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~4~

朝焼けは霧の中から始まる。


タイの高層ホテルのビル群を春人は見上げた。


上の方は霞にかかっていて、見えない。


それは、タイという地域の特色なのだろうか。


タイの交通渋滞は世界最悪と言われている。貧民層と富裕層が混沌と入り混じる町。ピカピカのベンツも、荷台にたくさんの人を乗せたトラックも、みな同じように道路に並ぶ。


何百万台という車から吐き出されるスモッグのせいで、空がくもっているのか。春人にはわからなかったが、間違いなく言えるのは気持ちのいいものでないということだった。


春人とかすみがタイに来て、もう2日目である。


初日の夜は、ホテルの近くのタイ料理屋に行き、ほろ酔いのままホテルへ。


春人は夕食を食べながら、


「エキゾチックな夜にしようね」と笑って話すと、かすみは「バカ」といって顔をそむけるのだった。


恋人として付き合いを続けている以上、体の関係はもちろんあるのだが、イマイチしっくりこないというのが春人の想いだった。


人間の体にもいろいろな種類があって、合うものと合わないものがある。それは努力とか想いだけではどうにもならないんだろうな、というのが春人の考えである。


それでも、タイの夜は濃密に更けていったのだが。


ホテルのビュッフェを食べながら、春人は話し始める。


「今日はどういう予定なんだっけ?ツアー、申し込んでるんだよね?」


かすみは、タイまで来たというのにヨーロピアンスタイルに決め込んでいる。クロワッサンにコーヒー。欧米か!と突っ込みたくなった。


「うん、春人さんに任せてもよかったんだけど、私は海外初めてだったから、申し込んじゃったんだ。ごめんね」


上目づかいで春人の目をのぞきこんでくる。かすみは、この顔が得意のようだ。


「いや、この前に来た時は、食べ歩きで観光らしい観光をしなかったからちょうどいいよ。で、どんなところにいくんだい?」


「えーっとね、エメラルド寺院って有名なところとか、暁の塔って有名なところ。知ってる?」


「うーん、聞いたことあるような、ないような」


「さんざんガイドブック見せたじゃない」


ぷーっと頬を膨らませながらかすみはぼやいた。


「じゃあ、寝っ転がってる仏さまの寺院は知ってるよね?」


「あ、それならわかるよ。大丈夫」


「そういう寺院は、帽子とか靴を取らなきゃならないから、気をつけてね」


「OK!」


平和な会話が続いた。ふと、春人は窓の外に目をやる。桟橋に船が止まり、現地の人間がぞろぞろとあふれて出てくる。


そういうものを見ていると、あぁ、異国の地に来たんだな、と春人は思うのだった。


そして、昔の恋人を探している自分にも気付くのだった。見つけることなんて、出来るわけもないのに。


「春人さん、乗りたいの?」


「え?何に?」


「いや、船をずっと眺めているからさ。乗りたいのかな~って」


視線を変えずに、春人は言う。


「うん。前の時も乗ったんだ。夕日が沈むころ。川がオレンジに染まるのを見て、感動したのを覚えてる、きれいだったんだよね」


ぱぁっと、顔を輝かせてかすみは答える。


「すごい!そういうの見てみたいな~。ねぇ、ガイドさんにお願いしてみようね。なんか、ロマンチックじゃない?」


春人は、純粋な年上の女性を見つめ、「あぁ」とか「うん」とか気のない返事をするのだった。


「見て、春人!夕日がきれいだよ。川も人もビルも、みんなオレンジ色!何か一色に染まるのって、素敵よね。一日のうち、一瞬だけみんな同じになるの。それって、その一瞬だからきれいに見えるんだろうね。人もそうかもね。一瞬だけわかり合える、一つになれる、みたいな。・・・いや、エッチなこといってるんじゃないって!」


オレンジ色の笑顔は、かすみには持っていないものだった。


その影を求めて、今回のタイ旅行を受けたのかもしれない。その影を、振り払うために今回の旅行はあるのかもしれない。


春人は、振り切るように船から目を離し、かすみと同じクロワッサンを取りに席を立つのだった。


そして、その日の午後、そのオレンジ色の笑顔をもう一度見ることになるとは、春人には全く想像できるわけもなかった。


世間は広いようで、狭いのだ。

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