謎の風魔法使い 5
「……なんかさ、お前がモテる理由が分かった気がするわ……」
ざざぁ……と木々が風に揺られる音と、ざっざと土を踏み鳴らす音を耳に感じながら、オレはぽつんとつぶやいた。
「ん? なんだ惚れたか?」
それに勠也は皮肉げに笑った。オレはハンッと鼻を鳴らす。
「バカ言えっ。……うーん、何て言うのかな。付かず離れずで、さっきオレにやったみたいに励ましたりしてさ。包容力、て言うのかな? 頼れる男みたいな? ……それに、だ」
オレはちらと体のすぐ脇を見る。やけに視線が高い。自身で歩いているわけでもないのに、下に見える土の地面と、その横の落葉やら雑草やらが伸び放題の道――整備されているのかは知らないが、そういう体裁を保っているから一応そう言う――と林との境界が後ろに流れている。そして、脇とふとともあたりで支えられている感じ……。
オレは視線を上に移動させる。
「……普通こんな簡単にお姫様抱っこなんて発想しねえだろ。どこの少女漫画のヒーローだ、てめえ」
視線の先には、精悍で整った勠也の顔があった。その顔には、あふれる自信が見て取れる。実に『勠也らしい』感じだ。
その勠也にオレは今、所謂お姫様抱っこをされていた。
「お前が体を木にしこたまぶつけてまともに力が入らないって言うから、こうして運んでやってるんじゃないか」
さも当然のように勠也は言った。オレは「だからぁ……っ」と少し口調を強める。
「それなら別に背負ってもよかったろうが! なんでこれなんだよ?」
「この方が衝撃少ないだろ?」
「まあ、そうだけど……」
確かに、今のお姫様抱っこの状態は、勠也が調整してくれているのか揺れがほとんどない。
「動けないってことは、よほど強く打ちつけられたんだろ? 内臓痛めてるかも知れねえんだから、大人しくしとけって」
「……くそ、超リア充野郎め……っ」
「お前も大概だと思うが……まあ、褒め言葉として受け取ってやるよ」
そうこうしているうちに、木々たちの間隔が広くなって少しずつ視界が広くなる。出口が近い証拠だ。本当は、勠也も来たし追いかけて一体誰だったのか確認したかったのだが、オレの負傷が大きいこともあり断念して今に至る。
「……しかし、まさか魔法使いがオレらのほかにまだ近くにいたとはな。驚きだわ」
出口が近かったが、人気がなかったのでオレは腕を組みつつ、なんとなくつぶやく。すると勠也が軽く首をひそめた。
「魔法使いの才能を持ってる奴なんて、探せば意外といるもんさ。現に、突然そういう力に目覚めて暴走したやつをなんとかする……っていうこともあるんだぜ?」
「そ、そうなのか?」
思わぬ事実にオレは勠也を見上げる。それに応えるように、勠也は小さく頷いた。
「……だが――」
ふと勠也顔を上げ、表情を引き締めた。
「あれほどの魔力の持ち主を、鎌のやつが放っておく筈がねえ。その上あいつは魔法に『慣れて』いやがった。少なくともここ数日で使えるようになったとは思えない。……鎌のやつ、そんなのを野ざらしにして、一体何を企んでやがる……」
「……」
オレは勠也の言葉に、なにか引っ掛かりを感じていた。
……一体オレは何が気になってるんだ? さっきの勠也の言葉に――
『鎌のやつ、なにか隠してるぜ』
「あっ――」
思いだした!
「ん? どうした?」
さっと勠也がオレに視線を下ろす。オレはその視線を真っ向から受ける。
「そういえばさ、前に駅前で募金活動したじゃん? あの前に、お前黒塚が何か隠してるって言っただろ。あれって……」
オレがそう言うと、勠也は何か考え込み始めた。
「……その時からあの魔法使いに気付いてたってわけか。……あながち間違いではないかもな」
「ま、なんにせよだ」と勠也は破顔して嘆息交じりに言った。
「あのピエロを吊し上げて、事情を吐かせるしかないな」
「……そうだな」
オレらはそろって意地悪そうに口元に笑みを浮かべた。
「おお、そうだ」
不意に勠也がなにか思いだしたのか、面白そうにオレを見てきた。
「なに?」
きょとんとした表情で、オレはその視線を浴びる。
「一応フォローはするが、適当に自分で見繕えよ」
「は? 何を言って――」
「おーーーーーい!!」
オレの声を遮る大音量が、林を抜けかけたオレたちの先から投げかけられた。オレはその聞いたことのある声に(二重に)ビビりながら、声のした方を向いた。
大声を出したのは一人だったが、そこには三人の姿があった。
「……愛梨、いきなり近くで大声出さないでよ」
「違うて。ほら氷室が帰ってきたから」
「えー、よく見えないわよ」
「いや、愛梨の言うとおり。氷室君が帰ってきたわ」
「あんたたち結構目がいいのね。で、肝心のミナちゃんはどうなの?」
「えーとね――」
「……? なんで固まったの愛梨――」
「え、え? 麗菜まで!? 一体何よ――」
と、時間差で三人は固まる。だが、向いている方向はみんな一緒だ。
三人は林の奥……今現在出口に差し掛かろうとしている勠也に目がいっている。
いや、もっと正確に言うならば……。
その勠也にお姫様抱っこされているオレを凝視していた。
「あ――」
今ようやっと、先ほど勠也の言っていた言葉を理解した。
……要は、何故お姫様抱っこされることになったのか、この三人にうまく言い訳をしろ、というわけだ。
「ちょっとふーちゃん! なにやってんの?」
「うわー! お姫様抱っこ!! あの氷室君に!? え、え? なにがあったの?」
「た、確かにそれも気になるけど……ルミちゃん傷だらけじゃない!? 一体どうしたのよ?」
どっと三人が勠也――に抱えられているオレに迫る。
「え! や、その。こ、これはっ……」
とっさにいい理由が思いつかない。魔法とは無縁の世界にいる彼女らには、正直に魔法使いにやられかけてたところを勠也に助けられた、とも言えない。もちろん言えない。じゃ、他にどんな言い訳がある? 転んだところを勠也に助けられた? いや、それじゃこの傷の多さとかお姫様抱っこの理由にはちょっと弱い。あ、足をひねったから抱えてもらったことにすれば……。
「あ……。えっと――」
「一体何があったの氷室?」
オレが案をまとめて、口に出そうとした時には、話の矛先は勠也に変わっていた。
くそっ、少し遅かったか! まあいい。ここは勠也に任せるしかあるまい。……頼むぞ勠也!
オレはそう言う感じの視線を勠也に送った。すると勠也はオレの視線に気が付いたのか、ちらとオレを見下ろしてきた。そしてオレの眼差しに含まれるものを読み取ったのか、小さく首をひそめて群がる三人に言った。
「何のことはない。こいつが林の中ですっころんで動けなくなったところに、たまたま出くわしてな。歩けないから保健室に連れて行ってくれって、泣いて『これ』をせがまれたんだ」
『な――』
三人は驚愕を隠しきれない様子でオレを見てきた。だが、勠也の言葉に驚愕したのはオレも一緒だった。
「ちょっ、待てコラ! んなこと一言も言ってねえだろうが!!」
よりにもよって『せがんだ』だとっ。ふざけんな!
「……なかなかやるわねふーちゃん!」
「なるほど、私たちはお邪魔でしたかねぇ?」
「……かも?」
「あ、いや違――」
「じゃ、私たちは先に帰っとくわー」
「そこまでするなんて、ミナちゃんは結構アグレッシブだったのね」
「容体はまた後で聞きに行くわね」
そう言い残すと、三人は温かい眼差しを残した後、そそくさと走り去っていった。
恐らく、大きな誤解を抱えたまま……。
「よかったな、話の分かる奴らで」
にやにやと、勠也は実に面白そうな笑みを浮かべていった。
「……貴様、後で殺す」
それにオレは殺意のこもった視線を投げかけた。だが、勠也はそれもいつもの自信ありげな表情でそっくり受ける。
「ああ、いつでも相手してやるよ。……だが、今はこの空いた時間でさっさと瑞希に治療してもらいに行くぞ。そのためにあいつらには消えてもらったんだからな。ああでも言わないと、あいつらはついて来るだろ?」
「ぐっ……。そ、そうかも……しれないけどさ」
そう言われると、反論できない。確かにあいつらは、ああでも言わないとついて来るだろう。なんだかんだ言って、三人ともお人よしだ。
「……だからって、もっと言いようがあっただろうが! 誰がこんなんせがむかよっ」
「の割には、抵抗しなかっただろ?」
「しただろ、『背負ってもいいだろうが』って!」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「てめぇ……」
そっけなく答えた勠也に、オレはぐぐぐと唇をかむ。だが、体中がしこたま痛んで、実力行使は出来ない。こうしてなす術なく抱えられるしか道がないことが、余計に腹が立つ。
「ま、んなことはどうでもいいんだよ」
「あん?」
そう言う勠也に、オレは不審げに眉をひそめたが、さっきとうって変わって勠也は真面目な顔をしていて、思わずオレは言葉を飲み込んだ。
その勠也は、
「雷牙、お前は治療されながらでもいい。ある意味いい揺さ振りになる。……さっさと鎌のやつを吊し上げに行くぞ」
真面目な表情だが、口元には不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
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