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虹色の電撃姫~いやだからオレは……~  作者: 芦田貴彦
第一部 小さな英雄
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日常乖離のきっかけ 2

「ちょっといいかしら、雷牙君?」

 玄関先にいたのは、楓の母親だった。

 「仕事先にちょっと無理言って、少しだけ時間をもらったの」

 「時間がないから入ることまではしないわ」と言って、楓の母親は玄関以降入ろうとはしない。だが、突然の来訪にオレは驚き、気を遣うことができなかった。


「……おばさん、何の用ですか」

「うん。楓のことでちょっと、ね」

 それを聞き、オレは少し顔をしかめる。昨日の今日だ。楓のこととなると昨日のあれしかない。


「……あの子ね。昨日私が帰るまで、……ううん、帰ってからも、ずっと泣いていたのよ。電気もついていない、暗い自室で」

「……」

 オレは何も言わず、楓の母親が続ける話を聞いた。


「今までにないことだったから心配になってね。知っているでしょう雷牙君も。楓はどんなに悲しいこと、苦しいことがあっても、簡単には他人に見せない子だってこと。最初は学校がつらくなったのかなって思ったの。あの子、生徒会に入ったって言っていたから、それが原因かなって。……でも、すぐには言ってくれなかった。ようやく話してくれたと思ったころには、もう日が変わりそうだったわ」

 やれやれといった感じに、楓の母親は首を振った。

「あの子があそこまで悲しみに浸っていた原因。ぽつぽつと語ってくれたの」

 楓の母親はゆっくりとオレの目を見てきた。


「『雷牙が変わっちゃった』てね」


 だから、その時のオレの動揺は気づかれたのかもしれない。

「雷牙君。最近学校に行かなくなったみたいね。…どうして学校、行かないの?」

「……」


 オレは楓の母親の目から黙って目をそらした。それを見て、楓の母親は小さくため息をついた。

「うん。雷牙君も大変なのもわかる。自分ひとりで生きていこうとする苦しみに耐えるのに精いっぱいなのかもしれない。……でも、それは違うのよ」

楓の母親が、首を横に振る。

「あなたは一人じゃない。楓がいるし、私も……いや、私たち家族が……、

 

 あなたを実の家族のように思っているわ」


「……!」

 楓の母親の言葉に、オレははっと目を見開いた。

「だからね、一人で抱え込まないで。あなたも私たちの家族。悩んでいることがあったら、何でも話してちょうだい。家族なのだから、ね?」

 優しい口調で楓の母親は言う。オレはその言葉にいたたまれなくなって、さらに顔をそむけた。楓の母親は顔をそむけるオレを見た後、自身の腕時計を確認した。


「……そろそろ私も仕事に行くわね。……雷牙君、今日は私のほうで楓を慰めるわ。でも、夜になっても、明日になってもいいから、雷牙君自身が楓に謝ってあげてね」

 「それじゃ」と言い残し、楓の母親は玄関から出て行った。オレはその足音が消えるまで、しばらく動かずに立っていた。


「……家族、か」

 オレはぼそりとつぶやいて、片手で頭に触れる。

 まだ頭痛は引いていない。


   ††††


 結局その後外出したのは、夕方になってからだった。昼食も食べる気になれず、ベッドで浅い眠りを繰り返していた。外出しようと思い立ったのは、さすがに腹が減ったからだというのもあるが、それだけではない。

 オレはしきりに時計を確認する。もう下校時間だ。


 そう、オレは楓を待っていた。


 高校に行く気などなかったが、楓たちの家族に強く推され、半ば無理矢理に通わされた高校。何度か楓に引っ張られ歩かされたその通学路に、オレはいた。

時刻は五時半ごろ。ちらほらと見知った制服が横を通り過ぎる中、目当ての姿は見えない。


「生徒会に入ったって言っていたな」

十分ほど待っても来ない楓を待ちながら、ふと考える。

「もしかしたら、遅くなるのかもな……」

さすがにこれ以上何もせずただ突っ立って待つのは嫌だと思ったオレは、近くのファストフード店に目を向けた。あそこなら、外の様子を見ながら座ることができる。道のわきでずっと立っておくよりは何倍もいい。そう思ったオレは、一度楓が来ていないかを確認すると、店へ足を運んだ。


「ちょっと待ちな」

ちょうど店内に差し掛かろうとしたところで後ろから声が聞こえ、肩をつかまれる感覚。

「ああ?」

聞いたことのない声で、しかも明らかに穏やかではない言動。オレは少し身を固めながら振り返った。


「少し面を貸してもらおうか」

見るとオレより2,3ほど年上そうな男がいた。俳優になっても通用しそうな出で立ちをしたその男が、オレの肩をつかんでいた。そしてその男の後ろにもう一人。


「よう、昨日ぶりだな」

見覚えのあるツンツン頭の男が、見下ろすような口調でそう言った。

昨日、オレの首筋に傷をつけたやつだった。

オレはツンツン頭から視線を、肩をつかんでいる男に移す。

「嫌だね。離せよ」


オレは肩の手を振り払おうとした。しかし思いのほか、男の力は強かった。振り払えない。

「……ちっ」

オレは舌打ちをして、再度振り払おうと男の腕に手をかけたところで――。


「ぐはぁっ」

ツンツン頭の男の蹴りが勢いよく腹に突き刺さった。それだけで体がぐらつく。

「馬鹿野郎、人目があるだろうが。少し我慢しろよ」

オレから手を離した俳優男がツンツン頭の男をいさめる。そして俳優男は言いながらオレの髪を無造作に握った。


「ってえな、離せよ!」

オレは俳優男に怒鳴ったが、男はそのまま歩き出した。なす術なくオレは男に連れて行かれ、すぐ近くのビルとビルとの狭く暗い空間に突き飛ばされた。

「何すんだよ!」

しりもちをついたオレは、座ったまま男たちをにらんだ。表通りに出る道を阻むように並んで立っている二人は、怒鳴るオレを見下ろす。


「へへ、昨日は世話になったな」

ツンツン頭の男が汚い笑みを浮かべ、一歩前に出てきた。対して俳優男は腕を組み、傍観する姿勢を取っていた。

「昨日は油断して後れを取っちまったが、今日はそんなことはしねえよ」


「テメェら、……なめてんじゃねえぞ」

オレはゆっくりと立ち上がって、拳を握りしめる。

…俳優男は少し遠い。しかも力量がわからない。たいしてあのツンツン頭の男は比較的近いし、なにより昨日ケンカしたがたいしたことなかった。…だったら先にこのツンツン頭を――


ドコッ!!


音がしたのはオレの背後からだった。音とともに頭部に鈍い痛みが走り、一瞬で意識が遠のきそうになった。

「なっ、……な」

「おいおい、頭はやめとけよ。死んだらヤベェだろうが」

「おお、そうだな」


声は後ろから聞こえてきた。痛む頭を片手で支えながら振り返ると、さっきとは別の二人の男がいた。一人は片手に鉄パイプを持っている。おそらくそれで頭を打たれたのだろう。血が流れてくるのを感じながら、オレは後の二人をにらみつけた。

「てめえに恨みは別にねえよ俺は。けどまぁ、仲間がやられたなんて言われりゃ、黙ってはいられないんでねぇ」

鉄パイプを持った男がにやにやと笑いながら言う。


……つまりこいつらは、ツンツン頭の男の報復に手を貸しているということか。……倍返しにもほどがあるぜ。

「お、まえらぁ……っ」

「おー、しぶといねえ」

頭を打たれてもまだ意識のあるオレに向かって鉄パイプを持った男がそういうと、俳優男以外が下品に笑った。


しかし、その笑い声もほどなく終わった。

「んじゃ、そろそろ。……死ねやコラァ!!」

次に飛んできたのはツンツン頭の男の右のボディブローだった。

「がはっ!」

あっけなくオレは地面に膝をついた。そこから前のめりに倒れようと――

「オラァ、まだまだ終わらねえぞ!」

そこに誰ともわからない蹴りが飛んできた。オレは声も上げることができず、地面に転がった。


……そこからは一方的な展開だった。蹴られ殴られ、最終的には何をさせているかもわからないくらい意識がはっきりしなくなった。やがて痛みも感じなくなり、男たちの声も聞こえなくなった。それは男たちの気が済んだからなのか、単にオレが聞こえないくらいダメになったのか。それも分からない。

もしかしたら、オレは死ぬのかもしれない。そう思った。


でも、それでもいいとも思った。


こんな死に方をするのはかなり不本意だが、別に生きていても何もすることはない。


もともと『存在しない人物』だったのだ。たとえここで死んでもあるべき姿に戻るだけではないか。死んでも誰も悲しまない……。



いや、本当にそうなのか?



本当に誰も悲しまないのか。

声をかけてくれた人がいたのではないか。

オレのことを家族だと言ってくれた人がいたのではないか。


ずっとオレに接してくれて、オレのために泣いてくれるやつがいるのではないか。


オレは今、何をしている。


今日はやることがあって、ここまで出できたはずだろ。


そうだ、ここで寝ている時間はない。



オレはあいつに、楓に謝りに来たんだ!


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