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迷いしモノ─②

 正直、俺は確実に死んだと思った。

 なんせ、急斜面をひたすら転がり続け、絶え間なく激痛が全身を襲っていたんだからな。

 思考などする余力はなく、いつこの痛みが終わりを迎えるのか──それだけを願っていた。


 そんな願いが通じたのかどうかは分からないが、一瞬だけ世界から色が消え失せ。

 まるで時間が止まったかのような感覚に陥ったかと思えば、燦然と煌めく星々の海の中へと放り込まれ。

 そんな海から引き上げるかのような、神々しい光が俺を包み込み──そうして俺は、この場にいる。

 

 いやはや、まさかファンタジー映画の撮影現場に落ちてしまうとはな。

 小道具の腐った南瓜(かぼちゃ)を踏み潰してしまったようで、なんだかごめんね?

 とりあえず頭を下げて謝罪でもしておけば、少しは許してくれるはずだ。


 あ、駄目だこれ。頭を下げても許してくれないんだけど?

 え? 何語? 英語ではないのは確かだけど、ドイツ語? それともフランス語?

 マジで分からん! ったく、日本で撮影してるならば、通訳ぐらい雇って欲しいんだが?


 あー、もっとゆっくり喋ってくれない?

 なんか怒ってるけどさ、俺だってよく分かんないんだって!

 あー、駄目だな、こりゃあ。撮影現場を荒らされて、冷静さを失っているわ。


 って、おいおい……。

 撮り直しの場面で、こんな無駄に金をかけたロボット登場ですか?

 あ、邪魔っぽい感じ? じゃあ、俺、逃げるから! チャオ♪


「……ったく、通訳ぐらい用意して欲しい! マジで腹立つな……」


 いやはや、それにしても撮影現場から推測するに、R-15指定作品か?

 美少女の透き通る肌を堪能できたので、今回は寛容な心で許してやろう。

 いやはや、おかげで元気百倍だよ! これも美少女の裸のおかげだな!


 にしても、酷道に出たと思ったんだが、流石にこんな道を車が走破するのは無理だろ?

 全く、こういう最悪なコンディションの道は通行止めの看板ぐらい出して欲しいのだが──いや、待てよ?


「確か秘湯へ辿り着くには、途中で徒歩移動が必須だったか? もしかして、この道の先か?」


 事前の情報では、途中からは車を停めて徒歩で向かうことは知っていた。

 確か──30分程歩けば着く、だったか? まー、このまま下って行けば人里に辿り着くはず。

 ならばこのまま真っ直ぐ進めば──え?


「おいおい……。なんか奥の方から土埃が滅茶苦茶舞っているんだが!? ちょ、これって近づいてきてないか!? しかもこの言語って──クソ! 撮影中かよ!」


 なんてことだ──酷道を撮影現場で使用しているとは!

 ちぃ! こ、このまま呑気で歩いていれば、また撮影の邪魔になるし、どうすれば──っは! そうか! 

 こうなりゃ撮影に協力するしかない! ──死体になりきって、この場を切り抜ける!

 

 あぁ……! 濡れた地面がひんやりして、たまらない……!

 上からは土砂降りの雨、下からは濡れた地面──その狭間で俺は、ただの死体。

 っふ、名エキストラの爆誕の予感がしちゃうよね! バレませんように……。



§



「ミューズ様ぁぁぁぁぁ!!」


 ハイエルフの名誉騎士であるグレイは、ミューズを守護する姫守護騎士(プリンセス・ガード)である。

 彼は本来、ミューズを警護する役割を担っていたのだが、急遽ある指令を受け取る。

 それはウェスタ―辺境伯へ密書を届けて欲しいという命令であり、その際にミューズの警護を外されていた。


 そうして、ウェスタ―辺境伯へ密書を渡し終わった直後。

 あろうことかその密書をグレイの目の前で破り捨て、冷徹な言葉をグレイに叩きつけた。


「君の姫は一体どこだ? グレイ」


「ウ、ウェスタ―辺境伯!? あまりにも無礼ですぞ!」


「無礼、か。なるほど、君は職務に忠実な男なことは分かった。が、私が何故このような行為に及んだのか、考えないのかね?」


「っ!? ──お聞かせください、一体何が書かれていたのかを」


「白紙だった。インクでも滲んでいれば良かったね? いやはや、中々にして惨い。君がミューズ姫の近くにいては不都合ということだな。更に付け加えるならば、白紙に別のインクを滲ませたいという意図も透けてみえてくる。まさに胸糞だな」


 ウェスタ―辺境伯──エドワーズ公国内において、誰もが恐れる知将だ。

 そんな彼がくだらない冗談をこの場で言うはずがない。

 それ故に、グレイの表情は急激に暗くなっていき、それと同時にウェスタ―辺境伯の諜報員が最悪の報告を齎した。


「閣下。≪四つ腕≫が領内に現れました。恐らく狙いは──」


「分かった。≪漆黒の槍≫を動かせ。大至急に対処しろ」


 ≪漆黒の槍≫──ウェスタ―辺境伯の最強の暴力であり、優秀な武人ばかりのエリート集団。

 そんな≪漆黒の槍≫と一緒にグレイは共に行動し、そしてミューズが最後に消息を絶った場所へと向かっていたのだ。


「……落ち着け、グレイ。冷静さを失くしては、騎士としての務めができんだろ」


 ウェスタ―辺境伯の嫡男であるデュークがグレイに声をかけた。

 ≪疾風迅雷≫という二つ名を有し、今回彼が≪漆黒の槍≫のリーダーを務めている。

 その実力は、≪四つ腕≫と遜色ない程であり、次期辺境伯として領民達から慕われる傑物だ。


「し、しかし! あぁ……! 私がお傍にいれば……!」


「……騎士であるならば、冷静さを欠かすな。それに見ろ、あの死体を。奴は死体になりながらも、指で方角を指し示しているではないか。その方角はつまり──」


「ミューズ様がいる方角、ということか」


「あぁ。我々が向かっている方角と合致している。さらに、白目を剥きながら、嗚咽した表情で絶命した姿から察するに、神経毒でやられたようだ。≪四つ腕≫は毒の扱いが巧みだと聞いたことがある。気をつけることだな」


 グレイは自分を恥じた。

 なにせまだ10代半ばの若者が、自分よりも冷静に場を観察していたからだ。

 たった一瞥だけで情報を読み取る観察眼は、ウェスタ―辺境伯の嫡男だけある。


「……すまない。おかげで完全に目が醒めた。ミューズ様は必ず助ける、どんなお姿になろうとな」


 その強い言葉がグレイの心に火を灯す。

 そんなグレイに対して、デュークは敬意を抱きながら励まそうとした──その時だ。

 グレイやデューク、それに≪漆黒の槍≫の各員が感じたことのない恐怖が、彼らの目の前に具現化した。


「化け物が……! 全員、戦闘態勢! 我らの利は、奴との距離だ! 距離こそが生命線だと思え! グレイ! お前は奴を抜けることだけ考えろ──その先に必ずやミューズ姫がいる!」


 まさに悪夢が目の前に誕生した。

 普段、冷静なデュークが声を荒げる程の悪夢だ──世界を覆い尽くすかのような最悪。

 だからこそ、デュークは心も燃やす! ──醒めない悪夢などない、自分達が悪夢を討ち破る存在であることを!


「デューク! 一瞬でいい! 隙を作ってくれ! 必ずや抜けてみせよう!」


「≪漆黒の槍≫よ! この最悪な悪夢を終わらせるぞ!」

2026.01.21 大幅に改稿

改稿内容:文章を読みやすく。文字数削減。

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