なんか、怪しいやつ見つけた
魔力制御の訓練を始めて三日目。
未だにオレは、一度も男の姿に戻れていなかった。
多少なりとも、魔力の制御が何たるかが分かってきて、黒塚にも「意外と魔力の才能あったのかもねー」と言われ、意外は余計だと思ったり思わなかったりしているのだが。
それでも、男に戻るのだけはどうしてもできていなかった。
まじショック。
黒塚が言うには、どうやら魔封具が、思いの外魔力を阻害しすぎて、男に戻るだけの魔力をうまく捻出できていないらしい。楓や他の生徒会役員のように、一部分だけ魔力の影響で変化するのと違って、オレは言わば全身が変化の対象になっているのだ。その分オレの場合は、変化するだけでもそれなりな魔力がいるとかなんとか。
そういうことらしい。
解決策は、オレがもっと魔力の制御を正確にし、扱える魔力の大きさを増やしていくのが、安全かつ確実のようだ。
そんなこんなで、
オレは近頃、かなりブルーだった……。
††††
「あー、もうやだ……」
平日の昼下がり、オレは街をぶらぶらしていた。
「元に戻りたい……」
虹色に輝く金髪という、普通ではまずお目にかかれない特殊な髪をしているので、フード付きの服に帽子をかぶって目立たないようにしている。これはこれで目立つが、仕方あるまい。
「早く放課後になれよ」
誰に言うでもなく、オレはそう愚痴った。
この三日間、この格好では学校に行けないオレは、放課後まで自宅待機か生徒会室に待機という日々を送っていた。放課後になれば、黒塚や楓たちが、魔力制御の訓練に協力してくれるからだ。
逆に言えば、オレは放課後までなにもすることがなかった。一人で訓練できるほど、オレはまだ魔法が使えないから、自主特訓というのも出来ない。
しかもこの格好では、あまりおおっぴらに動けない。見た目小学生だ。昼間から大通りをぶらぶらしているところを見られたら、面倒なことに巻き込まれる可能性がある。
故にオレは、さっきから愚痴をこぼしつつ、屋内から飛び出しつつも、古宮高校のまわりでおとなしくぶらぶらしていたのだった。
「……ん?」
ふと、グラウンドの騒がしい音を聞きつけたオレは、ちらと端のほうからグラウンドを覗き見た。どうやら体育で陸上競技の測定をしているらしい。時間的には、昼食直前の授業であろうか。
……ちらほらと見知った顔が見えるところからすると――、
「……オレらのクラスがやってんのか」
女子の姿が見えないが、おおかた体育館でなにかやっているのだろう。
オレははぁ、とため息をついた。
「サッカーとかそういう試合形式なものなら見てもいいんだが、これじゃあなぁ……」
あまり学校に行っていなかったせいで、いまいち一人ひとりの顔が分からないので盛り上がらない。さて、どうしたものかとオレはあたりを見回したところで、ふと気が付いた。
「……なんだ、あいつ?」
目がいったのは体育館、さらに言うとその裏側。なにやら奇妙な人影があった。遠いので詳しくは分からないが、どうやら体育館に用があるらしい。
こそこそしているところを見ると、どう見てもまともな用には見えない。
オレはグラウンドからも人影からも見えないように身をかがめつつ、様子を見る。
「……よく見えないな。もう少し近づくか……?」
「声でもかけてみるのかい?」
「そんなことしねえよ、ただ様子見を――」
と、そこでオレは、ばっと振り返った。
「まあ確かにここからは見えにくいねー」
「お、おまえっ!?」
オレは背後を見て驚愕した。
「お前とは失礼だなー。せめて『会長』と呼んでくれないかな?」
そこには、ふふん、と鼻を得意げに鳴らしていつの間にか黒塚が立っていた。
「なんなら『鎌おにいちゃん!』とかでも十分――」
「死んでも言わねえよっ。てか、いつの間に……あと、なんで?」
「ふふふ、禁則事項さ」
口元に人差し指をあてがって、黒塚は言った。オレは冷たい目で黒塚をにらんだ後、さっさと体育館裏の人影に視線を移した。
「……ま、僕がここに来たのはまさしくあれのことさ」
「……あの人影?」
オレが尋ねると、黒塚は頷いた。
「君はまだ分からないかもしれないけど、僕には分かるからね。
あの人影は魔法使いだ」
「なに、まじでか!?」
オレは横に移動してきた黒塚を、まじまじと見つめた。
「うん、間違いないね。さすがに何がしたいのか分からないから、こうして目立たないところに来たわけだけど」
人影から視線を外さずに淡々と黒塚はしゃべる。オレも改めて人影を眺め始めた。
「……うーん」
と、不意に黒塚が呻き始めた。
「……ん?」
「ああいや。今体育館は一年が使ってるんだよね」
「ああ。オレのクラスだ」
「……ということは、日向君もあの中だね?」
「そう、なるな。……それがどうした?」
「いやね」と、黒塚は少し真面目な表情をした。
「……もしかしたら、日向君が危ないかもしれないなと思って」
「!? どういうことだ?」
楓が危ないと聞いて、オレは少し声を荒げる。それに黒塚はちらとオレを見て、
「……レオンから言われたかもしれないけど。僕たち魔法使いは、封印が不十分だった魔界の扉から洩れてきた魔物や、あまり友好的でない異世界の住人と戦うために魔法や武器を使ってる。そうしないと、世界が乱れちゃうからね。僕たちはそのために魔法とかを使ってるけど、魔法使いの中には私利私欲のために魔法を使うやつも少なくない」
「そう、例えば……」と黒塚は人影に視線を戻しながら、
「人殺しの道具にしたりとか、ね」
「!? それじゃあ、あいつ……」
オレが今にも走り出そうとしたところで、黒塚がオレの肩をつかんだ。
「放せっ」
「まあ、待ちなよ。まだあの人影がそうと決まったわけじゃない。動くのはかえって相手を刺激して、危険かもしれない」
「んじゃ、どうしろって言うんだよ!」
オレは黒塚の腕を振り払いながら怒鳴った。しかし黒塚は冷静な口調で、
「ここは様子を見るんだ。もしあの人影がそのような愉快犯だったとしても、こんな真っ昼間、しかも大勢に見つかるようなところじゃ、動くに動けないはずだ。事を荒立てれば、それほど自分も苦しくなるからね」
「だから落ち着くんだ」と黒塚は言った。オレは舌打ちをしつつ、落ち着くために一度目をつぶった。
「……あ」
不意に黒塚が声を出した。それに慌ててオレは反応する。
「どうした!?」
「……どうやら、逃げられたようだね」
「なにっ」
オレは、ばっと人影がいた方に視線を移した。だが、そこには先ほどまでの人影は見当たらなかった。
オレは黒塚を見る。
「気づかれたのか?」
「……かも、しれない」
黒塚はそう言ってやれやれと首を振った。
「とにかく、今は大丈夫だったみたいだ。……でも、おそらく近いうち、あれはまた来るかもしれない」
黒塚は言いつつ、かがめていた体を立てた。
「宝条君。日向君のこと、しっかり見ていてくれないか」
「あ、ああ分かった」
オレはこく、と頷いた。楓のこととなったら、なにもしないわけにはいくまい。
「あ、でも、日向君には悟られないようにね。変に心配させたくはないでしょ?」
「もちろんだ。……了解、黙っとく」
「おーけー。それじゃ、僕は戻るよ。またお昼にね。昼には、一度生徒会室に集まって昼食にしよう。そのときは僕と君で警戒して、そのあと放課後までは、僕が何とか気を張っておくよ。宝条君も、あまり出歩かないようにね」
そう言って黒塚はひらひらと手を振った後、グラウンドに沿うように歩き、手近な校舎の陰に隠れていった。
「……」
オレは自分の手のひらを見つめた。男の頃と比べると、あまりに小さく、きゃしゃな印象を受ける手のひら。
「……っ」
ぐっと体の力を入れる。すると、その手のひらから、小さくぱちっと音がした。静電気をもっとささやかにした、電気が発生したのだ。言うまでもなく、オレが自分の魔力で発生させたのである。
しかし、それだけでオレの息は少し荒くなる。うまく魔力を制御出来ていない証拠だった。
「こんなんじゃ、ホント見るだけで、守ることはできねえな……」
ひとり呟いて、オレはぐっと拳を握った。
「早いうちに、何としても制御がうまくなってやる……っ」
あの人影が必ずしも愉快犯で、楓を襲ってくるとは限らない。しかしオレは、なにか火がついたような気がした。
ようやっと話が動いてきたような気がします。
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