廃城は嘆きで満ち、黒桜が舞う─①
城塞都市アルドバランの中央に、ウェスター辺境伯の居城であるエスター城がある。
城の周囲を水堀で巡らせ、アルドバランを囲う壁と同じ高さの城壁を有すその城は、エドワーズ公国の城の中でも随一の堅牢さを有する城として知られていた。
その城の軍議室の中央に、一枚の地図が円卓のテーブルに置かれていた。
この地図は、ウェスター辺境伯が統治するビスマルク領の詳細な地図であり、地図上に置かれた駒は、各地から寄せられた異変を示していた。
嫡男が壊れた場所。この世の終わりが目覚めた場所。数多くの女達を保護した場所。異国の貴族が突如現れた場所──それら全てが、異変である。
≪漆黒の槍≫に所属するエリアスは既に、この異変の渦中におり、また大至急にイシスの村へ人員を派遣して欲しい旨を報告していた。
これに対して、ウェスター辺境伯は了解し、赤い旗をイシスの村に置いてある状態になっている。
その旗の意味とはつまり、最優先で≪漆黒の槍≫を向かわせる必要があるということだ。
「……閣下、この世の終わり──≪災厄の使徒≫と遭遇した地点は、アルドバランから遥か北の山中。一方、エリアスからの報告があった場所は、南西に位置するイシスの村でございます。まずは、この二つの問題を分けるのが肝要かと」
そう語ったのは、≪漆黒の槍≫団長、ロジャー・ガリウス。
≪黄金の獅子≫の異名を持つ彼は、かつて隣国フィヨルド帝国で将軍を務めていた男だ。
その男を内応させ、今や右腕として扱っているのが、ウェスター辺境伯──ロジャーを唸らせる程の智謀兼備に富み、善政にて領内の民達から高い支持を得る人物。
「……では、ロジャー。貴様の考えを聞こう。どうすべきか?」
「はっ。大至急、中央へ正式な報告を。そして、≪災厄の使徒≫に対抗可能な精鋭部隊の創設を提案すべきかと愚考致します。閣下の大事なご子息であり、そして! 私の大切な副官であったデュークを壊したのです! 是非、私以上の人材で編成し、速やかに撃滅するのが宜しいかと」
(……貴様以上の人物を、だと? 故に、愚考か)
唸り声を上げながら、血走った眼で殺気を昂らせるロジャー。
獅子のような姿をした獣人である彼の身体能力は凄まじく、その知略もウェスター辺境伯に次ぐ程の水準にある。
そんな彼がこの提案をする時点で、公国内の戦力だけでは足りぬことを、ウェスター辺境伯は静かに悟っていた。
「外から集めろ、と?」
「私ならば、そう致します。なにせ、中央は既に腐った林檎でございますからな。だからこそ、報告したという事実が必要なのです。閣下──私は、閣下こそがこの公国の未来を担う武人であると信じております」
エドワーズ公国は民主制を掲げながら、実態は貴族達が私欲のために政を操り、国王を傀儡とする国家だった。
それだけ、≪夕闇の嘆き≫の営業力──つまり裏からの浸透が既に、公国内の深くまで及んでいる。
最早この国は、他国からの緩衝地帯でしか魅力がない国──それがエドワーズ公国、貴族達と≪夕闇の嘆き≫の退廃的理想郷。
「……その方針で進めろ。だが一つ、腑に落ちん」
「──腑に落ちない、とは?」
「≪災厄の使徒≫は何故、領内を荒らさぬ?」
当然の疑問だ。≪漆黒の槍≫ですら太刀打ちできない存在が、何故沈黙している?
領内から別の領へ移ったか? 他国へ移動したのか?
仮に自分が≪災厄の使徒≫と同じ立場であれば、近隣の村を襲って回るはずだ。それが普通ではないのか?
「──閣下。イシスの村次第かと」
「異国の貴族と女達の保護、か。現地を確認し、≪災厄の使徒≫が移動した痕跡を探ると?」
「えぇ。ですが、痕跡が見つかればそれは──我々の常識から外れた存在であることが確定します。つまり、領内に敷かれた探知系の魔法等を無効化する存在を今後相手にしなければいけない。最悪な事態になるのは必定かと」
ウェスター辺境伯はその言葉を聞き、その場に出席していた者達へ激を飛ばすかのような声量で叫んだ。
「大至急、イシスの村へ向かうぞ! 全員、覚悟を決めろ!」
§
イシスの村で過ごすこと、今日で三日目。
エリアスに叩き起こされ、朝食を取っている最中。彼女の同僚──≪漆黒の槍≫の者達が、ジニーさんの家を訪ねてきた。
いやー、皆さん? その全身鎧、暑くないんですか?
「……エリアス、この青年が──」
「はい。異国の貴族、朝倉光様です。光様、こちらが先日お話をさせて頂きました、≪漆黒の槍≫の者達です。ところで……、隊長はご不在なのでしょうか?」
「その件はまた後で話そうではないか。では、エリアス。早速で悪いが、案内を頼む。光様、また後程伺いますので、出来ればこの場から離れないで貰えると助かります」
俺は気の抜けた返事をし、その申し出を了承した。
とはいえ、できるだけジニーさんの家から離れなければ問題ないので、黒桜に乗ってひとっ走りするぐらいならば、別に構わないはずだ。
そう思いながら黒桜に近寄ると、何故か上機嫌で笑っている黒桜。
そうか、ああいう鎧を着ている男達って、馬からしてもカッコ良く見えるのか。
なるほど──この馬、どうやら騎士がタイプらしい。
「やっぱりあんな感じの人を乗せたいよね。分かる分かる」
「っ!? そ、そのようなことでは──ヒヒーン! ブルルル! ヒヒーン!」
全力で首を横に振っちゃうだなんて、照れ屋さんかな?
分かるよ、その感覚。友達が初恋の相手を当てるような感じで、気恥ずかしいよね。
その感じ大事にしなよ、黒桜──きっといい出会いがあるはずだからね!
「とりあえず、昨日みたいにお城の中を探索しよっか。また財宝見つかればいいよね♪」
「ヒヒーン! ヒヒーン! ヒヒーン♡」
やはり異世界生活は、宝を探してキャッキャウフフな感じだよね!




