飛び道具の申し子 4
「……とりあえず『扉』を使おうと思ってるんだ」
しばらく悶えていた黒塚を、見苦しいとばかりに水穂がハリセンでぶっ叩き、勠也が問いただすと、正座して叱られた子供のようなしゅんとした様子で黒塚が口を開いた。
「……また大きく出たな」
『扉』という表現に、水穂が少し驚いた表情をし、勠也が呆れ気味にそうつぶやいた。言葉の意図がつかめないオレは、同じく理解できない様子の楓と目を合わせ、仲良く首をかしげた。
「とびら……ってなんですか?」
オレの代わりに楓が黒塚に聞いた。すると黒塚は、さっさとしゅんとした様子を捨てて、「ああ」といつも通りの口調で言った。
「実は、この近くに異界につながっている門があってね。なんでそんなものがあるかは、いろいろと事情があって秘密だけど。とにかく、僕の言っている『扉』っていうのは、その異界につながってる門のことなんだ」
「……んなものまであるのかよ」
思わずそんな言葉が漏れた。地下空間……そしてあろうことか近くには異界につながる門――『扉』まであるときたもんだ。その存在を、また一般の大多数の生徒・先生が知らないなんて、ずいぶんと滑稽な話だ。
「で、その『扉』を使うってのはどういうことだ?」
ようやく解放されたオレは、よっこらせと体を起こして立ち上がった。少し体をひねってみる。体中に走っていた痛みはなく、傷もさっぱり見当たらなくなっていた。治癒魔法さまさまだ。
「『扉』は様々な世界につながってる……らしいんだ。僕も全部見たわけじゃないから、その全体像はさっぱりわからないんだけどね。で、今回はその世界の一つに『扉』をつなげようと思うんだ」
黒塚はそう言って、正座を崩し立ち上がった。そのままちらと勠也と水穂に目配せする。返ってきたのは、ふぅという水穂のため息と「勝手にしろ」という勠也の言葉だった。
「さて。で、その世界の一つというのが――」
最後に黒塚は、オレに不敵な笑みを見せて言った。
「僕たちの言葉でいう……『魔界』さ」
『魔界……』
オレと楓はそのいかにも不吉なネーミングに顔をしかめた。
「……そんな危なげな場所につなげて、何をしようって言うんだよ?」
「……この戦い、なんで僕が君ひとりに任せようって思い立ったか、分かる?」
若干身を引きつつ黒塚の意図を探ろうとしたオレに、黒塚はふむ、と顎に手を当てて逆に聞き返してきた。オレはそういう言葉が返ってくるとは予想外で鼻白んだが、すぐに頭に浮かんだ理由を言った。
「それは……オレが素早いあいつに追いつけて、その上属性の数の面でも勝てるから、だろ?」
「うん、その通りだね。でも、君は言ったよね。『オレじゃ勝ち目はない』って。なんで?」
そうすると黒塚はさらに質問を重ねてきた。オレは意図の読めない黒塚の話展開に軽い苛立ちを覚える。
「なんでって……そりゃ、オレがまともに各属性を扱えてないし、まともに戦い方だってまだ……」
「そう。……つまりは、そこが課題なわけだ」
そう言って黒塚は顎に当てていた手を離し、その手でオレを指さしてきた。
「フルミナ君が勝てないと思う理由。それはまだ多くの属性が使えないということ、そして戦闘経験が圧倒的に少ない。これらだね?」
「お、おお……」
確認を取るように聞き返してきた黒塚に、思わずオレは頷く。すると黒塚は嬉しそうに口元をゆがませた。
「なんとかしてその課題を克服したい……。そこで登場するのが『魔界』さ!」
ばっと軽く黒塚は両腕を広げた。
……いや、そんなうれしそうに言われてもな。
「……つまりは『魔界』から意図的に魔物を呼び寄せて、無理矢理実戦を積ませようって話だ」
オレの頭(おそらく楓もだろうが)にこびりついた疑問符を嬉々として取り払おうと口を開きかけた黒塚だったが、それよりも先に勠也の説明が入った。
「おそらく各属性を象徴するようなやつを呼び寄せて、火属性のようにイメージを刷り込ませようって魂胆もあるんだろ」
「なるほど。それで『魔界』ね。それ聞くと一応納得だわ」
「でも、呼び寄せるなんて……そんなことが出来るの?」
「ああ。そのあたりは鎌任せなんだがな。な、鎌?」
「…………」
「……途中から話を奪っていったのは謝ってやるよ。だからそんな悲しそうな顔すんなって。似合わねえから」
話を振り戻されたときには、ほとんど黒塚の言いたかったことは終わっていたのか、黒塚は今にも泣きだしそうな目をしながら恨めしそうに勠也をにらんでいた。
「……何気に厳しいよね勠也も」
「お前が勿体ぶるのが悪い。時間がないんだろ?」
「まあ、そうなんだけど……」
黒塚は何か言いたそうに口を開きかけたが、やがて大きなため息をついた。
「……ま、いいかぁ。……僕が言いたかったことは、勠也が言ってくれた通りのことだよ。フルミナ君に戦闘経験をさせるのと、火属性の時のようにより鮮明な属性のイメージというものを持ってもらうために、今回『扉』を使って『魔界』の魔物を呼び寄せる。どんな魔物を呼び寄せられるかは、難しいところだけど、少なくともハイクラスの魔物は呼び寄せるつもりはないよ。はっきり言ってそのあたりになると、僕らが束になってかかっても敵わないからね。今すぐにでも行くつもりだけど、メンバーは……」
そこで言葉を区切って、黒塚は楓の方を見た。
「僕と瑞希君、勠也、あとメインであるフルミナ君は参加予定だけど、日向君はどうする?」
楓に話が振られると、オレは傍に立っている楓の顔を見上げた。すると全く同じタイミングで、楓もオレの方を見下ろしてきた。オレは目線で『なんか危なそうだからお前はやめとけ』と送ったつもりだったが、
「……私も行きます」
オレの思い届かず、楓ははっきりとそう言った。
「はっきり言うと、しんどいし、危ないよ?」
黒塚も『危ないから、あんまり来ない方がいいと思うけど……』と暗に示唆しているんだろうが、
「みんなそれは同じですよね。雷牙が行くんだったら、私も行きます」
やっぱり楓の意志は変わらなかった。
「…………」
と、黒塚がオレのほうに『来い来い』と手を振ってきた。何事かと近づくと、耳、耳と自らの耳を指さした。なにかささやきたいようだ。
「……何だよ?」
思わずオレも小声になって、腰を下げてきた黒塚に問いかける。そうすると、黒塚もオレにしか聞こえないような声でささやいた。
「……やっぱりさ、楓君もああなったら意志を変えないタイプ?」
ささやきはそのようなものだった。オレは少し考えかけたが、すぐに幼馴染との過去のことが思い出され、思わず苦笑いして頷く。
「……ああ、そうだな。ああなったら頑固なのは確かだな……。……ん? 楓君『も』?」
「いや、気にしないで。……愛されてるなぁ、フルミナ君?」
「は、はぁ!?」
ウインクがてらそんなことを言ってきた黒塚。思わず大きな声を出してしまったが、その時には黒塚は立ち上がり、やつの耳は遠ざかっていた。……ちっ。
「んー? どうしたのフルミナ君、顔が赤いよ?」
実に白々しい様子で黒塚が言ってきた。
「……ムカつくっ」
ぐぐぐ、とオレは歯を食いしばる。そして拳を固めると、背後からはぁ、とため息が聞こえた。
「……そういうところを含めて自業自得だって言ってるんだよ……」
声の主は勠也だ。その勠也は呆れ気味にそうつぶやくと、オレの頭の上に手を置いた。
「……とりあえず、ここにいるやつら全員で行くって言うんだろ。だったら早く行こうぜ。時間はそんなにないだろ?」
「……とりあえず、手をどけような」
オレは頭を動かして勠也の手を除ける。一応勠也にも反抗の意を示したオレに、黒塚はほんのりうれしそうだったが、無視。
「そうだね、次いつ彼女が攻めてくるか分からない以上、最低限の範囲は今日中にやっておきたいしね。さっさと行こうか」
そういって鞄を持ち出す黒塚。どうやらここにはもう戻らないようだ。『扉』があるといところで、事が済んだら現地解散ということだろう。
「ああ、言っておくけど」
と、その場にいた全員が鞄を持ち、オレは制服に着替えていざ生徒会室を後にしようという場面で、黒塚がドアに手をかけたまま、まだ中にいるメンバーのほうに振り返った。正確には、並んでい合っているオレと楓の方か。
「これを理由にして、明日学校休んじゃだめだよ?」
そうしてやけに挑戦的な笑みを浮かべて言った。首をかしげたオレと楓だったが、言って満足したのか黒塚は一足先に部屋を出る。
「ま、俺は明日来れたら褒めてやるよ」
そう言うのは、オレと楓の少し後ろにいる勠也。
「……? どういうことだよ?」
黒塚の発言といい先ほどの勠也の発言といい、さっぱりなにが言いたいのか分からないオレは、背中越しに勠也に尋ねたが、
「……明日になってみれば分かるさ」
返ってきたのはそんな言葉と、皮肉気な笑みだった。
更新遅くなって申し訳ないです。
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