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怪人思想

作者: モテネスト
掲載日:2026/05/23

私は怪人になりたい。

もう少し正確に書くならば、私は人の形を捨てた異形に成り果てたい。


いつも通りの日常、特に目新しい変化もなく過ぎ去って行く時間に神経をすり減らされていた私は、久々に場違いな小説を書き散らす気になった。

それがこれである。

人は生きているうちに多くの苦難を体験する。どこかの宗教では生が苦痛で死こそ救いらしいが、きっと罰を与えられる場が地の獄と名付けられている時点で皆そう感じているのだろう。

私は生きているのが酷く億劫で、それでも生きる者として死の恐怖に刺されるがためにこの惰生を謳歌している。とてつもない苦痛を、幸福な人生を送りながら感じ続けている。


怪人になりたいというのは、正しく人の姿を捨て去って社会から完全に逸脱した存在になりたいということを指している。つまりサイコパスになりたいだとか、ゆるキャラのように目立ちたいだとかそういう内面の話をしたいのではないのだ。

デモゴルゴンになって夜な夜な人を食い散らかしたり、スレンダーマンになって無機質な人間性で人々を恐怖に陥れたい。

しかし、それは知性を放棄したいという願望からくるものでもない。その正体こそがこの怪人思想を複雑たらしめている要因だ。


ざっくり書くと、その正体は現代社会への果てしない疲弊と失望…オブラートに包まず書くのであれば、君たちが無知の無知であることへの失意である。

この小説家になろうというコミュニティでもそうであるし、他のどのコミュニティ(社会を含めてもいいが、社会が己の無知を知らぬ者で成り立っているのは言わずもがなだ)でも自身がどれだけ知らないかを考えもしない者達が当然のように跋扈しているのが耐え難い。

人類というとあまりに主語が大きいので、少なくとも障害を持たず正常に産まれ、かつ虐待などで肉塊へと還されずに育てられた我々を前提条件とするが。そんな恵まれた我々の中にも自身が唯一正しいと思い込んで(本人は意識すらせずにそうして)生きている者は数多くいるのだ。

自身を疑わず、周りを疑う脳みそは持っているのに鏡を見つめてみる知性は携えない何者かのために私は日頃から苦しんでいる。

それ故に、私は知性を持ち続けたままにこのくだらない社会の評価基準から完全に逸脱したいのだ。


なのでまず、私は人を殺めた。

吉田哲郎という男で、私の脳内に住む殺すに値する(もしくは殺されるために生み出された)愚か者だった。彼はSNSで自身とは鐚一文の借用関係もない赤の他人に言葉の石を投げ続けていた。

それは酷く滑稽で、それでいて下衆な正義感に満ち溢れた行為だったと言える。家族を刺されたわけでもなく、友人を傷つけられたわけでもなく、それでも生のあらん限りを人を侮蔑することに費やした男だった。

こういったとき、人は自身の犯した罪を棚に上げる。

虚偽を流布した者に対して、母や友や隣人に嘘をついたことのある吉田哲郎は、彼を鼻が世界樹ほど伸びたピノキオだとそう罵った。

不貞を働き生涯を連れ添うツガイを裏切った者に対して、何人もの女で欲を晴らして満足してきた吉田哲郎は、彼を愛着に飢えた障害者だと確かに罵った。

人を虐げたり殺めた者に対して、今までの行いを忘れてしまっている吉田哲郎は、彼を外道のサディストだと嘲笑うように罵った。


私が怪人になりたいのは、それは君がこれを自分のこととは一切考えもせずに、私の揚げ足を取りたいのか好奇心かは知らないが、吉田哲郎の名を調べ始めるところにある。

私は吉田哲郎を殺した。というのは真偽のわからないものや自身に関係のないものは、もはやどうでもいい情報であると考えるようになったということだ。

芸能人の不倫をいちいち大々的に叩く君達は、であれば会社内の知らない誰かが不倫していたと知ったときも狂ったように騒ぎ立てるのであろうか。

ツガイの片方がもう片方の羽を毟っている可能性を考え付かなかったのだろうか。

ただ浮ついた気持ちで過ちを犯しただけという可能性の隣に、どんな可能性があるのか考えもしない人間の枠に、どうしようもなく収まっているしかないこれが苦痛でなくてなんだというのか?

ただ考えて欲しい。そして、これを読みながらお前はどうなんだと腹を立てている君を予知()て、やはり私は怪人になりたいと願うのだ。


もちろん、私は無知の知があるだけで完全に物事を知っているわけではない。前述されているように、私もまたこの人間という枠からどうにも逸脱できずに囚われている。

この文章は、君達を刺すための刃物であるのと同時に、今まで私自身が私に刺してきた刃物でもある。

この世界がフィクションでない以上、私は怪人にはなれない。であれば私はこの文章内に書かれた、君達の中に生きている吉田哲郎を殺めて欲しいのだ。

きっと私の心には、他にも殺してしまうべき多くの人々が存在しているのだろうと思う。自分を優先して甘やかし、他人には厳しい評価を強いている面も必ずあるはずだ。

でなければ、ここまでの他責思考的な文章は書けないし、私は変わったのだから君達も変わるべきだと自信満々にも書けないだろう。


怪人になれば対等な評価は訪れない。

犬や猫に人間レベルの知性を求めず、また犬や猫が人間に対して犬や猫らしさを求めないように、私が人を喰らう化け物であれば君達も私も互いを不明瞭な基準でしか評価できない。

カエルの美貌が分からないように、私の全貌を君達は美しいだとか醜いだとかで正確に推し量ることはできなくなる。ラクダの愛を知らないように、私がどんな感情を振り翳しているのか君達は想像もしないままに生きていくだろう。

私も同様に、ルッキズムを捨て、社会的評価を度外視して君達を殺すようになるだろう。

どうせ理解し合えない我々は、それなのに憶測で相手を押し測って、知った気になって接して成り立っている。顔や身なりから知性から人格に至るまでを勝手に脳内に作り上げ、その幻想に恋をしたり敵意を抱いたりしている。

今まで生きてきた私の人生が、私を評価する要素になんら関係ないのであれば、それならどうして人を生きる必要があるのだろうか。

ただ会ったその瞬間に相手への評価が決定し、ステレオタイプで決めつけられて、そうして私が君達を見下しているからこそ生まれる見下されたくないという感情をもただ捨て去ってしまいたい。

私が大勢にとっての少数(怪人)になるから、そうして君達を等しく無知の知を自覚してただ観察するから、どうかその壊れた天秤に私を乗せないでください。

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