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寄って、酔って、這い寄って─②

 俺はあの厨二病の美少年を少々舐めすぎていた。

 なにせ湯から上がると、俺の所持品全てを根こそぎ奪っていったからだ。

 一体、どういう教育を受けたらさ? オッサンの所持品を全て奪ってもいいという思考になるんだ?


 で、ご丁寧に時代劇で使われる羽織や(はかま)などが丁寧に置かれているし?

 日本人にはこれでいいでしょ? みたいな考えはどうかと思うよ?

 とは言え、全裸で人里まで向かうわけには行かないし、これを着るしかないんだよな……。


「……いや、これってまさか!?」


 そう、そのまさかだ──ほぼ詰みではなくて、完全に詰んだのだ。

 法外な慰謝料を請求されたくないだろ? なら、撮影の協力をしろって感じだな。

 でなければ、俺の所持品を全て奪うのはおかしい──俺をどう料理するかは、撮影スタッフの皆様次第。

 うぐぐ……! 俺の迫真の演技力が変な方向に行ってしまったか!?


「──は? え、ちょっと、え? これってさ? 出演料なのかな?」


 木の下に凭れかかっていたズタボロの麻袋の中身は、見たこともない財宝の数々だった。

 金貨は勿論のこと、金の延べ棒だったり、はたまた指輪や王冠だったり──時価総額がどれぐらいかは分からないが、換金すれば一生遊んで暮らせそうな感じだ。


 で、アーサー王が聖剣を手に入れる場面を彷彿させるかのように、近くの岩に槍が刺さっていた。

 きっと既に撮影が始まっているのだろうと思い、真剣にその槍を抜いていくと、大身槍(おおみやり)のような立派な槍が顔を出し、ドヤ顔をしてみたが反応なし。

 自然に演じろということなのかな? まー、杖代わりになればいいか、うん。


「おぉ……! いい感じで重い……! こ、これは筋トレに最高かもしれん!」


 アラフォーにとって、筋トレは重要なことだ。

 日々衰えていく肉体を維持するために、このような槍はバーベル代わりになるだろう。


 だが、肝心の物がない!

 水と食料なしで、人里まで行けと? サバイバル企画かな?

 人の心とかないんでしょうか? まぁ、文句言える立場じゃないけどさ……。



§


 ハイエルフの少女は、スキップをしながら山道を下る。

 愛しい男性がこの先で待っているかのような表情を浮かべながら、どんどん進んでいくのだが──。


「……失せろ。この世界は、君には相応しくない。君が存在することを、僕は拒絶する」


 巨大な雷が少女の目の前に落ちると、一人の少年が現れた。

 神主のような姿をしたその少年は少女を激しく睨みつけ、それに呼応するかのように天が怒り狂う。

 少年の周囲の地形を破壊し尽くす雷の雨を前にして、少女もまた少年を挑発した。


「失せろ。この世界は、私の世界だ。神を気取って楽しい? 惨たらしくお前を喰らってやる」


 全身の骨があってはならない音を奏でながら、少女は変貌した。

 少年を滅ぼすに相応しき姿へ──七つの首を有した漆黒の巨大な蛇へ。

 巨大な蛇の口から漂う腐敗臭に対して、少年はその蛇を挑発するかのように手招きし、今まさに、人智を超えた戦いが繰り広げられようとしていた。


「私の糞になるがいい。神を気取る雑魚虫が」


「徹底的に拒絶してやるよ。穢されしモノ」


 刹那。

 少年の体を完全に捉えた蛇が、一気に少年の肉体を噛み千切った──はずだった。


「っ!? 器用な真似を──ぐぎゃぁぁぁぁ!」


 それは少年の体ではなく、陰陽師が使う形代(かたしろ)のようなモノ──それを身代わりにし、蛇同士で殺し合いをさせたのだ。

 酒で悪酔いしたかのように蛇はその場でぐったりとなった瞬間、少年は突如上空に現れ、高速で印を結んだ。


「──次は私の番だ。存分に祓ってやる」


 上空から振り下ろされるのは、蛇を真っ二つにする程の巨大な光の刃。

 その威力は絶大であり、斬られた箇所から神聖な炎が一気に蛇を焼き尽くす。


「勝機!」


 間髪入れずに少年は祓詞(はらえことば)のようなものを唱えると、禍々しい大太刀が少年の目の前に現れた。


「──君を排除する」


 それが大太刀への合図だった。

 血肉に飢えた大太刀は、抑えきれない破壊衝動で蛇を無尽蔵に斬り刻む。

 誰が見ても、少年の勝利は揺るがないと確信する場面の中、少年は目の前の蛇に対して、焦りを募らせ始めていた。


(……化け物が。外なる世界から来た来訪者、穢れしモノめ。かつての僕であれば、勝てたはずだというのに……。なんということだ……)


「……もう終わり、なのかしら?」


 あろうことか、いつの間にか大太刀を握り潰す少女が少年の目の前にいた。

 少年を挑発するように、何度も何度も姿を変え、そして彼女は高らかに嗤う。

 お前では決して私には勝てないと言わんばかりの傲慢さを、少年に見せつけた。


(……この場で全てを使うか? だが、それではお兄さんに会えなくなる! それだけは嫌だ! 考えろ、考えろ、考えろ!)


 刹那、少年はあの男の言葉を思い出した。

「深淵に住まう怪物達からの防御方法は即ち、叡智なる知識を手放すことが肝要だ」と。


「……ふふ。穢れしモノよ、気づいているか?」


 少年は少女を馬鹿にする笑いを浮かべながら、軽いジャブのような感覚で言い放った。


「……? 何の、ことかしら? あの人の居場所? しっかりと現在地を把握しているけど──それがどうかしたの?」


 少女は、首を傾げながら不思議そうに答えた。

 だがその言葉は虚偽だ──何故ならば、既に少女を欺く方法をあの男に授けていたからだ。

 だというのに、その言葉が真実に思えてくるのは一体何故だというのか。


(ま、まさか……!? 僕は確かに伝えたはずだ! 黄色の灯りだけが正解だと伝えたはず……。だ、だというのに!? さっきから心臓が痛むのは──ま、まさか、まさか!?)


 考えられることは一つ──あの男がその方法を無視しているからに他ならない。

 わざわざ邪悪な気配を選びながら、順調に人里へ向かっているのだ、あの男は。

 唯一の救いは、槍をあの男が手にしたことぐらいだけだ。

 

 ならば、どうすべきか。

 このまま戦闘を継続したとしても、この少女に勝てる確率は極めて低い。

 だからこそ、少年は知識を開示する──少女の興味を惹く話題で、この場を乗り切るしかない、と。


「……愚かだな。本当に気づかぬとは……。あの人を理解せずに、ここまで来たのか」


 まずは煽って反応を見る。

 ただ知識を開示するのは愚の骨頂──少女の反応は如何に?


「だ、だま、黙れ! あ、あの人は、わ、わた、私だけのモノ! あ、あの、あの人がいる場所に! わ、私がいなければいけないの! お、お前なんかに、何が分かる! この姿ならば! あの人を満足させられるんだから!!」


(──っふ。そこが弱点か)


 なるほど、知識は確かに武器だ──少年は不敵な笑みを少女に見せた。


「これはこれは……。わざわざあの人を追いかけて、この世界まで来た穢れしモノよ。あの人をまるで理解してないではないか? 僕はあの人を導いたが、お前はあの人にとって、何なのだ?」


「わ、私は! あの人を惨たらしく喰らい尽くしたいだけなの! 満足させてあげたいだけなの!」


「いやはや……。そんな容姿になって喰らったとしても、あの人はきっと満足しない。そしてまだ気づかぬとは──なんとも滑稽なことか」


「黙れぇぇぇぇぇぇ! 教えろ! でなければ───≪神風(ディヴァイン)迅雷(テンペスト)≫! アーハハハハ! ぐじゅぐじゅになってくれるかしらぁぁぁぁぁ!!」


 デュークから奪った≪神風迅雷≫を詠唱し、少女の背後の地形は最早形すら残っていないだろう。

 その恐るべき魔法の影響か、少年の四肢のあらゆる箇所に激痛が迸り、必死に表情を歪めまいと耐え続けていた。


「……あの人の、正体を──知りたくはないか?」


 その言葉を聞くや否や、少女は放った魔法を一瞬にして消し去る。

 まるで愛犬がおやつを欲しがるような感じで、コクリコクリと嬉しそうに何度も頷いた。


「……オッサン」


 その言葉を聞いた途端、少女は一瞬呆気に取られたが。

 すぐさまに少女は怒りで顔を歪め、少年を原型が留めないように徹底的に殺すと決意した。


「──は? 馬鹿にしているの? ぐじゅぐじゅにして殺して──」


叡智なる知の探求者(オッサン)、それがあの人の正体だ。既にこの場での出来事を観測しているとしたら? それこそがあの人なのだ。嬉々として深淵を覗き、深淵の中でしか生きていけないお前のような存在を観測する者。それが、あの人なのだ」


「……続けなさい」


「では、問おう──今のお前は、あの人に相応しい存在になったのか? 既に観測されたお前の姿を、あの人が果たして満足できるのか? 中身が幼いお前なんかが、あの人を存分に楽しませられるのか? そんなお前に対して、あの人は喜んで喰われようと思っているのか?」


 少年自身も、この場の事象をあの男が観測しているなどと思っていない。

 だが、少年の言葉は真実も含まれており、故に少女もまた、その言葉が真実であると本能的に理解した。


「あ……、あ……、あぁぁぁぁぁ! ま、まだ足りな……、足りないの……? あ、あの人を、丁寧に殺そうとしたのに、あの人を惨たらしく喰らおうとしたのに、あの人を大切な私の血肉にしようとしたのに……。──足りないから、私から逃げられた……? ア、アハ、アーハハハハ!」


(狂っているよ、お前は。そこまで狂わせたあの人が本当に恐ろしいが……)


「もう、本当に最高よ! たまらない……♡ あの人のことを教えてくれてありがとう、卑しきモノよ! そう──あの人を狙うのは私だけでいいのに……。許せない!! あぁ! 今すぐに行きますね! お待ちください!」


 少女は一匹の漆黒の狼となり、速やかにその場を去っていった。

 「はぁ、黄色だって言ったのに……」と疲れ切った声を放ちながら、少年はその場へ崩れ落ちる。

 やがて、少年の肉体は無数の光の粒となり、天へと還っていった。

2026.01.25 文章改稿

改稿内容:文字数削減。戦闘パートの描写を分かりやすく。

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