも十分であることを、オレもそろそろ自覚し始めていた。
「どうしたものか……」
そして今オレが悩んでいるのは、パンのことではない。
「一緒に食うやつがいない……」
そう、今日は一人で昼食を済ませなければならなかったのだ。
いつも、オレは楓と勠也の三人で一緒に食べている。時々勠也が黒塚に呼ばれるときがあるのだが、そんな時は愛梨や小夜も加わってくる。勠也がいる時は、大方魔法とかそう言う話で盛り上が(といっても、怪しまれないように表面上ゲームの話っぽく見せてる)り、愛梨や小夜がいる時は、とりとめのないいろいろな話で盛り上がる。
大体はそう言う感じで過ごしてきたのだが、今日は勠也が黒塚のところに行き、楓があまりに体調が悪そうな様子だったので、現在保健室で休んでいて、とどめに愛梨や小夜たちは部活の招集を受けていた。
つまり、いつもの面子が誰もいないのである。
「……教室で一人で食うか」
オレはこんな珍しい格好をしているので、様々な奴から声をかけられる。いつもは楓なり勠也なり、誰か隣にいるからそうでもないのだが、今は一人。大いに声をかけられる可能性がある。オレはあんまりそう言うのが好きではない。どちらにせよ教室しか選択肢はないのだ。思わずため息が出てしまう。
「あ、フルミナちゃん」
不意に廊下を歩いていると、横から声をかけられた。
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