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ジニーのお宅に泊まりに行こう!─②

 オッサンの朝は早い。

 とりわけ、外仕事の朝は既に体内時計が完璧に作用し、4時きっかりに目を覚ます。

 まずは眠気を醒ますために、軽くストレッチをし、脳の働きを良くする必要がある。その後に、洗顔などをするために洗面所へ向かうのだが──っふ、ド田舎すぎて水道の蛇口すらなかったね。


 木の樽に入った水の冷たさが身に染むと同時に、水が弾ける感覚はなんとも久しい。

 が、どういうわけか、コップすらなければ歯ブラシもない──仕方あるまい、水で軽くうがいしとくか。

 近くにかかった布で顔を拭いてっと、さて髭の手入れでもしてみよ──って……、な、な!?


「何じゃこりゃぁぁぁぁぁ!?」


 水面に浮かんだ顔が、お、俺の顔じゃないんだが!? 特殊メイクなのか!?

 おいおい、誰だよこの若者──こんなに精悍(せいかん)な顔をした子なんて、どれだけ修羅場をくぐってきた設定なんだ!?

 っは!? 武家出身のエキストラ役ならば、これぐらいの特殊メイクは必要だという配慮なのか!


「ど、どうかされましたか!? 貴族様!?」


 貴族様って誰のことだよ! あ、俺のこと? 

 もしかしてなんだけど、ファンタジー世界に日本っぽい国があるとかそういう設定?

 で、特殊メイクしてやったんだから映画の撮影に協力しろ的な? 滅茶苦茶すぎない、君ら?


 おいおい、一声ぐらいかけて欲しかったんだけど?

 寝ている間に特殊メイクしちゃうって、本当にどうかと思うけど?


 なるほどね、だから歯ブラシを置く必要なんてなかったってことか。

 クソ……! てっきり日本に興味を持った外国人が日本に移住してきたと思ってたよ!


 あー! もう! 分かりましたよ! なりきりますよ、ったく!

 3、2、1──アクション、スタート!


「すまない。久方ぶりにまともな水だったのでな」


「っ!? そ、そうでしたか……。ご安心くださいませ、ここは安全ですので」


 え、ジニーさんの演技めっちゃ上手くない?

 ははーん? 俺が知らないだけで、かなり演技派な女優さんなんだな?

 プロの演技マジで凄い! よぉし! 俺も頑張って演技するもんね!


「改めて感謝しよう。褒美に金貨を──」


「貴族様! いい加減にしてください! この老いぼれが、一言だけ言わせてもらいますが! 庶民の金銭感覚を少しは覚えてください!」


 ぐぬぬ……! だって、武家出身だったらさ? 褒美を授けたくなるじゃん!

 本当に自然な怒りの表現だし、プロには勝てないってのはよく分かったよ、畜生……。


「しゅ、すみません!」


 あ、ちょっと噛んでしまった! え? これ、NGにならないの?

 おいおい、こんな場面使う必要なんてないでしょ?


「……朝食の準備をしますので、今しばらくお待ちくださいね? 部屋でゆっくりお寛ぎください」


「うむ。苦しゅうないぞ!」


「……これは独り言でございますが、昨晩の話し方の方が庶民受けは良いかと」


 うっわ、演技指導までされる始末じゃん。

 安心してくれ、ジニーさん──俺、吸収するのは早いからね!


「っ!? ──であれば、そうしようか」


「えぇ。その方が自然で宜しいかと。失礼します」


 おぉ……! ジニーさんが満足そうに笑ってくれた!

 いやー、プライベートな時間はこういう感じでいけばいいんだね!

 まー、どうせこの場面はカットされているだろうし──よし。


「……誰も見ていない、よな?」


 周囲の確認、ヨシ! 

 特殊メイクの緊急点検、開始! 特殊メイクとすら思えない程の自然な仕上がり、ヨシ!

 歯のチェック、ヨシ! ──若々しい歯に生まれ変わったかのような仕上がり、凄すぎてヨシ! ……ん? ヨシ、じゃないんだが!?

 ちょ、ちょっと待てよ、状況を一回整理しよう!


「声が高くなっているのは──温泉の湯を飲んだせい、なのか? 自然と戻ってくるよな? 肉体は──普通、ここまで若返るものなのか? 顔は──新しい顔を全力でぶん投げられたかのように変わっている? 歯を総入れ替えまでするか、普通? え、待って欲しいんだけど……。も、もしかして──」


 導き出せる答えは──え? 異世界に迷い込んだ、ってこと?

 で、ジニーさんは異世界の住人? 第一異世界人発見、的な感じ?

 いや、仮にジニーさんが異世界の住人とするならば──撮影現場のスタッフだと思っていた者達も全て、異世界に住まう皆さんってこと? ただ秘湯を探していただけなのに──。


「──はぁ……。これからどうしようか……」


 変な滝汗を掻きながら、とりあえず日課の筋トレで現実逃避することにした。



§



「……はぁ。ばあちゃんさ、厄介なことになってるじゃん」


 ジニーの孫娘であるエリアスは、≪漆黒の槍≫に所属するエルフの少女だ。

 その容姿は、イシスの村の全ての男達を魅了する程の美しさであり、エルフには珍しい真紅の腰までかかった長い髪がとても美しい少女である。

 因みに今年64歳であり、エルフの基準ではまだまだ若い少女だ。


 そんな彼女の前に座る異国の青年の身は、どうやら貴族らしい。

 尋問するかのような口調で、どうしてこのような辺鄙な村にやってきたのかを訪ねてみたのだが──。


「色とりどりの蝋燭の灯りを辿って来たらさ? なんか馬に懐かれてね? で、その馬に乗って、ここまで来たんだよね」


(……馬、じゃない! アレは立派な魔物よ……)


 エリアスは、あまりにも呆れてこれ以上の追及をしなかった。

 青年の感性では馬らしいが、誰がどう見てもただの魔物でしかなかったからだ。


 体高はゆうに2mを超す大きさを有し、確かに一見すると美しい艶のある黒い毛並みの馬だ。

 が、馬の蹄の代わりに虎の足に近い獰猛な爪であり、草食動物である馬の歯はなく、代わりに鰐の歯のような形状の歯を生やす。

 このような存在を魔物と言わずして何というのか──青年の感性は狂っているとしか言いようがない。


「……懐いた、と?」


 魔物は基本的に人には懐かない。

 何故ならば、彼らは捕食者であり、人類に対して明確な敵意を有する存在だからだ。


 例えば、魔物使い(テイマー)であれば、自分よりも矮小な魔物を支配することが可能だ。

 その際は、従属の首輪などで主人に歯向かわないような措置をする必要がある。


 だというのに、この青年はそんな処置を一切していない。

 そもそも処置する必要すらない──だから、懐いたと表現したのだ。


(ふざけて、いるのか? アレが懐くわけないだろうが!)


 エリアスの疑惑の眼に気づいたのか、青年はポンと手を叩いた。

 「証明しますよ!」と無邪気な笑みをエリアスに見せた青年は、その馬に命令を下した。


黒桜(こくおう)ちゃん! ヒヒーンって鳴いて! ご挨拶だよー♪」


『ヒヒーン! アーハハハハ!』


「ね! 俺の言うことは素直に聞くいい子なんですよ! エリアスさんも、どうですか?」


(今、女の声で嗤っていたでしょうが!! 私が命じたら──確実に殺されるでしょうが!)


 思わず机を思いっきり叩き、苛立ちを隠せないエリアス。

 そんなエリアスに対してジニーは優しく宥めながら、改めて青年が現在置かれている状況をエリアスに説明し始めた。


「……悪い連中に追われている、ですって? それを解決して欲しいって……。自分で解決できるでしょ」


「え!? い、嫌だなぁ……。わ、悪い人達怖いなー……」


 青年が追われる立場なのは、ある意味当然かもしれない。

 何せあの魔物を懐かせるぐらいの実力を有す程、その力はあまりにも危険なのだ。

 そもそも青年を殺せるほどの刺客であるならば、その実力はエリアスよりも遥かに格上に違いない。


「──無理。この貴族様の世話なんて、絶対無理よ!」


「でもね、エリアス。もう受け取ったの……」


「一体何を受け──は?」


 エリアスの前にそっと2枚の金貨を置くジニー。

 そう、既にこの青年はジニーを懐柔することに成功していたのだ。

 金貨1枚手に入れるために、≪漆黒の槍≫で何年働けばいいのか──すぐさまエリアスは、先ほどまでの態度を改め、青年に対しその場で跪き、主人のように敬った。


「何なりとお申し付けくださいませ、貴族様。ですが……、これだけでは流石に足りませぬ。お分かりですよね?」


 エリアスの強欲さは、彼女の父親譲りだ。

 そんな孫娘に呆れながら、ジニーは事の成り行きを見守ることにした。


「!? た、確かにそうだね! 10枚あればいいですか?」


「──は? はぁぁぁぁぁ!?」


(き、金銭感覚がおかしすぎる! い、いや? ま、まさか──それだけ私のことを高く買っているということ!?)


「え? 足りませんか? なるほど! もう10枚追加を──」


「貴族様! 朝も言いましたが、貴族様の金銭感覚はおかしすぎます! エリアス、貴族様にみっちり庶民の金銭感覚を教えてあげなさい!」


(──前言撤回。この子の金銭感覚がただおかしいだけだったようね……)


 エリアスは、青年に対して簡単に各種硬貨の価値を教えることにした。

 最初はのほほんとエリアスの授業を聞いていた青年は、次第に真面目な表情になり、やがて頭を抱えて自分の金銭感覚がおかしかったことに気づいたようだった。


(まぁ、異国の貴族なんだし、金貨の価値を理解しないのは当然なんだけど……)


「──まぁ、授業料に10枚は貰うわよ? 全く、これからは気をつけ──は?」


 どうして今までその存在に気づかなかったのか。

 いや、無理もない──この青年があまりにも異質だったからだ。

 普段のエリアスであれば、すぐに食器棚の近くに置かれた蝋燭の異様さに気づいただろう。


「──知ってて持ってきたの!? 今すぐ答えなさい!」


 エリアスは思わずその場で激しく激昂した。

 無理もない──その蝋燭は、あまりにも危険なモノであったからだ。


「え? だって、綺麗だなーって思ったし? 可愛いからいいかなーって」


(良くないに決まってるでしょうが!!)


 思わず心の声が漏れかかった。

 その蝋燭の名は、常世(とこよ)(ともしび)──この世とあの世の狭間を照らし出す蝋燭であり、どちらの世界にもいけなかった無数の魂の成れの果てだと言われている。

 そんな代物を入手する方法はたった一つ──その場所で入手することのみであり、ただの生者(せいしゃ)では決して入手することなどできるはずもない。


 が、この青年は確かに取ってきたのだ──綺麗でかつ、可愛いからという単純な理由で。

 あまりにも考えが異端すぎる──エリアスは青年に対して、これ以上ない恐れを覚えた。


「エリアス、どうしましょう……」


 そんなの簡単だ、今すぐ手放すしかない。

 貴重な代物であるが、こんな代物を近くに置いていては、命がいくつあっても足りない!


「答えは簡単よ。今すぐ手放すしかないわ……! 今すぐ隠すわよ!」


 速やかにエリアスは、地下の食料庫に常世の灯を隠した。

 何故ならば、常世の灯の効果とは即ち、全ての病を癒す絶大な効果そのもの。

 それはつまり──いずれ訪れる死すらをも癒し、永遠に生き続けることすら可能なのだ。


 そんなエリアス達の苦労を知らず、青年はこう尋ねる──どれほどの価値があるのか、と。

 「国ぐらい簡単に買えるわよ」と大きなため息を吐きながら語るエリアスに対して、青年は嬉しそうにこう答えた。


「売ればいいじゃん! ジニーさん、あの蝋燭返してね! 俺のだからね!」


 もう勝手にしてくれとは思いながらも、エリアスは青年をあまり刺激しないように、所有権は青年にあることを告げ、その場でぐったりしだした。

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