6話
バスは予定よりも20分も早く目的地に着いた。
あまり眠れた気はしなかったが、目は瞑っていたので多少は疲れが取れていると思いたい。
到着の連絡を入れなかったにも関わらず、バス停には既に母の車が待機していた。
母も少し眠れなかったのか目の下には薄らと隈ができているようだ。
「とりあえず家帰ろ。朝ごはんの味噌汁作っとるけん、お風呂入ってから食べさいや」
父のことは一言も話さなかった。
それが私の心配を加速させる事だとは知らずに。
実家に帰宅した後、母に言われるがままに風呂に入り朝ごはんを食べた。
昨日お風呂に入ってもいたし、何より長風呂をする気にもならなかったので10分くらいですぐに出た。
髪は面倒臭いからタオルドライで済ませた。
寒い冬の朝に染み入る麦味噌の味噌汁は我が家に帰ってきた事を実感させた。
「面会時間までまだあるけん少し寝さい」
母はそう言いながら食器を下げた。
何でもない風に装う母は、久しぶりだからか一回り小さくなったように感じた。
面会時間に合わせて病院へと二人で向かう。
首から面会者用のカードストラップを付けて四人部屋にいるという父の元へ行く。
ツーンとするアルコールの匂いは病院独特なもので、人が住む場所で無いことを本能的に告げる。
カーテンを開けた先の父は、思ったより重症だったのか痛々しかった。
でも、本人は重たく沈む私たちに気遣ってかそうじゃないのか、右手をヒョイとあげて「もう帰ってきたんか」と私を迎えた。
なんだかその姿に安心したが、「後遺症」の文字がよぎる。
「正直言って、右手も両足も痺れとる。前みたいに店やるのは無理やろな」
「でも、お前が継ぐとか言うなよ。客が離れてしまうが」
こちらを見ながら笑う父がチラッと点滴に目を向けたのには気づかないフリをしてあげた。
換気のために開けている窓から、冷たい風が撫でてくる。
「思ったよりは元気そうで安心したよ」
私はこう言ってあげることしか出来なかった。
「先生がなリハビリしだいやって言いよるけん」
そんな風に言う父の横で、母はパイプ椅子にかけたまま無言だった。
「店なぁ……」
父が何か言いかけて止めた。
沈黙が痛い。
この空気を破ってあげなきゃと「私」と言いかけて辞めた。
喉から出かけた言葉は今言うべきなのか?
継ぐ。
戻る。
辞める。
どれも正解な気もするし、どれも間違いな気もする。
四人部屋なはずなのにとても静かだった。
廊下で看護師さん達がパタパタと働いているのがよく聞こえてくる。
ピコン。
ミュートにしたはずのスマホから通知音が小さく鳴った。
こんなタイミングで……。
チラリと確認したら、それは任天堂からのメールだった。
中身を見ずに電源を切った。
父は気づいていない。
ただ、母だけが私の手元を一瞬確認した。
何も言わない。胸のしこりが、じわりと疼いた。




