楽しい食事を─③
どうしてこうなってしまったのか。
ホヌイと黒桜は互いにバチバチと火花を散らしながら睨み続け、楽しい食事会をする雰囲気ではない。
そもそも黒桜はどうしてこの場に現れたんだろうか?
「黒桜。貴様は随分と喰らったはずだが? まだ足りんのか?」
「はぁ!? それとこれとは別よ! これは私のために光様が用意したんだから!」
「カカカカカ! 脳みその中身が食欲しかない女の戯言は聞いていて面白いな! なぁ、光? この食欲だけの哀れな女をどう思う?」
おい、俺に振るな!
なんでわざわざ地雷原の地雷を一緒に踏まなければいけないんだ!?
言葉を選べよ、この飲んだくれのオッサンが!
「え……? いや、特殊性癖みたいなのもありますけどね?」
ぎゃぁぁぁぁぁ!? いきなり地雷を踏むな、俺!
「カカカカカ! なんだそれは!? しっかり酒を飲んでいるではないか、黒桜!」
「あ、あんまりですよ!? 光様! わ、私は光様を喰らいたいだけなんです!」
うん。今のは聞かなかったことにするよ。
俺と肉体関係を結んでもね? 偽物の貴族なので地位とかは得られませんよ?
「教えてくれ! 光! 飲み友達として知るべき情報だ! あぁ! 酒だ! 酒を飲みながら、しっかり聞いてやる! 最高な肴を頼むぞ!」
「光様! 否定してください! 私は真剣に光様を喰らいたいだけなんです! 純粋に喰らいたいだけです!」
少しは黙ろうね? 黒桜……。
ホヌイからすれば、お盛んな女の子かなって思われちゃうよ?
もういい! 言ってやる! 否定出来るならば、否定しろ! 黒桜!
「……俺のことを馬フェチ扱いしてさ? 黒桜の背中に乗って、騎馬ごっこしようと提案したのお前じゃん……」
「っ!? あ、あれはそういうわけじゃ──」
「カ、カーカカカカカ! う、馬フェチって……! な、なるほど……! う、馬に負けたのか……! ほら、馬肉っぽいぞ? このステーキ」
「このクソ──あら? 流石は光様! このお肉の味付け、最高です! 私のためにこんな素敵なお肉を用意してくださるなんて……」
うん。やっぱりこの子、頭の中身が食欲だけな残念な子だね!
一応丁寧に食べているけどさ? 骨付きステーキの骨を美味しそうに食べる子、初めて見たよ。
異世界の人間からすると普通なのかな? んー、文化がよく分からないや。
「そもそもこの料理は、我輩が準備したものだぞ? 黒桜」
「つまり、光様が用意させたってことでしょ?」
「──待て。お前は何を言っている? 意味が分からん。さてはお前、酒を抜いたな?」
「はぁ? お前は何も分かっていないのね。光様は全てを見通すのよ? お前の行動も、私の行動も、全てをね?」
黒桜よ、ドヤ顔で自慢しないでくれない?
俺、マジで何もやってないからね!?
「……待て。本気でそのような戯言を言っているのか? 我輩の手料理のことなど、何故分かるのだ?」
「アーハハハハ! そんなことも分からないのかしら! ≪漆黒の槍≫を動かしたのは、誰かしら? 酒が足りてないんじゃないの? 光様は、叡智なる知の探求者なのよ! そうですよね、光様!」
な、な、何ぃぃぃぃぃ!? こ、黒桜! お、お前!
どうして俺の中身がオッサンだと知っているんだぁぁぁぁぁぁ!
はぁ!? ちょ、ちょっと待って!? 異世界転生者なのがバレてるんですけど!
「そ・う・で・す・よ・ね!」
「あ、はい」
認めるしかないじゃない……。オッサンなのを認めるしかないじゃない……。
特殊性癖だってバラしたことに対して、滅茶苦茶怒っているじゃん……。黒桜……。
「──オッサン? 馬鹿にしているのか、黒桜。お前の脳みそを潰せば、良い酒が出来そうだが?」
「アーハハハハ! 本当に何も知らない哀れな王! 最高の肴になってくれて、ありがとう♪ 教えてあげるわ、光様はね? 全ての事象を観測する化け物なの! だから私の行動も、お前の行動も、全て観測済み! ですよね、光様!」
うん。ここで否定した方が面倒だし、肯定しておくか。
やはり女の子を怒らせてはいけない──どの世界でもこれは普遍だね……。
「……あぁ」
「アーハハハハ! 楽しいぃぃぃぃぃ! 至上なる快楽、ありがとう♪ お・う・さ・ま♪」
「──カ、カーカカカカカ! やはり酒が足りなかったのは我輩か……。いいだろう! 黒桜! この食事会に参加することを許そう! だが! 我輩と光の間に座れ! でなければ帰れ! いや、二度とこの領域に踏めないようにしてやるぞ!」
「ふん。仕方ないわね……。でもお酌ぐらいは許しなさいよ? 私が光様を送り届けるんですから。ねー、光様♪」
§
朝倉光と黒桜が消えた領域内で、ホヌイは高らかに歌っていた。
その歌はどこか英雄譚を彷彿させながらも、ホヌイらしく荒唐無稽な内容だった。
幾度もグラスを天井に向けて乾杯し、そのままグラスの中の酒を浴びるように飲み続ける。
「ヒック……。光め──やはり本物だ」
ホヌイは思い出す──光と初めて会った時の様子を。
自分を恐れることなく、共に雑談を楽しみながら食事をし、最後には自分を酔い潰した男。
そんな男だからこそ、ホヌイは飲み友達という破格の評価を光に与えた。
だが、蓋を開ければ飲み友達どころではない。
少なくともあの場面で黒桜が嘘を言うはずもなく、寧ろ確信を感じさせる香りがしたのだ。
その香りを光も認め、真実の香りがホヌイの鼻孔を通り抜け、全身に悦びが駆け巡る。
それは至上なる快楽そのもの──決して失ってはならない香りだった。
「我輩は慈悲深いから良いが……」
珍しくホヌイが心配したのも無理はない。
既に時は動き出しているのだから──≪夕闇の嘆き≫に関わっている王は、ホヌイだけではない。
「──噂をすればつまらん奴が来たようだな」
ホヌイはナプキンで口元を拭き取ると、扉を開けて現れたのはホヌイと同年代のような女性だった。
その女性の身なりは鎖で出来たエロチシズムを感じる衣装であり、鎖の鞭で面白そうにこの場にある物を壊し出す。
「我輩の食事会に呼んだ覚えはないが? 支配と冒涜の女王──イーラ・バロック」
「んふふふ……? ねぇねぇ? 今日はどの子達とお食事会? 呼ばれてないんだけど、アタクシ」
「カカカカカ! 束縛が大好きな女と飲む酒など、自分の小便を飲んだ方が遥かに美味いからな?」
「んふふふ! そういうの大好きよ? アタクシ、先程自分の尿を飲んだところですし?」
(っち……。全く厄介な女が来たものだ……。黒桜の方が遥かにマシだ)
ホヌイが苛立つのも無理はない。
水と油のような関係であり、そもそもイーラもホヌイの領域など踏み入れたくはないのだ。
だが、彼女にとって我慢ならない事態になっており、その事実確認のためにやってきたというわけだ。
「んふふふ……。ホヌイ、お前のつまらぬ祠が破壊されたようだな?」
「カカカカカ! 安心しろ、あんな祠などそこら中にあるからな?」
「──ギュスターヴ城でアタクシの信徒が消されたんだけど、何か知らないかしら?」
刹那。
ホヌイの首に鎖がいつの間にか巻きつかれ、ホヌイの首をじわじわ絞めつける。
そんな異常事態だというのに、ホヌイは面白おかしく笑いだした。
「カカカカカ! ≪夕闇の嘆き≫という玩具が壊れていくのが怖いか? イーラ?」
「……んふふふ。その答えだけで十分よ、ホヌイ。お前を消すのに十分な理由、ありがとう。だから死ね──ホヌイ・オズキ!」
イーラは確かにホヌイの首を落とした──はずだった。
が、それはホヌイの首ではなく、ただの木製のエールグラス。
不快感を爆発させたイーラは大声でホヌイの名を叫んだ。
『カカカカカ! この領域は我輩の領域だ! お前と真正面で語らうはずがなかろうが! ほぉら、鬼ごっこしようか? イーラ? む? かくれんぼになるのか? 頑張って探してみろ! 酒を飲みながら無駄な努力を応援しているよ♪』
「ホヌイぃぃぃぃぃ! あぁぁぁぁぁ! 殺す! 殺して、殺しまくって、アタクシの絨毯にしてやる!」
イーラは目の前の領域を破壊し尽くし終わると、そのまま自分の領域へと帰っていく。
そのヒステリックぶりを肴にし、ホヌイは南国の砂浜のある領域で酒を楽しんでいた。




