『光速』習得 1
人影を目撃してその翌日。オレはなんとか電撃を飛ばせるほどには、魔力の制御に成功していた。しかし相変わらず魔力の扱う量は大して増えず、全属性使えるということなのだが、雷だけしか使えない現状であった。
「でも、もう少しで元の姿に戻れるんじゃない?」
そう言ったのは、横に並んで歩いている楓だった。
今は放課後訓練が終わり、帰宅をしている最中だ。
「んー、だといいんだがな……」
昨日何もなかったとはいえ、今日何もないとは限らない。オレはあたりを警戒しながらそう言った。
その様子に楓が不審げにオレを見る。
「……昨日も言ったけど、なにか気になることでもあるの? さっきからきょろきょろと」
「……え、あ。……別に、昨日も言っただろ。この格好は周りの目が気になるって」
周りの目が気になる。この言い訳は黒塚のアイデアで、昨日から使っている。理由はもちろん、楓に無駄な心配をさせないためだ。
「えー、でももう四日目じゃない。もう慣れたでしょ?」
「ば、ばか言え! 慣れるもんか。背格好が変わったから、視点が違って戸惑うことあるし……し、しかも女の体だぞ! と、トイレとか風呂、とか……まだ慣れねえよ」
オレは楓のほうを向いて力説した。最初は勢いが良かったが、最後のほうは赤くなるのが自分でも分かったし、口調も尻すぼみに弱くなった。
その様子に、楓は目を細めた。
「……あー、赤くなるって。なにかいやらしいこと考えたりしてるんじゃないの?」
「し、してねえっての!!」
「あはは、冗談よ。雷牙は女の子の体に慣れないだけだよね。……そっちの趣味があるわけではなくて」
「あ、当たり前だっ」
最後の言葉は、にこやかなのに戦慄を覚えた。それほど楓の威圧感がすごかった。
「ま、私も雷牙には早く戻ってほしいかなー。フルミナちゃんのときも可愛くていいんだけど。やっぱり雷牙は雷牙で、男の子だから」
そう言って楓は微笑みながらオレを見下ろしてきた。オレはちらとその顔を見たが、すぐに顔をそむけた。
「オレだって、戻れるものなら戻りたいさ。でも、魔力の扱える量がどうしてもうまく増えないんだよ」
黒塚が言うには、魔法を使えば使うほど体が魔法に慣れていって、潜在的に潜んでいる魔力を使える量が増えていく、ということらしい。
しかし、毎日のように使っているはずなのに、オレの魔力の使用量はあまり伸びていなかった。
どうやらオレは『魔法の扱いは器用』らしいのだが、『魔法使い的には微妙』らしい。魔力への慣れが遅いのだ。なにか潜在する魔力を引き出すきっかけがあれば、一気に扱える量が増えるということらしいのだが……。
「……そう、せめてなにかきっかけがあれば――」
つぶやいた、そのときだった。
ゾクっ
いきなり背後から、とてつもないほどの悪寒……魔力波を感じた。それは楓も同じだったらしい。
オレたちはすぐに振り返った。
「だ、誰だてめえ……」
振り返ると、オレたちの数歩後ろに、、黒いコートに怪しげな仮面をつけたやつが立っていた。
体格からして男であろうか。オレは一歩前に出て、楓を背にかばう。すると楓が、
「……っ、雷牙! あんたはまだ――」
「誰だ、って聞いてんだよ!」
オレは楓の言葉を無視して、男に怒鳴る。楓は何か言いたそうな様子だったが、すぐに表情を硬くしてオレの後ろで男をにらみつけた。
「……くくく」
おそらくなにかで声を変えているのだろう、耳障りな声で男が笑った。
オレは少し腰を落として、臨戦態勢になる。
「なにがおかしい!」
すると男はゆらゆらと頭を動かした。まるで亡霊のようだ。
「……俺の、正体……? くくく……分かっているくせに」
「……なんだと?」
「見てたじゃないか……昨日、グラウンドの端から」
「っ!? やっぱりてめえ、昨日のっ!!」
そう言ってオレは、男の目の良さ、勘の良さに驚いた。
こいつ……あの距離からオレのことに気づいていたのかよ。
あのとき、オレはやつを『人影』と言った。そうとしか見えなかったからだ。性別も、もちろん顔さえも、さっぱり見えなかった。
なのにこいつは、あの距離からオレのことが見えたというのだ。オレが見ていた、というのを知っていたから……。
「……なにしにきやがった」
オレはさらに警戒を強めて、男に尋ねた。すると男はオレのほうを向いて、
「……ガキには用はない」
「……んだとっ」
オレはカチンと来て、一歩足を踏み出した。
その瞬間――
ドフッ!!
「っ!?」
そう鈍い音がしたと思ったら、オレはいつの間にか近くの民家の石塀にたたきつけられていた。
「っがはぁ!?」
「雷牙ぁっ!?」
楓が叫ぶ。オレは、ばたと地面に倒れ伏しながら、混乱していた。
い、一体なにが起こった……? どうしてオレは吹き飛ばされたんだ……っ!?
「あ、あんた雷牙になにを――」
オレが倒れ伏したのを見て、楓が髪を淡い亜麻色に変化せさながら男に向き直ろうとした。
だが……
「用があるのは、お前のほうだ」
いつの間にか、男は楓のすぐ前に立っていた。
「っ!?」
驚きつつも楓はすぐに距離を取ろうとバックステップしようとした。だが、その前にがっしりと男に頭をつかまれた。
「っあ――」
楓は一瞬抵抗する素振りを見せたが、なにか魔法を受けたのか、急に体から力が抜け眠るように男のほうに倒れ掛かった。
「……くくく」
意識を失った楓を支えながら、男は小さく笑った。
「か、楓ぇっ!?」
オレは地面に倒れ伏しながら、必死に楓の名前を呼ぶ。しかし楓はまったく反応しない。
「て、てめえ……楓に、なにを……っ」
オレは石塀に寄り掛かるようにゆっくりと立ち上がる。体のあちこちが悲鳴を上げていた。
「……ガキには用がないと、言っただろう」
「う……るせぇっ!! 楓を離せ!!」
怒鳴るオレを、男は仮面越しに見つめてくる。
「……くくく、そうだ……」
男はそうつぶやくと、ゆっくりとオレのほうに、片手の手のひらを合わせてきた。
「……今夜、零時。昨日、俺がいたところで、待ってやる。それまで、この女は生かしておいてやろう。取り返したくば、武器でも何でも持って、やってくるがいい」
「な……んだとっ――」
オレが言い終わる前に、男の手のひらから生み出された真っ黒な魔力の球が、オレの腹に突き刺さった。
オレはうめき声をあげる間もなく、少なくない血を吐いて再度地面に倒れ伏した。
「くくく……待っているぞ」
「……ま……て…っ」
楓を抱えて立ち去ろうとする男の背後に、オレは必死に止めの声をかけるが、かすれてうまく声が出ない。そのうちゆっくりと視界が暗くなっていき、最後には男が消えるのを見ないまま、オレは意識を手放してしまった。
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