いあ、オレはこういう収束の仕方は望んでないぞ! 1
「な、え……はぁっ!?」
「あー、混乱してるね宝条君?」
「あ、当たり前だっ」
黒塚に言われるまでもなく、オレは混乱していた。
さっきの仮面男が、会長だった……!?
「え、じゃ、じゃあ待て。なにか? さっきまでオレを蹴ったり踏んだり、楓に剣を向けたのも全部……」
「そ。全部僕なのでした」
「いやー、なかなか迫真の演技だったでしょ?」とうれしそうに語る黒塚。
それにオレは……、
「……て、てめえ! よくもやってくれやがったなオイ!!」
電光石火のスピードで黒塚に殴りかかった。数十メートル離れていた距離が、一瞬にしてゼロになる。しかし黒塚は、驚くことにひらりとかわし、むんずとオレの細腕をつかんだ。
「ごめんごめん。でも、新しいことが出来るようになったじゃない」
「そういう問題じゃねえ! 放せっ、泣き言言うまで殴ってやる!!」
「うわーん、許してよー(泣)」
「だ・ま・れっ!!」
「……なんなんだ、一体」
うがー、と暴れるオレをにこやかにあおる黒塚。その様子を、実に微妙な目で見ていた勠也が口を挟んだ。
「あー、うん。説明するよ。たぶんもうすぐ……」
「うがーっ! あ――」
不意にオレは、体から力が抜けるのを感じた。ガクッと膝が折れる。
「おおっと。……ね?」
「……趣味の悪い終わらせ方だな」
「な、なんだ……?」
オレは黒塚に支えられながら(ぎゃー!? 何かされそうという女の本能っぽいのが……っ)困惑の表情を浮かべる。
「あれだけ一気に魔力を使ったでしょ? それの後遺症だね。今は体にまったく力が入らないはずだよ」
してやったり、みたいな口調で黒塚は言った。
「……くっそぅ……」
オレはふるふると震えながら、精一杯黒塚を押した。そうすると、オレの体は黒塚から離れ、代わりに背中から勠也のほうに倒れこんだ。勠也は少し驚いた様子で、オレの両肩を持った。
「お、お前に抱えられるくらいなら、こいつのほうが、ましだ」
熱病にかかったかのような気怠さのなか動いたせいで、頬が上気している。それでもオレは、へへ、と黒塚に皮肉気に笑って見せた。
「振られたな、鎌」
勠也も意地の悪そうににやけて加勢する。
それに黒塚は、
「……ぐっはぁっ!?」
血を吐かん勢いだった。
「……く、魔力の使い過ぎが原因で頬が上気しているのは、わかってるはずなのにっ」
苦しそうに胸と頭を抱える黒塚。
「……そんな顔でツンデレされたら、ときめいちゃうじゃないか!」
「もう黙ってろよお前!!」
だるいのをそっちのけでツッコミを入れてしまった。
「……気持ちはわかるが、お前も大人しくした方がいいぞ……」
反動でさらに力が抜けたオレに向かって、勠也が嘆息まじりに言った。
「……とりあえず、ここにいても埒があかない。鎌、一旦生徒会室に行くぞ。どうせ開いてるんだろう? お前はそこの女子生徒を担いでやれ」
てきぱきと勠也が指示をかける。黒塚はいまだにぶつぶつ言いながら、言われた通りに楓のほうに向かう。
「さぁて、ちょっと失礼しますよ、お姫様?」
「なに……って、うわ」
勠也はそう言うと、オレを抱えなおした。
「ちょ、おま、これ……っ」
「ん? どうかされましたか、お姫様?」
抱えなおし、オレはいわゆるお姫様抱っこをされるはめになった。
突然のことと、初めてのことで、緊張してオレは腕を縮こませる。
「いやこれ、は、恥ずかしいだろ……?」
オレは勠也の顔を直視せず、そっぽを向きながらつぶやいた。
勠也は、ふっ、と鼻を鳴らした後、オレの耳元でささやいた。
「……ずいぶんと女らしくなったな、雷牙?」
「んなっ!?」
オレはささやかれたとき息のかかった耳を押さえて、勠也を見た。そんなつもりはないのに自分の顔が赤くなるのが憎らしい。勠也はそんなオレにウインクをして、
「なにがあったのか、じっくり聞かせてもらうぜ?」
勠也らしい、自信に満ちた口調でそう言った。
††††
その後、オレたちは勠也に今さっきの経緯についてと、オレがこの姿――フルミナ・レーゲンになったことについて、生徒会室で話すことになった。途中で楓も起きてきたので、楓もその話し合いに参加した。楓は、勠也がいることに非常に警戒したが、オレが説明すると、しぶしぶ口をつぐんだ。
説明は、最初はオレ視点のものから始まったが、それが終わったとみるや黒塚が補足を入れてきた。
驚いたことに今回の事件はあの人影騒動から、すべて黒塚の自作自演だったらしい。人影は黒塚の作った幻影。それを愉快犯とオレにほのめかして、ダシに楓を使い、あとはオレが魔力を爆発させるような状況に持っていくだけ……。
「なんでそんなはた迷惑なことしたんだよ?」
そうオレが聞くと黒塚は、
「言ったじゃない。君にはなにかきっかけが必要だって」
さも当然のようにそう返してきた。
「おかげで『光速』が使えるようになったでしょう?」
「だからってなぁ……っ!」
「あ、そうだ。宝条君、ちょっとブレスレットを見せてくれないかい?」
そう言って黒塚は遠慮なしにオレの左腕をつかんだ。オレは抵抗しかけたが、魔力の使い過ぎによるだるさがまだ残っていたので、仕方なく断念した。
黒塚はまじまじとブレスレットを眺めた後、一瞬にやっと怪しげな笑みを浮かべた後、何かを唱え出した。するとブレスレットが独りでに輝き始めた。
輝きは黒塚が唱えている間中続き、詠唱の終わりとともに、光を失っていった。
「はい。できた。これで今までよりは魔力の融通が利くようになったと思うよ」
「え、ああ……ん、ほんとだ」
確かに黒塚の言った通り、魔力の量が増えた気がする。
「へえー、分かるんだ。もうそれなりに制御は習得したんだね。そこまでくれば、基本的な制御訓練も不要かもね」
そう言って黒塚はオレから離れる。
しかしオレは聞きたいことがあった。
「おい、待ってくれよ。オレはまだ男に戻る方法分からないんだが……」
「ああ、そのこと?」
黒塚がよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、得意げに言った。
「残念ながら、それはしばらく先になりそうなんだよねー」
「はぁ!? なんで?」
オレはガタンと座っているイスを鳴らしながら、身を乗り出した。
「いやー、実は予想以上に君の変化は魔力がいるようでねー。確かに君の場合、変化という『なりきり』よりも、むしろそのものに『なっちゃった』感が強いんだよね。俗にいう転生の一種とも言い換えられるほどのね。戻るのは、魔封具つけてる段階では難しいというか、無理というか……」
「まじかよ……」
「まじだよー」
がっくりと、オレは肩を落とした。
「な、何とかならないんですか、会長?」
楓がすがるように黒塚に言う。
だが、黒塚は首を振った。
「んー、正直言うと無理だね。力ずくでやろうとしても、宝条君の体が持たない。魔封具が取れるように強くなるまで、辛抱するしかないね」
「そう、ですか……」
がっくりと、楓も肩を落とした。
「……うれしそうな顔してるな、鎌?」
ぼそっと勠也がつぶやく。黒塚はそれに無言の笑顔で答えた。
くっそ、人の気も知らないでこの野郎は……っ
「……ところで、なんで俺までよばれたんだ?」
勠也が黒塚を責めるように言った。確か勠也は、黒塚に呼ばれたと言っていたが……。
「ん? なんだい勠也君。君ともあろうものが。それは愚問じゃないのかい?」
「……そうだな。愚問だっかな」
黒塚が皮肉気に言うと、勠也はなんとなくその返答を予想していたのか、責めはせず嘆息交じりにそう言った。
「どうするつもりだ?」
「うん。具体的には、君をこの学校に転入させるつもりだよ」
「そこの……」と黒塚はおもむろにオレを指さして言った。
「フルミナ君と一緒にね」
なんで勠也と黒塚は親しげなの? というのは次回ちょろっと説明を入れたいと思います。ほんとちょろっとの予定で、詳しい話は追々どこかの段階でできたらいいなと思っていますが。
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