訓練――なにも考えずがむしゃらにっ 5
とにかく、いちいち話の腰を折っていたら進まない。オレは出来るだけ黒塚の悪ふざけに反応しないように努めた。
そのせいではないだろうが、次の属性の関係については割とスムーズに進んだ。オレが理解した限りのものを、かいつまんで説明しよう。
まず各属性は、火と水、地と風、光と闇。この三つのグループに分けられる。これらは互いに相反属性と呼ばれるペアだ。ゲーム的に言うと弱点属性。攻撃を受けてしまうと、それ以外の属性以上に大きな傷を負ってしまう。だから相反属性と戦う場合は、よほどこちらに有利な状況でないと、危険らしい。基本は相反属性との戦闘は避けたほうがいいとのこと。
ちなみに派生属性は、基本は同じだが、少し違う部分もあるという。
例えばオレの雷。雷は、風の派生属性だ。故に地属性のやつとの戦闘は極力避けるべきなのだが、地属性の派生属性である木属性とは、相反関係ではない。つまり普通に戦えるというのだ。……地味にややこしいと思うんだよなこれが。
とまあ、大まかに言えばそういう話であった。徐々に慣れていってほしいとのこと。
「さて、座学はこれくらいにして、ちゃっちゃと実戦練習をしようか」
ぱちん、と伸縮可能なさし棒を短くして、黒塚はオレのほうを見てきた。
「基本的にフルミナ君は、今のところ前衛よりだから、次に覚えてもらう属性は火にしようと思ってるんだ」
「……火、か」
オレがぼそっとつぶやくと、黒塚は頷いた。
「そう。で、やっぱり一番特性の高い人に教えてもらうのがベストだと思うから、今日から夏目君をコーチとして頑張ってね」
「え!? オイラが教えんの!?」
「そう言ってるじゃないかー」
「頼むよ、夏目君?」と黒塚はぽんぽんと紅汰の肩を叩いた。紅汰はいかにも困ったという顔をオレに向けてきたが、そう言う顔を向けられても、オレも困る一方だった。
「じゃ、他の人はいつも通り魔法の訓練でもしてようか」
オレと紅汰から離れながらの黒塚のその声に、みなばらばらとついていく。楓なんかは、オレのほうを気遣わしげに見つめてきたが、黒塚の話が始まるとさっとオレから目を離した。
生徒会メンバーから、オレと紅汰二人がはみ出た形になる。
「……えーと。……どうすんの?」
「いや、オレに言われましても……」
オレと紅汰はそろって頬をかきながら、ちらと視線を合わせる。
「…………んー、まあ。とりま、実戦あるのみじゃね? 習うより慣れろってやつ」
しばらく考え込んだ後、紅汰はそう言って小さく右手を振った。
すると、紅汰の手が赤く光ったかと思った瞬間、紅汰の手の内に鮮やかな紅色を基色とした、細身の装飾槍が現れた。これは紅汰曰く『潜器』という魔法をアレンジした特殊技能らしい。
武器をそれを構成する魔力因子に分解して、普段は自分の体の中に取り込んでおく、と言うもの。要は、出したいときにいつでも武器が出せる、便利な術ということだ。
紅汰は昔『師匠』教えてもらったと話しているが、詳しい話は聞いていない。今では、生徒会役員全員が、この『潜器』を覚えている……いや、オレはまだだったな。だってまだオレ木刀だし。木刀くらいなら普通に持ち運びしても、他の役員の武器と比べたら悪目立ちすることはない。そんなに持ち運びもしないけど。『潜器』を使うのは、いづれ黒塚がくれるという、オレ専用の双剣が手元に来てからと、オレ自身勝手に決めているからでもある。
「……それは、実際に受けてみてモノにしろ……てこと?」
「そういうこった」
オレがいぶかしげに尋ねると、紅汰はそう返してきた。
……いや、それ結構ハードな気が……
「ほら、手加減はしてやるから。木刀持ってきて構えな」
ぶんぶんと槍を頭上でいくらか回した後、紅汰は右肩にその槍を置き、槍を持っていない左手をズボンのポケットに突っ込んだ。
……まあ、この人に詳しい説明を求めても無駄か。(オレ同様)成績悪いらしいし。
オレは小さくため息をつきながら、近くの壁に立て掛けている二振りの木刀の元へ、小走りで移動した。その木刀を手に取ってみると、勠也と何度も稽古したせいでずいぶんと傷んできていることがよく分かった。
これだけやってるのに、なんで一度も勠也に勝てない……以前に一発も当てられないのか?
勠也曰く、練習量もあるが、それ以上にオレの戦い方が悪いとのこと。変に考えすぎだとか。よく分からないが……。
「おーい、はやくしろー」
まじまじと木刀を眺めていると、後ろから紅汰のせかす声が聞こえた。慌ててオレは先ほどの位置まで木刀片手……両手に、戻る。
「地味にお前と手合せするの、初めてだったなそういえば」
「……そう、ですね」
改めて考えるとそうなるな。基本的に手合せは勠也とやっていたし。
「ま、お前の速さには興味があったしな。これでもお前が来るまでは、オイラが一番速かったんだぜ?」
言いつつ、紅汰はすっと腰を下げやや前傾姿勢になる。そして肩に担いでいた槍を右手でしっかりと握り、左手は軽く槍に沿えるように構える。矛先はオレの足元のあたりに向けられる形になった。
オレも紅汰のその動きに、左足が軽く前に出でた半身で腰をため、前にある左の剣を横に構え、右手の剣は少し下げたところにあるのだが、左の剣に垂直に交わるような角度で構える。
「さぁて、そろそろ始めるか。……っ!」
オレが構えを取ったのを見届けたところで、紅汰から一気に魔力の波動がほとばしった。まるで炎のような荒々しい強さを持った波動だ。
「これがオイラ流の魔法の使い方だ!」
紅汰が吼えた。その瞬間、紅汰の持った槍がうねる炎に包まれた。
「なっ!?」
オレはリアルに伝わる炎の熱波に驚きとともに思わず顔をしかめる。その反応に、紅汰はにやっと口元をゆがませた。
「ふふん。師匠直伝『紅蓮槍』だ」
ぶんっ、と紅汰は横に大きく槍を振る。その槍を追うように紅蓮の軌跡が紅く続いた。
「……行くぜ!!」
再び吠え、紅汰は最初の一歩を踏み出し一気に加速した。
「え!? ちょっ、うわっ!?」
流石にこれまで一番速かったという話は伊達じゃなかった。紅汰のスピードは、身体能力の上げたオレが、辛うじて反応できるほどの速さだった。
慌ててオレは『光速』で横にそれる。直後、下方向から突き上げるようにのびてきた紅蓮の槍が、オレのすぐ横をかすめる。息苦しさを感じる空気が、一瞬オレの周りを包み込んだ。
「おいおい、避けるだけじゃわかんねぇだろ?」
「いや、そんな炎こんな木刀で防げるわけないだろ!」
たまらなくなって、大きく一歩その場から離れたオレは、不満げに言ってくる紅汰に、彼の槍を指さしながら抗議の声を上げた。
「んなことないらしいぜ? 会長が言ってたぞ。確か……」
「……たしか?」
「……」
「……」
「忘れた」
「ぅおいっ!!」
超大事なことを忘れんな! 下手すりゃオレの命がかかってんだぞ!? てか、自分も知らないことを、魔法使い始めて一か月のオレに求めるな!!
ははは、と苦笑いを浮かべ頭をかく紅汰に、オレは思わず地団駄を踏む。
「いいじゃん。今会長そこにいるから、改めて聞けばいいんだからよ」
「いいけど、よくないっ!」
「悪い悪い。ほれ、さっさと聞いて来いよ」
「…………待ってろ」
「……あのさー、いつも思うんだけど。お前オイラより後輩なんだから敬語を――」
「待っててくださいーっ!!」
舌打ちでもする勢いの荒々しさで、オレは紅汰に先回りして怒鳴った。そのあと紅汰に背を向け、黒塚のほうに向かって行った。
……後の紅汰の言い分。
『そんな可愛い顔で凄まれても、怖くねーし、むしろ微笑ましいだけだったぜ?』
……小さな女の子って、こんなにもストレス溜まるんだな……。
そう思ったオレでした、まる。
この派生属性も合わせた魔法の属性の関係は、意外と厄介ですね。自分で決めておいてなんですが。
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