寄って、酔って、這い寄って─①
雄大な大自然が一望できる場所で、俺は淡いピンク色の湯を絶賛堪能している。
ここが噂の秘湯であることは、この湯に入った者は誰しも分かることだろう。
まるで生まれ変わっていくかのように、自分の肌が潤っていき、風邪の症状もかなり良くなった。
試しにこの湯を飲んでみると、濃厚な蜂蜜種みたいな甘さが喉を通っていく。
なんとも不思議な味であり、何度かその味を確かめながら、極楽の湯のような感覚を堪能していた。
そんな中、ふと眼下に広がっている湖に目を向けると、気になる建物があった。
その建物がある場所は、湖の中央にある社だ──ここまで神聖な気が流れてくるかのような荘厳さがあり、俺はその気を全身で受け止めながら、優雅な時間を過ごしていた。
が、そんな時間だったからこそ、嫌な現実を思い出す。
それは、ここからどうやって帰るかということだ──今の俺はほぼ詰んでいる。
撮影現場を荒らし、撮影現場を妨害し、撮影現場から逃げ出した迷惑な一般人──それがこの俺、ただ秘湯を探していただけなのにどうしてこうなった!?
捕まれば確実に法外な慰謝料を請求されるのは、火を見るよりも明らかではないか?
日本人の伝統文化である土下座で許してくれないかな? うん、絶対無理だな!
はぁ……。そもそも通訳の一人ぐらい雇っておけよ、クソが。
「──いい湯だね……」
「えぇ、本当にいい湯──のわぁぁぁぁぁ!? こ、こんにちは!?」
い、いつの間にこんな美少年の外国人がいたんだ!?
って、君! かけ湯はしたのかな? あ、桶なんてないからしてないか!
いや、それよりもさ? 滅茶苦茶日本語上手な子だな、この子。
猫みたいな青色と赤色のオッドアイの眼が宝石のようで綺麗な子だし、煌びやかな白銀色の髪が相まって、人智を超えた色気を感じておりますが、とりあえず落ち着くために湯を飲もう。
うん! めっちゃ美味しい! そして、ただの挙動不審のオッサンだな、俺!
「ん……! こんにちは……。積極的なお兄さん……。ねぇ、お兄さんの近くにさ? 寄っても、いいかな?」
なんで色っぽい声を出したんだ、この美少年は。
って、顔をそんなに赤らめてどうしたん? 話、聞こうか?
「いや、この距離でいいだろ? その……、大丈夫か? あ! 分かった! 君、この湯を飲んだんだろ! だから酔っぱらったんだな!? なるほど、俺に寄るのではなくて、酔ってもいいかってことかな?」
「っ!? ち、ちが──違うよ!? お兄さんの近くに寄りたいなって……。駄目かな?」
当然、駄目である。美少女になってから出直して来い。
「……俺は男なんだが?」
「え? それが何かな? ──ねぇ、近くに寄っても……。いいよね? お兄さんの近くの方が、さ? もっと感じると思わないかい?」
おい、美少年。俺が小姓を寵愛する戦国大名様に見えたか?
残念だが俺はそういう趣味は今のところはない! うん、今のところはね?
でもさ──こんな美少年に迫られたら、そういうのもアリかなって思ってしまうから、寄らないでくださりませんか!?
「あのさ! 時と! 場所と! 場合をさ! 大事にしようよ! 今はただ、温泉を楽しもうよ!」
俺は大人だ。そして、今はただこの秘湯を堪能したいだけだ。
「……? 今は二人きりだし、誰にも邪魔されない場所であり、しかもこの場だからこそ相応しいと思わない? だから──ね?」
美少年の距離感の異常さのせいか、珍しく俺は怒った。
「このお馬鹿! お互いに距離を保ちつつ、静かに温泉を楽しみたいだけだと言ってるでしょうがぁぁぁぁぁ!」
大声を出したせいか、喉が渇いてしまった。
よし、湯を飲んでやる! ──ヒャッハー! 喉に通っていくこの感じたまらないぜ!
「ん……! ハァハァ……! そ、そんなこと言いながら……! お、お兄さん……! そ、そんなに……。す、好きなのかい……? この湯が……」
「うむ! この湯は非常に素晴らしい! 百点満点の湯だな!」
どうして美少年が顔を更に紅潮させるのか分からんが、残念だったな。
君の生まれを呪うがいい──タイに行って性転換してからなら、全然アリだ!
「あの……。ごめんなさい……。その……、そういうのって順序が大事だってのを忘れていたよ」
お? この子、しっかり反省してくれているし、滅茶苦茶いい子だな!
というより、こんな場所に外国人の美少年って──っは!? ま、まさか、さ、撮影スタッフのお子さんでいらっしゃいますか!?
ヤバイヤバイ……、俺の居場所が筒抜けになったら非常にヤバイ……!
「い、いやいや!? あ、謝らなくていいよ!? お、お互いに誤解があったみたいだしね!」
「──え? 誤解……?」
うぐ!? こ、これは不味い……!
な、なんとか誤魔化しながら、上手くこの場を切り抜けなければ!
「き、君はまだ若いんだし、オッサンなんかよりもさ! もっと若い子との純愛を育むのがいいと思うんだよね!」
「……ありがとう。その──オッサンって、誰のことかな? よく分からないけど……」
おいおい、この美少年──さては、人たらしだな?
っふ、カッコイイお兄さんだと思ったかい? ただの変なアラフォーオッサンだよ!
「いやいや、俺はオッサンでしょ?」
「……魔族でもないし、エルフでもないのは確かだね」
なるほど、ようやく合点がついた。
この子は──超絶痛い厨二病を患っている美少年なのだ。
だからこそ、こんなオッサンと純愛文学を確かめたかったのだな?
いやはや、これも時代のせいだな──恋愛は多様化し、性別の垣根を超える愛を育む時代だ。
だがな? こんなオッサンはハードル高すぎるだろ!? しかも初対面だよ!
もっと自分を大事にしようよ、ねぇ! せめて! 同年代の男の子にしときなさい!
が、俺はこうみえて理解ある大人だ。
よし、厨二病を完璧に理解した大人の対応をしよう。
「──っふ。求道者、それが俺だな」
鳩に豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべた美少年は、一瞬沈黙した。
「ぐどう……、え? 詳しく教えてくれないかな?」
お、食いついたな! 流石は厨二病、ノリがいいな!
「オッサン──その存在は、全ての男が叡智を追い求め続けた知の探求者のことだ。叡智なる知識のためならば、秘密の機能を使いこなし、そして探求している属性の叡智を入手し、自らの悟りを開きし者。時には、排除主義者による妨害行為もあるが、心を鬼にしながら叡智を手放す覚悟も必要だ」
「……知識を得て、知識を手放す? お兄さんは一体何を言っているの? それは愚かな行為だよ」
っふ、君はまだ若いと見た。
情報リテラシーが疎いと、君のご両親に君の癖がバレるんだよ? かつての俺のようにね!
「──深淵を覗きし時、深淵もまたこちらを覗いている。故に、深淵に住まう怪物達からの防御方法は、叡智なる知識を手放すことが肝要だ。叡智なる知識は時には武器にはなるが、時には自分を自滅させる恐るべき猛毒となる。それがオッサン──全ての叡智を得るためだけに奔走する求道者さ」
何を言っているんだ、俺は……。
まー、嘘は言っていないし、オッサンなんてこんなもんだろう。
「──なるほど。何となく理解したよ。覗くことは好きなんだ。オッサンという存在を、大雑把だけど理解したよ」
いや、こんなのを理解するなよ……。
だが、厨二病を拗らせ続ければ、創作活動を尊び、いつかは素晴らしい作品を世に生み出すかも?
頑張れ、美少年! いつか君の素晴らしい叡智を俺に見せてくれ!
「さてと……。そろそろ行くね? では、褒美を授けてあげよう」
褒美を授けてあげようって……、殿様かな?
「は、はぁ……」
「な!? ど、どうしてそんなに気の抜けた返事になるんだ!?」
いや、厨二病すぎて、どう反応すればいいか分からなかったんだもの……。
「全く……。褒美は湯から上がればすぐに分かるよ。いい? 人里へ辿り着きたいなら、必ず黄色の灯りが灯った蝋燭を目印にしてね? 他の色は駄目だよ? 色んな灯りがあるけれど、正解は黄色だけなんだ──黄色の灯りこそが、君の安全を守る色なんだ」
そう言いながら、美少年はゆっくりとお湯から上がると、まるで神主が着るような装束を慣れた手つきで着始めた。
俺の視線に気づいたのか、また顔を紅潮させ優し気な笑みを俺に向けた。
「……次はもっと近くに寄るからね? 順序は大事なくせに──お兄さんは……」
「いや、それは──」
「ふふ。分かっているから。そして、知識をありがとう──外なる世界の人」
美少年はそう言い終わると、初めからこの場にいなかったかのように姿を消した。
それと同時に、色とりどりの灯りが一気に点灯し、まるでお祭りのような華やかさが目の前に広がる。
なるほど──これは最高のご褒美だ! よ! 美少年の殿様! 凄い金持ち!
2026.01.24 改稿実施。
改稿内容:大幅な文章変更。エピソードタイトル変更




