え、オンナノコ? 魔法? チョット待て! 3
「おっと、いったん集まりはここで終了だね。続きは放課後にしようか」
黒塚はそう言って一足先に生徒会室から出ようとする。オレはその黒塚の背中に呼びかける。
「あ、おい待て。オレは一体どうしたらいいんだよ! このままじゃ授業どころか、部屋からも出られねえぞ!?」
そう言ってオレはばんばんと薄い胸をたたいた。今のオレの服装は――服装と言うのもおこがましいが――制服の長袖シャツ一枚である。これで平然と歩く勇気はオレにはない。ほしくもないが……。
黒塚は少し首を傾げた後、
「うーん、……まあ放課後には戻るから」
「投げるなーっ!!」
さっさと部屋を後にした。
くそっ、あの野郎いつかつぶしてやる……っ!
「……お気の毒ですが、放課後までここで待っていただくのが最良かと」
と、黒塚から瑞希と呼ばれた三年生が冷静に言った。オレは苦い顔をする。
「いや、でも……」
「んー、まあ水穂先輩が言うんなら仕方ねぇよな。あきらめろ一年」
やれやれと肩をすぼめながら紅汰は言い、
「ま、これからよろしくな。んじゃ、お先―」
そそくさと部屋を出て行った。
「くっそー、人の気も知らないで……」
オレは紅汰が出て行ったドアに恨み言をぶつけた。
「……ごめんねぇ、わたしたちも授業があるから。ちゃんと放課後には相手をするからね~」
「……ごめん、失礼する」
「ちょ、アンタらまでー……」
歩美の車いすを山城が押す。二人は申し訳なさそうな顔をしながらも、やっぱり部屋を後にした。
「……雷牙」
そこでぼそっとつぶやいたのは楓だった。呆然とドアを眺めていたオレは、すがるように楓を振り返った。
「な、なんとかならないか楓!? てか、お前も魔法が使えるんだろ? 教えてくれ! どうやって魔力を制御してるんだ!?」
それに楓は非常に困った顔をする。
「えー……、うーん。……私もまだまだ初心者だから、自分がどうやって制御しているのかよく分からないというか、言葉にできないの。なんとなくこんな感じかな、みたいなものだから、教えるまではちょっと……」
その言葉に、オレも非常に困った顔をする。
「そうか……。あ、じゃああの三年生の先輩はどうだ? 確か水穂とか呼ばれてた女の先輩……て、いねーし!?」
はっと気が付いて先ほどまで例の三年生の女の先輩――水穂が苗字かな――がいた場所を振り返ったオレは、そこに誰もいないことに驚愕した。
「あ、水穂先輩ならさっき出て行ったけど……」
「忍者かあの人は!?」
いや、女だからくノ一か?
……ではなく。足音一つたてなかったことに、オレはそう評価した。
と、そこで壁に掛けてある時計に目がいった。そこには、午後の授業がもうあと二,三分で始まるということが示されていた。
オレは、おろおろとオレを気遣って部屋から出ようとしない楓を見て、腹をくくった。
「……あーもう、仕方ないから放課後まで待つ! ……だから授業に行って来いよ楓」
「え、でも……」
「オレのことはいいから! どうせオレはこっから動けん。いまさら授業サボっても変わりはしないし。でも、お前はそうじゃないだろ。だから行って来いよ。オレのことは適当に頭が痛むから病院に行ったとか言っておいてくれ」
そう言うと、楓は申し訳なさそうな顔をしながら踵を返した。
「……ごめんね雷牙。放課後、すぐ来るから!」
頭だけこちらに向けてそう言った後、楓は早足で部屋を出て行った。生徒会室に、半裸の少女―不本意ながらオレ―だけが残された。
……いや、オレだけではなかった。
「……つくづく、妙な縁であるな」
「っ!?」
オレは声のした方を、ばっと振り向いた。
「お前、いたのかよっ。……そういえば、お前も出られないよなここから。出たら大騒ぎだろうし」
声の主――人語を話す獅子、レオンを見ながら、オレは身を縮めた。
「……そんなに警戒をするな、といっても無駄なのだろうがな」
オレの様子に、レオンはため息交じりにつぶやいた。
「まあよい。一応言っておくが、お主をどうこうするつもりはさらさらないぞ」
「…………」
オレはじっとレオンを見つめる。レオンは余裕さえ感じられる様子でオレを見つめ返してきた。
……その威圧感に耐えられずに、オレは恐る恐る口を開いた。
「……お前は、一体なんなの? やっぱりなんかの魔法なのか?」
「……『なにか』か」
また面倒な質問だ、とでも言いたそうに、レオンは眉をひそめた。
「……お主が考えている魔法とやらが、なにを示しているのかは知らんが、我は魔法で動いているわけではない。まあ、それに近い存在と言えるかもしれんがな」
…………。
「……はい?」
さっぱりわからない。
「……余計なことを言ってしまったようであるな」
はあ、とため息交じりにレオンは仕切りなおした。
「簡潔に言うと、我は聖獣の一種だ。主らの魔力を媒介にして、召喚されそして具現化した、主らとは異なる存在である」
「……召喚、ね」
オレは思わずつぶやいた。
「……なあ。これ、本気で夢じゃないんだよな?」
オレは往生際悪く、尋ねる。レオンもオレの気持を察したのか、
「……気持ちはわかるが、慣れろ。これは夢ではない。こういう世界に、お主は足を踏み入れたのだ」
ばっさりとオレの希望を切り捨てた。オレは、がくっと肩を落とす。勢いで顔もうつむく。
しかし、
「……まあいいよ。……さすがにもう、この世界に実は魔法があるっていうのは納得した。お前みたいなやつもいるってこともな。でもさ――」
ばんっ、と(薄い)胸をたたきながらオレは勢いよく顔を上げて訴えた。
「なんでオレはこんな格好にならなくちゃいけないんだよ!?」
こんな格好というのは、もちろんこの女の子の状態のことだ。どうやらレオン曰く、フルミナ・レーゲンのものらしいが、こればっかりは納得いかない。無理やりに女装させられた気分だ! いや、女装なんてレベルではないけども。
オレの訴えなんて気にも留めていなさそうな様子のレオンは、
「……異なる身体の割には、ずいぶんと馴染んでおるようだし、拒絶反応も見られない。別に何も問題ないであろう」
「大ありだっ!!」
「それよりも小僧」
そう言ってレオンは、部屋の隅のロッカーのほうに顎をしゃくった。
「その恰好ではあまりに見苦しい。あの中にあるものにでも着がえておけ」
「み、見苦しいってなぁ……っ」
言いつつオレは、自分の今の格好を見下ろす。
男物の制服のカッターシャツ一枚。そして、さっきから床に座りっぱなしで、冷たくなっているであろうきれいで小さな足が、その先からちょこんと見えている。
さらには、時折ヒートアップしたせいか、上からも下からもボタンが外れている。
……………………。
「…………そうですね、アナタサマの言うとおりですね」
いくら子供の体とはいえ、そこは異性の半裸姿。オレは真っ赤になりながら立ち上がり、誰の視線もあるわけではないのに(レオンははなっから向こうむいていたし、……あるとしたら、オレ自身?)両手で必死にはだけたシャツを寄せ、体を隠した。そして、いそいそとレオンの言ったロッカーへと向かった。
部屋にライオンと二人(?)って、怖いなー。ただのライオンじゃないけど。
そして、ストックが、少なく……なって……きた。