新たな日常風景 1
キーンコーンカーンコーン
「……それじゃ、今回はここまでにするか。日直、号令を」
「……あ、オレだ。えーっと……きりーつ」
オレは可愛い声でそう言って、真っ先に立ち上がる。するとオレの声に続いてぞろぞろと他のクラスメイトも立ち上がった。そうなると、オレの姿は前から確認できなくなるらしい。
……小さいから。
「きょうつけー……れー」
『ありがとうございましたー』
その言葉が終わった途端、教室内は雑談につつまれる。
「……あー、号令慣れないわ」
本日四回目なのだが、オレはそう愚痴りつつどかっと座った。さっきまでずっと座っていたから、まだまだ温かい。
……そしてなんだか座り心地が悪かったので、オレは軽く腰を上げて、イスとの間にスカートを挟んでから座った。
「まあいいじゃねえか。お前の声は高くて響くからな」
「なりたくてなったわけじゃないって言ってるだろ?」
上から降ってきた言葉に、オレはすぐ後ろの席で立っている男を非難する眼で見上げた。
「そうだったな」
そう言いつつ、二枚目の顔に似合うシニカルな笑みをしたのは、氷室勠也であった。勠也はオレの後ろの席であり、近いので『素の口調』で会話ができた。
「さて、飯の時間だ。購買に行くか、雷牙?」
勠也も勠也で、周りが聞いていないと思ったら、オレのことをフルミナ・レーゲンではなく、男の時の本名、宝条雷牙で呼んでいた。
オレは頷き、すくっと立ち上がる。
「おーけー、了解。えーっと……か、楓―、『わたし』たちの席を取っておいてねー!」
「うん、わかったわ」
オレが少し離れたところにいる楓にそう言うと、楓は微笑みながら頷いて、いそいそと自分のバッグから弁当包みを取り出した。
オレは楓のその様子を見ながら、さてと勠也のほうに向きなおる。その時に、光の加減で虹色に輝く髪と制服のスカートが、かわいらしく揺れた。
「慣れたもんだな」
オレの言動をなんとなく見ていた勠也が、一言つぶやいた。オレは複雑な顔で勠也を見上げる。
「……の、ように見えるか?」
「ああ」
その一言にオレは軽いショックを覚える。きっと『慣れたもんだな』の先には少し言葉が省略されているんだろうなと思ったからだ。
たぶんその言葉を補うと、このようになるのだろう。
『女の身振りに』慣れたもんだな。
………………。
「ははは。大変だな、『フルミナ』?」
「う、うるさい。行くぞっ」
オレは赤くなりつつ、そっぽを向いて勠也の前でさっさと歩きだした。
勠也とオレが転入(男のオレは、知らないうちに海外へ渡ったらしく長期休学。もはやジョークの域だ)してから、一か月が経っていた。
その間に衣替えが始まり、半そでのカッターを着た生徒たちが見られるようになった。そしてまた、その一か月でオレたちは、それなりにクラスに馴染むようにもなっていた。
勠也は、もともとカリスマ性が高く、冗談も通じるやつのようだったので、すぐにクラスの頼れる兄貴みたいなポジションを確保した。同時に昔オレが俳優男と称したように顔もよいので、女子にはもはやモテモテであった。転入初日で告白してきた女子がいたくらいだ。断ったらしいけど。
一方オレは……
「あ、フルミナちゃんだ! こんにちは~」
「きゃー、今日も可愛いわね!」
「ねね、私の妹にならない?」
ある意味、女子にモテていた。
「え、ああ……いや。あの、購買に……」
「きゃー、照れてる照れてるー。赤くなっちゃってかわいー!」
そう言って、二年生の女子三人組は、オレの頭をしこたま撫でる。
「じゃあね、フルミナちゃん! それに、勠也様も!!」
オレを撫でることに満足したのか、三人組は颯爽と立ち去って行った。
「モテモテだな、雷牙」
皮肉気に勠也が言う。オレはじろ、と勠也を見上げた。
「……あれはただ単にオレで遊んでるだけだろっ」
そう、あれは断じてモテているわけではない。見た目小学生のオレを愛玩動物かなんかと間違えてるんだっ! 毎日毎日飽きもせず頭を撫でまわしやがって。それになんだよ、妹にならないかって……。
「……てか、お前こそなんだよ。『勠也様』て?」
オレは反撃のつもりで勠也を問い詰めた。
すると勠也は、お得意のシニカルな笑顔を浮かべた。
「ふふん、まあそうひがむな」
「ひがんでねーよ!」
この一か月で、オレの周りにはこんな風景が作られているのだった。
序章とは うってかわって 平和感
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