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大人しくお留守番が出来ると思った?─②

 イシスの村からほんの数キロ先に、エドワーズ公国側が管理を放棄した廃城がある。

 その場所こそが、≪四つ腕≫の二つ名で知られるヨルヒムの活動拠点でもあり、≪夕闇の嘆き≫の支部の一つであった。


 ≪夕闇の嘆き≫──エドワーズ公国内の裏社会を支配する犯罪組織であり、貴族達の欲望を満たすことを生業とする興行集団。

 そしてこの支部の役割は、定期的な奴隷オークションであり、既に会場を埋め尽くす程の参加者が、オークション開始の合図を待ちわびている。


 なんせ、先だって御贔屓の貴族達に大々的に報せていたからだ──深緑より来たる初雪は、運命の尊さと悦びの季節を感じさせてくれるだろう、と。

 それが意味することは、つまり──ハイエルフの少女を今回のオークションの目玉商品にし、是非落札して欲しいと報せていたのだ。


 だというのに、未だに目玉商品であるハイエルフの少女が届いていない。

 ≪夕闇の嘆き≫の奴隷売買部門の責任者であり、この支部の責任者でもあるドノバンは、苛立ちを隠せずワイングラスを床に叩きつけた。


「奴め……! まだ楽しんでいるのか……! もうすぐオークションだというのに、舐めたものだな……! あのクソ魔族が……」


 魔族の奴隷が割れたワイングラスを片付けようとするが、ドノバンはその娘の頭を踏んづけてこう言った──「褒美だ、犬のようにワインを飲み干せ。割れた破片は手で処理しろ」、と。

 奴隷は何も言わず、割れたガラスの上に這いつくばった。その瞳には、怒りも涙も残っていない──ただの人間であるドノバンに従う程、彼女の教育は徹底されていたからだ。


「──ドノバン様、どうされますか? 流石にこれ以上待たせるのは、ドノバン様の沽券に関わるかと」


(……確かにな。クソ、ヨルヒムめ……! 今回の一件は、次の定例会議で報告させてもらうぞ!)


 ヨルヒムはドノバン直下の部下である。

 彼の役職は、商品の調達部隊の責任者であり、オークションの商品のほとんどが彼の功績でもあった。

 それ故に、ドノバンはヨルヒムに対して一定の自由行動を認めていたが──その判断が裏目に出てしまっている。


「……うむ。では、息子にオークションを始めさせろ。そうだな……。まずは母娘のセットからスタートさせ、その次は十歳以下の娘達でやった方がいいだろう。その後はいつも通りで。最悪、目玉商品(ハイエルフ)が間に合わなかった場合、抽選券をオークションに出すか。確か……、5人だったよな?」


「はい。最後の連絡の際に、商品は5人だとヨルヒム様から伺っております」


「──で、その報告が最後だったと?」


「……申し訳ございません。何度も鳴らしてはいるのですが、反応もなく──」


(あの馬鹿……! 未だに楽しんでいるということか……!)


 思わずドノバンは、必死にワインを飲む魔族の奴隷の顎を蹴飛ばした。

 「連れていけ! 反吐が出る!」と鬼の形相で部下達を睨みつけ、その場から自分の腹心以外は退室して行った。


「……流石にあの娘は、今回のオークションには出せませんね」


「──では、先程の件。宜しく頼むぞ?」


 悪魔達の愉悦が渦巻くオークションが始まった。

 商品()達の泣き叫ぶ様を(さかな)に、貴族たちは購入に躍起になった。

 無事に購入が完了した彼女達の胸には、購入した貴族の名と金額が記されたネームプレートのようなものが付けられていった。


 その様子をドノバンは、自分の目の前に置いた成人男性の頭ぐらいのサイズの水晶で確認する。

 数十個の水晶を前に、ドノバンは愛用の葉巻に手を伸ばす。そしてその葉巻を指揮棒のように扱い、彼だけの演奏を思う存分楽しみ始めた。


(これは最初に売られた母娘だな。狙い通り高値で売れたようだな。ククク……)


 逃げ出せないように、檻の中に囚われた母娘は、二人寄り添いながら神に祈りを捧げていた。

 その光景を見たドノバンは冷たくこう囁く──その祈りが果たして通じるのかね、と。


 そうして、再びオークションの会場が映し出されている水晶を見たのだが、何やら様子がおかしい。いや、このような商品を仕入れた覚えはない。それでも──目が離れなかった。


「──っ!? あやつめ……! ククク……、なるほどな……。ヨルヒムの失態はこれで帳消しだな」


 ドノバンは自分の腹心が、自分に黙って商品を仕入れたのだと考えた。

 何せ、他の者達はそこまで気配りができる程の器量を持ち合わせた者がいなかったからだ。


「にしても、この女は──個人的に私が欲しいのだが……。まぁよい、後で購入者と直接交渉するか」


 ドノバンが興奮するのは無理もない。

 その美女は、異国の獣人の女であり、豊満な胸に、潤いを浴びた唇など、全ての男を虜にする全てが詰まった美女だったからだ。

 しかも、黒衣の衣装に描かれた淡いピンクの桜が、更に欲望を駆り立てる見事な演出──全てがドノバンの五感を刺激するのに十分すぎた。


『さぁさぁ! このような空前絶後のサプライズ! 本来であれば私達が隅々まで調べ尽くし、皆様へその情報を提供するべきですが! 今回は、なんと! 落札者の貴方様に! 徹底的に調べて頂きたい! それが≪快楽の詩人≫たっての願い! ──そう、その願いを叶えるのは貴方様なのです!』


(……っふ。上手くなったものだな、息子よ)


 自分の息子の成長ぶりに思わず熱いものを感じ、ぐっと目頭がこみあげてきた。


『……ねぇ? 私から一言、いいかしら?』


『なんと!! これは素晴らしい! 自分から率先して、自分の価値を示すその心意気! 私は感動しました! 皆様、大きい拍手を!』


 ドノバンも思わず商品価値を自ら示す彼女に対して、敬意を示し、激しくその場で拍手をした。


『まずは感謝を。私の食料になるために生まれてきてくれて、本当にありがとう──では、いただきます』


 それが合図だった。

 全ての水晶に映し出されていた光景は、何かがこびりつき、様子が確認できなくなり。

 その代わりに、全ての水晶から女の狂った嗤い声がそこかしこから聞こえ、貴族達の絶叫もまた同様に聞こえてきた。

 汚い咀嚼音、何かを無惨に裂く音など、下品な交響曲がドノバンの鼓膜を刺激していく──地獄が誕生している場面がドノバンの脳裏に焼き付いていく。


(な、何が……、起こっている!? あぁ……! お、恐ろしい……! あまりにも悍ましい……)


 最早、ドノバンは正気でいられなかった。

 故に自分の息子のことなど、どうでもよく、ただ一心不乱に自分が助かるためにその場から逃げ出そうと試みた。

 たった数十m先にある扉を開けば、確実にこの場から逃げ出すことができるであろう。

 無我夢中でドノバンは走りながら、自分だけが救われる蜘蛛の糸のような扉に手を伸ばそうとした、その時──。


「──何処へ、行くのかしら?」


 獣人の女がぬるりと扉をすり抜けてドノバンの目の前に現れた。

 思わずその場で尻餅し、全身のありとあらゆる液が流れ始めるドノバン。

 そして自分の最期を悟りながら、その美女に向かってこう叫んだ。


「な、何者だ! お、お前は!? ≪夕闇の嘆き≫と分かった上での所業か!?」


「質問には一つずつ答えましょう。初めまして、私の名は黒桜(こくおう)。改めて──私の糞になるために生まれてきてくれて、本当にありがとう。≪夕闇の嘆き≫、と言ったかしら? どうして私が嘆くのかしら? 嘆き、苦しみ、悶えながら糞になるのは私なのかしら? では──いただきます」


 虚しい咀嚼音が廃城に響き渡り続ける。

 やがてその音は減り、廃城には沈黙だけが残った。

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