廃城は嘆きで満ち、黒桜が舞う─⑥
ギュスターヴ城内にて剣戟が舞う。
≪漆黒の槍≫であるエリアスとセオの二人に対して、≪夕闇の嘆き≫は総勢十人。
更に付け加えるのであれば、今回の十人は偵察要員ではなく、制圧要員──荒事専門の掃除屋であり、その実力は≪漆黒の槍≫の技量に匹敵する強者ばかり。
が、彼らと互角にやり合えているのは他でもない──セオの破格の耐久力のおかげだ。
先祖返りの獣人の身体能力ならびに、治癒能力は凄まじく、ヴァイス鉱石で出来た甲冑の秀でた防御力も相まって、まさに不死身の守護者のように戦い抜いていた。
そんなセオとは対照的に、エリアスはというと。
元々、優秀な偵察兵であるためか、最低限の軽装鎧で自分の脚を活かしながら、二対の短刀を巧みに使って戦っているが、正直セオの脚を引っ張るぐらいに火力不足なのは否めない。
そんな自分自身の未熟さに苛立ちながらも、≪夕闇の嘆き≫に果敢に挑むが、彼らからすればエリアスなど、ただの児戯であった。
「エリアス! とっとと野郎を探して、離脱しろ! ここは俺が食い止める!」
「ふざけるんじゃないわよ! アンタを一人で置き去りになんか──」
「いい加減にしろ! このままでは悪戯に時間が過ぎ去るだろうが! 野郎を連れ出して、マードリッヒ様に報告しろ! ギュスターヴ城に≪夕闇の嘆き≫が現れたことを伝えろ! 急げ!」
エリアスは下唇を噛み切り、セオを置いて離脱を試みたが、あっという間に盗賊風の女に糸で拘束され、そのまま冷たい床に無理矢理うつ伏せ状態にされた。
すぐさまセオはエリアスを助けようと突進したが、そんな彼の周囲に突如現れた魔法陣から、真紅の鎖が彼の自由を奪う。
「ぐがぁぁぁぁぁ! クソ! 畜生がぁぁぁぁぁ!」
セオの虚しい咆哮が城内を轟き、十人の≪夕闇の嘆き≫はただ嗤い続ける。
その嗤いはまさに圧倒的勝者の愉悦と言わんばかりの嘲笑であり、これからエリアス達をどう料理するかは、彼ら次第。
「君達、お疲れ様♪ まさか、ま・さ・か? ≪漆黒の槍≫がこんな場所にいるとはね! あ、どーも? 僕達は掃除屋──≪赤の雫≫って、聞いたことない?」
「っ!? ≪赤の雫≫ですって……! こ、この……! クソコウモリ共が……!」
≪赤の雫≫とは、≪夕闇の嘆き≫に所属する吸血鬼の精鋭部隊だ。
その実力は、≪夕闇の嘆き≫の中でもトップクラスであり、エドワーズ公国外でも有名な極悪集団だ。
その残忍性は凄まじく、彼らが関わった事件の悍ましさを知らない人間の方が珍しいぐらいだ。
「クソコウモリ共ですが、何かー? あ、そんなクソコウモリ共に、負けちゃうだなんて……。クソ雑魚ナメクジちゃん達なんですね♪」
そう煽りながら、道化のような恰好をした少年が二人の前で楽し気に踊り出す。
そんな愉快な踊りに対して周りの仲間達は楽しそうに演奏を開始し、不愉快な踊りと演奏が二人を苛立たせるには十分すぎた。
すぐにセオが彼らに対して罵ろうとしたが、少年の部下らしき巨漢の男がセオの口を無理矢理封じた。
「──!?」
「あ、クマが言葉を喋るわけないからね? 少しだけ、お口はチャック! だって、お前さ? 先祖返りだろ? 貴重なんだよね、そういう血は」
「──このイカれ共が……!」
「あ、ごめん! エルフのお姉さんあまりにも雑魚すぎたから興味が──ふぅ~ん? 色々混じってるね? おいおい、これもいいぞ! 面白い血だ! 沢山絞ってあげるね♡」
狂った笑みを浮かべながら、エリアスの腹を蹴飛ばす少年。
彼女の口から多量の血が飛び、その血を少年は、犬のように舐めまわし堪能した。
「あぁ! 血だ! 血はね、ふふふ……! やはり女の価値は、血で決まると思うんだ! あぁ! この血で染めたい! じっくりと、丁寧に、丹念に、僕達の衣装の色にしたい! そう! 僕は! 血を愛しているのです! 僕の血を、無理矢理お姉さんの血と混じりあわせて! そして僕達の愛の結晶を! お姉さんの目の前で貪りたい!」
(クソ野郎……! 最低のゲスが……!)
少年の眼が真っ赤に染まる──≪赤の雫≫の全ての者の眼が同じく染まる。
彼らの興奮は最高点に達した──エリアス達を愉しむための準備が整ったのだ。
「あぁ! その屈辱感と絶望感が同居するその表情! 最高だ! まずはお姉さんの眼をじっくりと刳り貫き、そのまま目の前で喰らって──」
「ほぉ? 貴様もそういう趣味があるのか? 俺と同じだな」
突如現れた青年の裏拳が、少年の顔面の半分を陥没させた。
そのまま少年は壁に激突し、多量の血を吐き散らかした。
「吸血鬼の血も赤いじゃないか? どれ、味見でもするか──ふむ、葡萄酒の上にゲロをまき散らしたような味だな。中々美味いじゃないか? なぁ?」
(馬鹿! きゅ、吸血症に感染するわよ! アンタ! 吸血鬼になりたいの!?)
手に付いた少年の血をいやらしく舐めるのは、エリアス達が探していた朝倉光であった。
そんな異常行動に対し、≪赤の雫≫は当初は困惑したが、徐々に光に対して明確な殺意を抱いた。
「おっと? お前らは怒っているのか? クックック……! 俺の城にずかずかと入って来た雑魚の分際でなぁ?」
「おま、お前! この城は≪夕闇の嘆き≫の──」
「あ? おぉ! 陥没箇所の修復頑張っているな! 素晴らしい! ならば、そんな素晴らしいお前達に自己紹介をしようか。俺の名は朝倉光、お前達の嘆きが大好物な男だ。さて、遊んでやるから全力でかかってこいよ。雑魚共」
吸血鬼は不死者の中でも、上位の存在である。
高い知性を有し、戦闘能力の高さもさることながら、凄まじい再生能力を誇る。
光に殴られた少年は既に元通りとなり、彼の血を飲み干して、久方ぶりの屈辱を癒そうとしていたのだが──。
「ぎゃぁぁぁぁ! あ、あたしの腕がぁぁぁぁぁ!」
光は腐った木の枝を無理矢理引き抜く感じで、女盗賊の腕を引きちぎり──あろうことか、その腕を齧りながら味の評価をし始めた。
「程よい筋肉だが、もっと脂肪が欲しいな。ほら、とっとと再生しろよ」
「このド畜生がぁぁぁぁぁ! ──いぎゃぁぁぁぁぁ!」
巨漢の男の腹を引き裂き、そこから零れ落ちた腸を獰猛な肉食獣のように噛み砕く光は──誰もがみても、ただの絶望そのものであった。
「フハハハハハ! 夜はこれからだ! まだまだ終わらせない! お前達の恐怖を俺に感じさせろ! 再生する時間はたっぷりあるぞ? 再生しろ! 早く! 今すぐに! でなければ死ね! 死んで俺の糞になれ!」
エリアスとセオは、光の凄まじさを延々と見せ続けられる。
ただの悪夢だ──だが、その悪夢を不思議と二人は心地よく感じていた。
「魔王……」とポツリと呟くエリアスに対し、セオもまたその呟きに同意していた。
エリアスはふと、思い出す。
それはギュスターヴ城内にて、光はこの城内の者を全て虐殺したという過去がある。
だが、虐殺した痕跡がどこにもない──その謎がまさに今、解き明かされていた。
「や、やめ……! やめろ……! ぼ、僕を知らないのかね!? ぼ、僕は由緒正しい──」
「あ? 女の眼を刳り貫く変態野郎のことなんざどうでもいいんだが?」
そう言いながら少年の両眼を刳り貫き、少年に無理矢理食わせる光。
そんな光に対してエリアスは、不思議と高揚感を覚えつつあった。
「うごご……! がはっ……! ひ、人の心がないのか!? お前!」
「中々面白い冗談だ──コウモリ共が何故、人の心を語れるんだ?」
「っ!?」
「まぁいい。そろそろ時間でな? お前達は──素敵な場所へご案内だ」
光は下卑た笑みを浮かべながら、軽く指を鳴らすと。
無数の漆黒の触手が突如現れ、≪赤の雫≫をどこか異空間へ連れ去って行った。
そしてそのまま彼もまたその場から消え失せ、エリアスとセオがただ取り残された。
「……おい、エリアス。野郎は一体何なんだ?」
「し、知らないわよ……。だけど──分かったでしょ? 光様を怒らせては──」
次の言葉を語ろうとした瞬間。
エリアス達の後方から聞き慣れた声が聞こえ、二人は身の毛がよだつ恐怖で戦慄した。
§
黒桜に宝の運搬を手伝ってもらっていたんだが、急に腹が痛くなった。
流石にあの場所でするわけにもいかず、急ぎトイレがある場所まで戻っていたら、なんでエリアスがいるわけ?
しかもあの男というか、熊まで一緒だし、君達何してるのよ? デートですか?
「おーい、エリアス! 何してるのー?」
「うわぁぁぁぁぁ!? ひ、光様!? い、いつの間に戻られたのですか!?」
あ……。あぁぁぁぁぁ!
ヤバイ、ヤバイ! 俺、今、ジニーさんの家で大人しくしてるはずだったよね!?
うーん、コイツはヤバイが……。駄目だ、もう全然考えられない。もう適当に話そう。
「い、今しがた? あ、えっと、通っていいかな?」
「……どうぞ」
うん、何か恐怖体験でもしたかのような表情をしてるんだけど?
あー、はいはい、大体理解したよ。夜の廃城なんて、そりゃあ幽霊出るかもしれないよね。
なるほどね、そういうデートか──エルフと熊がデートって何なんだよ。
まぁいいや、とりあえずスッキリしてっと。
ふぅ……。いやー、もう少し我慢していたら大変だったよね。
さてと、そろそろ戻って──って、まだエリアス達がいるんだけど? 君ら、城内回らないの?
「エリアス、それにえっと──」
「……彼の名はセオです。光様、どちらに行ってたのですか?」
「え? 普通にトイレだけど?」
おい、異世界。
トイレという表現がそんなにおかしいのか? どう表現すればいいの、この場合。
「……そ、そうですか。い、今からばあちゃんの家にお戻りで?」
「そ、そうだね! あ、歩いて帰っちゃおうかなー? あ、あは、あはは……」
「──黒桜が外にいますが」
おいおい、どれだけ飼い主のこと好きなんだよ、あの馬!
でもなー、宝の運搬手伝ってもらっている黒桜を放置したら怒られ──ないかな? 一応、必要数は伝えてあるし、きっと察してくれるだろう。
「黒桜ちゃんに乗って帰るね! エリアスもセオさんも、あまり遅くまでデートしちゃ駄目だぞ♪」
「だ、誰がこんな奴なんかと!」
「あぁ!? クソエルフなんかでは興奮しないんすけど! 蜂蜜足りてない貧相な肉体じゃ無理でーす!」
「なんですってぇぇぇぇぇぇ! このボケ熊がぁぁぁぁぁ!」
いやー、君達お似合いだよ。
じゃあ、痴話喧嘩の邪魔をしないで俺は帰るからね! アディオス・アミーゴ!




