訓練――なにも考えずがむしゃらにっ 3
翌日。
「……」
朝のホームルームまであと数分という、一年二組の教室。ごく少数が自分の机で本を読んだり、宿題かなにかをしているが、大概の生徒は席を立ち、友人たちと談笑していた。教室は笑いがあちこちで起こったりして、騒がしいが和やかな雰囲気だ。
「……」
そんな中、オレはぐったりと机に突っ伏していた。
「どうしたの、雷牙? 来る時からずっとどんよりしてるけど?」
と、楓が腰をかがめてオレの顔を覗き見ようとしてきた。だが、オレは顔を上げず突っ伏したまま「……ほっといてくれ」と元気なく答えた。
「なんだ、ずいぶんとじめじめしてるな」
すると楓の後ろから、オレの机の正面に移動してきた勠也が、楽しそうにオレを見下ろしてきた。
「……うるさい」
少し間をおいて、オレはもごもごと答える。それに勠也は、さらに口元を笑みでゆがませた。
「……そうか、お前まだ昨日のことを――」
「言うな! その話を出すんじゃないっ!!」
がばっと、オレは勢いよく顔を上げ勠也をにらんだ。すると、この反応は予想通りだったのか、勠也は小さく鼻を鳴らした。
「ま、そうだろうと思った」
「~~~っ」
酷く冷静に言う勠也に対し、オレは勠也の言った『昨日のこと』を思い出してしまい、顔を真っ赤にした。それを見られるのが嫌で、再びオレは机に突っ伏して、腕で顔を隠した。
『昨日のこと』とは、オレが生徒会の会議に遅れたために黒塚から受けた、黒塚曰く『おしおき』のことである。最終的には、水穂が暴走した黒塚を叩き伏せて事なきを得たが、オレはいろいろと精神に大きな痛手を負った。
え、何をされたかって?
いい、言わねえっ。絶っっっ対、言わねえ! 思い出したくもないもん!!
とまあ、そういう経緯があり、一日たった朝ではあるが、オレはひどくブルーだった。
「……ああ、もうお嫁に行けない……」
「ほお、お前はお嫁に行く気だったのか」
「…………っ!」
机の前にいるであろう勠也を、オレは無言で蹴り上げた。……が、それを見越していた勠也は、程よくオレの足の届かない位置まで下がっていたので、オレの足は見事に空を切った。
「残念だったな」
「!? ~~~っ!!」
オレはムキになって、ばたばたと足を動かした。顔を突っ伏したままだし、もともと足が床についていない状態だったので、ひどくバランスが悪かった。
ガコンッ
「ひぐっ!?」
むやみやたらに動かした両足のうち、右足が勢いよくオレ自身が突っ伏している机を蹴り上げた。どすっと下から突き上げる衝撃がオレの顎を直撃し、さらにはスリッパを履いていても守られていない足先が、硬い机の板との衝突に耐えられなかった。
「い、痛ひ……」
オレは両手で足先を抱え、頭は机の上に残して悶絶した。その姿に、楓は少し慌て、勠也は腹を抱えて笑い出した。
「くっ……このぉ……っ」
少し涙のにじむ目で、オレは大笑いする勠也をにらんだ。報復しようにも、痛みが強くて動けない。
くっそー、男の姿だったら普通に届いたのにっ!
そしてようやく痛みが引いてきたと思ったら、狙ったように担任の先生が教室に入ってきた。ぞろぞろと面倒そうに自分の席に戻るクラスメイト達の波に乗って、楓は教室の前のほうに行き、勠也はオレの後ろの席に座った。
前に座るオレからでは、手が出しにくい後ろの席に。
「ま、今はお預けだな」
勝者の余裕すら感じられる勠也の表情に、オレは低く唸るのであった。
††††
その日の放課後……。
え、授業はどうしたかって? もちろんしっかり終わらせてきたぞ。……ほぼ寝るか、ぼーっとしてただけだったが。だって、まじめに聞いても分からないもん。まあ、かなり目を引く姿をしてるから、寝ててもすぐばれたがな。
それはさておき、放課後だ。
放課後、オレはすごく嫌だったが、楓や勠也に無理やり連れられ、生徒会室に足を運んでいた。
生徒会室には、オレら一年生組以外のみんなが、もう暇そうに時間を持て余していた。
「や、一年生諸君。君たちで最後だよ。遅かったね」
生徒会室の奥のいすに、足を組みながら座っている黒塚が、オレたちが来ると小さく手を振った。その手には、やはりというべきか、アニメ雑誌が握られていた。
「すみません。雷牙が『いやだー!!』と聞かなくて……」
「ははぁーん、なるほど」
と、黒塚は足元にあるスクールバッグに雑誌を戻すと、オレのほうをにこやかに見つめてきた。
「な、なんだよっ」
「やっぱり、昨日のことが原因かい?」
「当たり前だろ! お前のせいで、どんだけ恥ずかしかったか!!」
「だよねー。最終的にフルミナ君、女の子座りでめそめそ泣いてたもんねー? 可愛かったなー。ムフッ」
「うがーー!!」
オレは真っ赤になりながら、奇声を上げた。そして同時に、キツネ目になるくらいにやけた黒塚の顔を一発殴ろうと、手に持ったスクールバッグを離して、『光速』で一気に黒塚に肉薄した。
「おおー、発動のラグもないし、なかなかキレが良くなってきたね。でも細かい制御はもう少しかな?」
「んなっ!?」
生徒会室は、教室ほどの広さで、歩いても数秒とかからないうちに反対側の壁際に行けるほどだ。走るともっと早い。その上『光速』を使うと、まさに一瞬だ。
オレは『光速』を使った。別に走っても良かったが、気持ちの問題だ。この変態に容赦はいけない。
黒塚の元に肉薄するのにかかったのは刹那だ。時間にして、コンマいくらもないだろう。それほどの速さだった。
それなのにオレは、右腕をがっしりと黒塚に掴まれた。
長机を飛び越えての移動だったので、オレの足は床についておらず、黒塚には飛び掛かるような形だった。それ故スピードには乗っていたはずなのだが、黒塚に掴まれたとたん、一気にスピードがゼロになった。だが、急ブレーキをかけたような状態のはずなのに、不思議とオレはそんな不快感は感じなかった。
唯一感じた不快感は、黒塚に右腕を掴まれたことくらいだ。
「あはは、不快だなんてひどいなー」
「っ、だから人の心を読むなと――」
言ってるだろ! と続けるはずだったが、オレの言葉は途中で途切れてしまう。
なんと、黒塚が空中で止まったオレの腕を引き、あろうことか自分の組んだ膝の上に、オレをふわりと馬乗りさせたのだ。
「っ!?」
ふっと、お尻のあたりに黒塚の太ももの感触が現れる。
「あっはは、軽いねフルミナ君」
「な、え、お、ちょっ……っ」
ぐぐっと黒塚の顔が迫る。距離にして十センチ程度か。お互いの息がかかる程度の距離だ。
「な、おいっ! はなせ……ひゃっ」
そのとき、黒塚が身じろぎをした。足を動かした際、ダイレクトにその振動が、オレのお尻周辺に響いた。
「お、可愛い声だね! ん!? しかもこの感触……今日はハーフパンツ履いてないんだ!」
「っ!?」
オレは掴まれていない左手で、ばっと広がるスカートで前を隠した。
確かにいつもならオレは、スカートの下に体育で使うハーフパンツを履いて登校する。だが今日だけは、朝ブルーな気分でいたのが災いし、ついつい履くのを忘れてしまっていたのだ。
「……っ」
オレは真っ赤になりながら、うつむく。黒塚はさらに悪乗りし、ふうっとオレの耳元に息を吹きかけてきた。
そこが、オレの限界だった。
オレはゆっくりとスカートから手を離した。
そして肩をふるふると小刻みに震わし始めた。
そのオレの様子に、黒塚は首をかしげた。
「? どうしたんだい?」
「………………じ」
「じ……しん測定器ならあそこに――」
「地獄に落ちろやコラァァッーーー!!」
バッチーンッ
光速の左ビンタの音が、生徒会室に盛大に響いた。
会長やりたい放題。なぜ地震測定器なのかは、私自身もよくわかりません。そのあたりは気にしないでください。
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