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迷いしモノ─③

 いや、え? NGにならないんだ?

 おいおい、まさか名エキストラ爆誕しちゃった感じかな?

 もしくは、アドリブ大好きな監督もいるし、多分そういう感じでOKってことなのかな?


 いや、そもそも俺が死体っておかしくないか?

 ファンタジー映画の中だというのに、なんで日本人のオッサンが寝そべっているのって話。

 世界観はよく分からないが、もしかして平たい顔の民族でも登場する感じかな?

 

 うぅ……! それにしても寒い……! いやはや、このままだと風邪引くぞ? 冗談抜きで。

 そろそろ動いても──いいよな? スタッフの方が呼びに来るとは思ったけど、そんな感じじゃなさそうだ。

 所詮は死体役なんだし、別に呼びに行かなくてもいいよね? ってこと? なんか酷くない?


 あぁ! もうむしゃくしゃしてきたもんね!

 ここまで扱いが雑な撮影現場も珍しいと思うよ! ふざけやがって!

 映画が公開されたらレビューで星1つにしてやるからな!

 あー、もう! 腹立ってきたわ! ──もういい! 今一番したいことを大声で叫んでやる!


「美女と混浴してぇぇぇぇぇ! めっちゃ混浴してぇぇぇぇぇ!」


 お……、おぉ……! めっちゃ澄み切った叫び声になってしまった……!

 っは!? 俺の馬鹿! こ、この近くに撮影スタッフ達がいる可能性を失念していた!

 ヤバイ、ヤバイ……! 撮影妨害からの多額の賠償金支払いコースになったら、人生詰んでしまう!


『美女と混浴してぇぇぇぇぇ! めっちゃ混浴してぇぇぇぇぇ! ……ハハハ!』


 やかましいわ! 黙ってろよ、やまびこの分際が! 

 って、あれ? 俺ってあんなに甲高い声で叫んだかな?

 うーん、最後は笑ってた気がするが、風邪の引き始めか、幻聴が聞こえたのかも?


 ともあれ、とりあえず逃げるんだよぉぉぉぉぉ!

 三十六計逃げるに如かず──これこそ、我が最良の策よぉぉぉぉぉ!

 誰が賠償金なんて支払うか! ばーか!



§



 悪夢に挑む勇者達(≪漆黒の槍≫)は、全力を賭けて戦い続けた。

 機動力を活かし、距離を取りながら速やかに合体魔法を唱え、悪夢に何度も叩き込む。

 そんな勇者達のおかげで、グレイは既に悪夢を抜き去っており、彼らは思う存分力を発揮できていたが──。


「……隊長。次が最後になるかと」


 勇者達の魔力は既に尽きかけていた。

 そもそも合体魔法を何度も叩き込む彼らの魔力量は異次元なのだが、それでも悪夢を払えていなかった。


「だろうな……。だからこそ、全員に命じる! この魔法が失敗した場合、貴様らは速やかに私を置いて即座に離脱しろ! そして! 父上に報告するのだ! ──この世の終わりが目覚めた、と」


「いいえ! 我らの命に懸けてでも、デューク様だけは、必ずやお守りし──」


「黙れ!」


 デュークは吐血しながら大いに叫んだ。


「私一人で領民を守れというのか! 私一人でお前達の家族の悲哀を受け止めろというのか! 私一人で全てを受け止めろというのか!」


「……」


「これは命令だ! お前達を守るために戦い、私はここで死ぬ! ──化け物よ! 待たせたな! 我ら最後の一撃をとくと堪能しろ! ──≪神風(ディヴァイン)迅雷(テンペスト)≫! 大地を穿つ竜巻の中、悶えながら滅しろ!!」


 ≪神風迅雷≫──デュークが開発したオリジナルの合体魔法。

 地形すら抉りだす程の強烈な竜巻の中は、まさに雷の無法地帯。

 慈悲なき風の刃と、全てを消し炭にする雷が再び悪夢を終わらせようとしていた。


 ≪疾風迅雷≫のデュークは、まさに天才だった。

 上級魔術師(ハイウィザード)クラスの魔法を扱える聖騎士(パラディン)など、まさに英雄の領域を踏んだ男であった。


 だからこそ、その光景があまりにも悍ましい。

 悪夢は──嗤い続けているのだ、自分を滅せるかどうか確かめているのだ。

 吐き気を催す邪悪が存在するならば、あの中にいる悪夢がそうだ。


「ハハハ! アーハハハハ! ぐじゅぐじゅ……。ぶちぶち……。みちみち……!」


「総員! 退避せよ!」


 デュークは速やかに離脱を命じ、≪神風迅雷≫を一人で維持していた。

 全身から血が噴出し、意識が混濁し、それでもデュークは果敢に挑んだ。

 もしもこの魔法が消え去れば──それは即ち、本当にこの世が終わると確信していた。


(あってたまるか! こんな存在がどうして認められるのだ!)


 デュークは激昂し、戦意を宿した眼から強い輝きが生まれる。


(おのれ! 化け物が! まだ私は諦めないぞ!) 


 合体魔法を維持しなければ、自分の部下達が無惨に殺される。

 だからこそ、デュークは吠えた──自分を奮い立たせるため、領民達を守るために!

 ……そう決意したはずだというのに、気の抜ける叫びが木霊してきた。


「……な、なんだこのふざけた声は! 何を言っているかは分からないが、舐めているのか!? わ、私達の戦いを──馬鹿にしているのか!?」


 「混浴したい」と何度も懇願する腑抜けた内容であったが、デュークには理解できなかった。

 あろうことか、その声のせいで集中力を欠き、結果──悪夢は卑しい笑みをデュークに見せつけ、彼にも分かる言葉で優しく語りかけた。



「美女と混浴してぇぇぇぇぇ! めっちゃ混浴してぇぇぇぇぇ! ぐじゅぐじゅで、ぶちぶちにして、みちみちにして、ミンチにしてぇぇぇぇぇ! アーハハハハ! 最高……! あぁ……! 最高な気分だわぁぁぁぁぁ! 混浴……? 混ざる……? 浴びる……? 絶望を浴びせちゃぁぁぁぁぁう!」


 悪夢は姿を変えていく。

 ぐじゅぐじゅな液状の形状になったかと思えば。ぷちぷちと無数に自身を破裂させ。みちみちと力が満ち溢れた形状になったかと思えば。その形状に満足せず、自分自身を無理矢理ミンチにする。

 それをひたすらデュークの目の前で繰り返し、デュークは急速に正気を失っていった。

 なにせデュークのための拷問ショーなのだ──たった一人の見物人が壊れていくまで、永遠に繰り返される地獄が、そこにあった。


「……ねぇ? この姿かしら? この姿はどう? この姿もいいと思わない? この姿なら悦んでくれるかしら? この姿で──まぁ! この姿がいいのね! 褒美よ──味わってあげる」


「へ……、へへへ……、は……、あははは……」



§



 グレイは見事にミューズ達を救出し、安全を確認しながら山を下っていた。

 そんな矢先、見覚えのある若者が膝を振るわせて木に(もた)れかかっているのを発見する。

 ミューズに断り、その若者の元へと駆け寄るグレイはすぐに異変に気づき、何度かその若者の頬を叩き反応を確かめた。


「おい、デューク! しっかりしろ! 大丈夫か!? 全て君のおかげで上手くいった! さぁ、私と一緒に君の父上の元へ戻ろう!」


「ちち……、うえ……? と、父さん……! あ、あのね、お父さん! 僕、頑張ったんだ! えっとね、この前は禁書を頑張って読むことが出来たんだ! えへへへ! 僕ね、いつか強くなるからね! それでね! お父さんのように強い男になるんだ! だから、お父さん! ぼ、僕、が、頑張るからね!」


(一体、何があったというのだ……)


 デュークは──完全に壊れてしまっていた。

 自分のことを父親だと錯覚しながら、グレイを求めるデューク。

 あまりにも痛ましいその姿にグレイは黙ってデュークを優しく抱き締めた。


「大丈夫ですか、グレイ? その者は──」


「あぁぁぁぁぁ! もうやめてくれぇぇぇぇぇ! 父さん! 怖いよぉぉぉぉぉ! 助けてぇぇぇぇぇ!」


「っ!? ミューズ様、申し訳ないですが離れてください……」


(ミューズ様に恐怖した? 一体どういうことだ?)


 グレイは優しくデュークの頭を撫でるが、彼は酷く興奮し、ミューズ以外の女達を指差しながら、グレイにこう訴えた。


「アイツも、ソイツも、コイツも! ここにいる女達が僕を壊したんだ! お願いだ! もう僕の中に入ってこないでくれぇぇぇぇぇ! 彼女達が僕を味わったんだ! あぁ……! もう僕の……、僕のことを弄らないでくれぇぇぇぇぇ! 殺してくれぇぇぇぇぇ!」

 

「……大丈夫だ、もう大丈夫。ゆっくり眠りなさい、デューク」


 グレイは優しくデュークに囁くと、首に手刀を叩き気絶させた。

 極度のストレスがあったのだろうと悟ったグレイは、デュークを自分の馬に乗せると、悲し気な表情でただ彼を黙って見つめた。


「ミューズ様、暫し徒歩になりますが……」


「構いません。その者を優先しなさい。人間は精神的に脆い生き物です。我が騎士よ、一つお願いがございます」


「──例の救世主の捜索、ですか」


「はい。かの御方に礼をしたいのです。何卒、宜しくお願いしますね?」


「──仰せのままに。ミューズ皇女殿下」

改稿日:2026.01.22

改稿内容:主人公パート大幅な変更。説明文章削除。精神的苦痛描写追加。

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