訓練――なにも考えずがむしゃらにっ 6
「『待っててくださいーっ!!』だって。可愛いねっ」
「……開口一番にそれかよ」
少し離れた壁際で、なにやら一人なにもせず寄り掛かっていた黒塚の元に行くと、先ほどまでの無表情からうって変わって、嬉々とした声がオレを迎えた。
「……んなことよりも、さっきの話聞いてたか?」
あまり紅汰を待たせるわけにもいかないし、なにより歯が立たないのが悔しくて、オレは黒塚の揶揄に怒りと羞恥に軽く頬を染めながらも、無視して本題を聞き出そうとした。
「ああ、その木刀であの炎を防ぐ方法かい? あるよ」
すると黒塚は、冗談を引っ張らず、割と簡単に真面目な返答をしてきた。
「夏目君がやっている『紅蓮槍』……まあ、あれと類似した使い方はいくらでもあるんだけど。それらの元となる技術なんだけどね。うまく魔力を武器に操作して、武器そのものをある程度強化するっていう技術があるのさ」
「そうなのか?」
「そうさ。まあ、今回の場合『魔力に対する抵抗力を付加する』と言った方がいいかもしれないね。普通にあの炎に斬りかかったら、木刀が燃えてしまう。けど木刀に、炎に対する魔法的施しを加えると、炎に斬りかかっても木刀が燃えなくなるのさ」
「へえ、魔法にはそんな使い方もあるのか」
黒塚の説明を聞き、オレは魔法の幅広さに改めて驚く。
オレの今まで考えていた『魔法』というものは、所謂ゲームなどでよく出てくる、派手なエフェクトで敵をなぎ倒すあれだ。しかし実際の『魔法』は――まず実際に存在していたこと自体が驚愕の真実であったのだが――そのような使い方だけではなく、身体能力を上げたり、武器の強化に用いられたりと、いたく幅が広い。何でも『魔法』で片づけられる、といっても過言ではないのかもしれない。
「どうやったらそんなことが出来るんだ?」
オレがそう聞き返すと、黒塚は自分の顎に軽く指を這わせた。
「んー。僕は前衛で戦わないから、あまり使ったことはないから詳しくは言えないけど。基本は身体能力を上げる時と魔力の使い方は同じ、あとは……イメージかな?」
「イメージ……」
「そ、イメージ。実はね、魔法ってイメージによるところが大きいんだ。経験ない?」
言われてオレは少し考える。
……確かに、言いたいことは何となく分かる気がする。オレも『光速』を使うとき、『魔力を注いで速くなる』というより、『速く動きたいから魔力を注ぐ』といった感触の方が強い。
『こうありたい』というイメージを『魔力』を使って具現化したものが『魔法』。……黒塚の言いたいことは、こういうことなんだろうか。
「……なにか掴んでくれたみたいだね?」
「……なの、かな?」
オレはそうつぶやきつつ、うつむいて両手の剣に目を向ける。
そして、イメージする。
……炎に挑んでも、燃えることのない……。
「……あっ」
不意にオレは『魔力的』手応えを感じた。見ると木刀の表面が、わずかに光っている。まるで表面に何かコーティングされているかのようだ。
「さすがフルミナ君。ものにするのが早いね」
軽く拍手をしながら、黒塚がにこやかに言った。オレはゆっくりと顔を上げる。
「……これが、そうなのか?」
「うん、そうさ。その状態なら、夏目君の本気度にもよるけど、炎の中でも耐えてくれるはずだよ」
「そう、か……」
オレは魔力的手応えを感じる木刀を改めて眺める。薄く光る木刀を眺めていると、自然と、顔がほころんできた。身体能力を上げる術を覚えたり、『光速』を使えるようになったときよりも、ずっとクリアな感じだ。
……イメージを具現化したのが魔法……か。
「……どうだい? いけそうかい?」
黒塚がオレの顔をうかがうように首を傾ける。その問いにオレは――
「……いけるっ」
顔を上げ、自信に満ちた表情で答えた。それに黒塚は「それはよかった」とにこやかに答えた。
「…………あー……それで、だ。……会長」
オレは紅汰の元に行こうと体を反転させようとしたところ、その半分――九〇度回転したところで立ち止まった。視線を下げ、目を泳がせる。
「? なんだい?」
「え、いや……その」
……癪に障るが、言わないわけにもいかない、よな。
オレは言いにくそうに、横目で黒塚に視線を送る。
「……一応、礼を言っとく。……ありがとな」
しぶしぶといった感じで口をとがらせながらも、オレはしっかりとそう言った。
「……」
すると、黒塚の動きが止まった。……いや、かすかに震えている感じか? とにかく、黒塚からの反応がなくなった。
「……かい、ちょう?」
オレは恐る恐る黒塚に声をかける。すると会長はゆっくりと壁のほうに体を向ける。
そして――
「うおおおぉぉぉぉきたああぁぁぁぁぁぁああ!!」
「うわっ」
両手でガッツポーズをとりつつ、吠えた。突然の奇行に、オレは黒塚に向き直り慌てる。
「ちょ、な、なに!?」
「ついに……ついっに!」
オレがあわあわしていると、黒塚が血涙でも流さん勢いで叫んだ。
「ついにフルミナ君がデレてくれたーー!!」
「だあぁあっ、だからこいつには礼を言いたくなかったんだぁー!!」
オレは木刀を振り回しながら怒鳴った。木刀を持っていなかったら、頭を抱えていたことだろう。
「っ、とにかく! 行ってくるっ」
黒塚の叫びに、遠くで皆がオレたちのほうに視線を寄越していた。その視線には、『またか』的な要素がふんだんに盛り込まれているようだった。紅汰なんかはあきれつつも、早くしろよと言いたげな視線をオレに投げかけていた。オレはそれに気付き、さっさと方向転換する。
「フルミナ君」
すると、さっきまでの馬鹿叫びが嘘のように落ち着いた口調で、黒塚が呼び止めてきた。オレは思わず立ち止まって肩越しに黒塚を振り返る。
「出来れば今日のこの訓練で、もう一皮むけることを期待しているよ」
「……一皮、むける?」
黒塚の言っていることがよく分からない。
……一体あいつは何を言いたいんだ? 今日のこの訓練でもう一皮むける? ……だめだ、分からん。火を使えるようになれってことか……?
明確な答えは出ない。だが、黒塚に聞き返すような気分でも状況でもない。オレは釈然としない気持ちを抱えながら、黒塚から視線を外し、止めていた足を動かして紅汰の元へと急いだ。
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