大人しくお留守番が出来ると思った?─③
えっと、ここって何処なのかな?
確かついさっきまで、黒桜と戦国武将ごっこをしてたと思うんだけどね?
いや、なんで目の前にさ? かつてはさぞかし堅牢だったであろう城が、どんと鎮座しているんだよ。
城門突破しちゃった感じで、城門がガッツリ破壊されてるけど──まさか、黒桜が勝手に突破しちゃったのかな? え? これ、文化遺産とかだったらヤバいんじゃないの?
「黒桜ちゃーん? 何処ですかー! 戻っておいでー!」
返事はない──多分、お腹でも空いてどこかに行ったのかな?
まー、あれだけ遊んだらお腹ぐらいは空くだろうし、どうせすぐ戻って来るだろう。
だって、めっちゃ俺に懐いてるからね? 以前飼っていた愛猫よりも懐かれてるけどね!?
「んー? おぉ……! こんな場所で花魁なんているんだ? す、すげぇ……」
異世界って、こんな美人な花魁もいるんだね。
きっとこのお城を探検して大満足でもしたのかな? めっちゃいい笑顔してるし。
「え? また槍が光り始めたんだけど? あの花魁さんが気になるの? もしかして、この槍──めっちゃ女の子が好きなのかな?」
「うぎぎぎ……!」
流石にスポットライトのように照らし出すのは、眩しすぎるよね……。
先程までの笑顔がなくなって、花魁が滅茶苦茶嫌がってるじゃん? もっと違うアプローチしたら?
「あ、ごめんね? 眩しいよね? ちょっと地面に突き刺しとくね? そぉぉぉぉぉい!」
槍を地面にぶっ刺してみたけど、地面の中に岩がなくて本当に良かったよ。
豆腐に包丁を入れるような感覚ですっと入ったし、ここって地面が結構柔らかいのかも?
「──え? あ、ありがとう……。ありがとうございます!」
「いえいえ……。すみませんね、うちの槍がご迷惑をおかけしたみたいで……。きっと、お姉さんが好きなのかもしれませんね! わーははははは!」
うん、何を言っているんだ、俺は……。
なんで俺が、自分の息子が迷惑をかけて謝罪する父親みたいなことしてるんだよ。
「あのぉ……。もし、その──お名前を教えて頂けますか? 折角こうして出会えたわけですので……」
え? あー、なるほど……。俺を見て、同郷だと思ってくれたんだよね?
分かる分かる! 俺も海外で日本人と出会ったらテンション上がっちゃうし、連絡先交換しちゃおう的なアレだよね!
んー、名前かー……。
折角異世界デビューしたんだし、世界観を大事にする名前がいいよね。
よし、ちょっと1分だけ待ってくれない? 真剣に考えるから、ね?
「えっと……。お、お名前を教えて頂けませんか?」
「ごめん! ちょっとだけ待って!今ね、物凄い──じゃなくて物凄く考えているんだ!」
「っ!? ──何が、凄いのですか?」
っふ、俺のもう1本の槍にご興味がありますか?
ご安心ください──とても立派な槍に成長をしているところでございます。
が、そんなことを言えば、百年の恋も冷めるでしょ?
だからね? 今はちょっとだけお口をチャックした方がいいよ?
でないと俺の理性がぶっ飛ぶからね! 全く、こっちは真剣に考えているのに!
とは言っても、名前って難しんだよね……。
武家っぽい名前にしてさ、尚且つ世界観を大事にし、しかも可愛らしい名前が最高だ。
地面にぶっ刺した槍がなんか神々しく光り始めているし──え? ま、まさか……、そういうことか!
「──朝倉、朝倉光。当然、ご存知ですよね?」
「……!? い、いえ……。初めて知りましたので……」
「あ、そうですか。では、どうぞ。通行の邪魔をしたくないので、どうぞお通りを」
「えぇ!? 名前を聞き返さないのですか!? 何故ですか!?」
いや……、本当にごめんね?
折角、俺を太客にしようと思って近づいてきたんでしょ?
駄目だよ! そんな営業では、俺には通用しないからね! ノリの良い営業を心がけなさい!
「それを自分で考えて、明日に活かす──これが営業の鉄則だ。いいかい、夜の仕事は生真面目なだけでは駄目なんだ。相手の心を掴むには、どう接すべきかを考えて行動した方が君の成長に繋がるよ。なので、また今度ね」
「──っ!? ぐ……、うぐぐ……! で、では! ま、また後日ということで……」
悔しそうに通り過ぎる花魁を後目に、俺は再び黒桜の名をひたすら呼び続けた。
数分後、黒桜が戻ってきたのだが、何故かムスっとした表情を浮かべていたのだが、もしかして変なものでも食べたのかな?
§
エリアスは、アレックスを含めた自警団を引き連れ、鬱蒼とした森の中を分け入っていた。
正直気乗りはしなかった──なにせ、朝倉光と馬のような魔物、そのどちらも厄介事の種でしかない。が、ジニーの必死な願いを無碍に出来ず、彼女はジニーにとっての自慢の孫娘でありたかった。
勿論、アレックス達も正直乗り気ではない。
それは彼らもまた、エリアスと同じ気持ちであり、平穏な村社会を維持したいと考えていたからだ。
村の警戒網をすり抜けた魔物を従える青年など、恐怖以外の何物でもない。
そんな中で、ジニーの意見に賛同した者がもう一人だけいた。
イシスの村の村長、ケネスである。確かに朝倉光は謎多き人物ではあるが、それ以上に強い興味を抱いてしまったからだ。
故に、村長の権限の下、朝倉光捜索隊が組まれたというわけだ。
「ハァ……! ハァ……! エリアス……! ちょ、ちょっと待てって!!」
後方からアレックスの情けない声が飛んできた。
≪漆黒の槍≫に所属するエリアスはれっきとした軍人である一方、アレックス達はただの村人だ。
農作業で鍛えた体力があるとはいえ、流石にこの速度に付いてくるのは酷すぎる。
ただ、エリアス自身は一応、なるだけ彼らに気遣ったつもりで行軍をしていたのは事実だ。
そんな彼女の気遣いすら満足にこなせない自警団の彼らに対し、もっと鍛錬をすべきだとエリアスは率直に思った。
「全く……。若いのに情けないわね。もっと鍛えたら?」
「ゼェゼェ……! あ、あのな……! これでも農作業の後に、みっちり鍛えて──」
「はいはい、そんな無駄口を叩くならしっかり呼吸を整えて! 5分間だけ休憩よ! ゆっくり休みなさい!」
アレックス達はその振る舞いを見て皆こう思った──なんと無慈悲な鬼教官なことか。
どれだけ美しい見た目をしていても、彼女はただの脳筋ゴリラなんじゃないか、と。
そんな彼らのことなど眼中にないエリアスは、目を瞑り周囲の様子を探り始める。
(……明らかにおかしい。異常すぎる……。魔物の気配が全くないだなんて……)
村から離れれば、魔物との遭遇確率が高くなるのが普通である。
しかも、街道ではなく、このような森の中を進んでいるなら尚更なことだ。
だというのに、まだ襲われないどころか、魔物の気配が一切ないのだ──朝倉光が通った場所周辺のみ、魔物の気配がないのだ。
(魔物を討伐しに行ったとしても、普通は死骸が残っているはず。だというのに、血の臭いすらしない。何を考えているの、あの貴族は……)
既にエリアス自身はこの任務を放棄したかった。
これ以上深く関わるのは、彼女自身危険すぎると判断していたからだ。
状況証拠がほぼ整っている──朝倉光は、あまりにも危険であることを。
朝倉光──異国の貴族にして逃亡者であり、常世の灯を手にする青年。
自分では決して勝てぬ魔物を馬扱いにし、挙句の果てには留守番を放棄し、魔物の肉片一つ残さず屠る恐るべき問題児。
そんな彼をジニーは傑物の類だと称していたが、あながち間違っていない──≪漆黒の槍≫の騎士達すら凌駕する程の実力者に違いないのだから。
「よし、休憩終わり! 安心して、あと数十分だけ捜索して見つからなかったら、捜索を打ち切──!? 急ぐわよ! 私の後に付いてきて!」
(一体どういうこと!? 何故今まで気づかなかったというの!?)
エリアスが慌てふためくのも無理はなかった。
彼女は常に周囲の状況を確認し、生き物の気配等を探っていた。
その索敵能力は、ベテランの野伏に匹敵し、≪漆黒の槍≫においても主に偵察を任されていた。
そんな彼女だからこそ、前方に数え切れぬ程の生命体が突如現れたことが異常すぎたのだ。
それと同時に彼女が耳にしたのは──無数の女達の、喉を裂くような悲痛な嘆きだ。
その嘆きを背にするかのように、見知った反応を感じた──間違いない、問題児だ。
(……一体、何をしたの?)
その音のせいか、エリアスは突風の如き疾さで駆けだす。
アレックス達のことなど、どうだっていい! 今はただ、現場の確認が最優先だ!
「こ、これは……!」
「やぁ、エリアスちゃん! いやー、参ったねぇ……」
馬のような魔物に跨り、困り顔ながらも明るい声で語る朝倉光。
肩に槍を担ぎ、そしてその後方から次から次へと現れるのは数えきれない女達。
そして問題はその奥──廃城の中から漂ってくる夥しい数の死臭が鼻孔を刺激し、思わずその場で嘔吐する寸前になった。
「何を……、したの……?」
「え? じょ、城門突破──かな?」
(……そんなわけ、ないでしょう)
心の声が思わず口から出ようとしたエリアスであったが。
それでも泣き叫ぶ女達が目の前にいたため、冷静に朝倉光に対して再度問いかけた。
「それで? ──どうするつもりなの?」
「え? 満足したし、今からお留守番するけど? いざ、参るぞ! 黒桜ちゃん! おっしゃぁぁぁぁぁ!」
満足したから帰る──その言葉を聞いた瞬間、エリアスは思わずその場に崩れ落ちた。
その言葉の意味──それは殺戮を存分に楽しんだ、だから帰ってやると言っているのだ。
まさに、魔王の凱旋そのもの。
無邪気な子供のように笑う青年と、狂った女の声で高らかに嗤う馬のような魔物。
殺戮を愉しみ、残虐の限りを尽くし──だからこそ彼らは喜悦し、去っていくのだ。
まさに悪夢だ──醒めることのない悪夢が、イシスの村に滞在する現実。
自分の実力をわざわざ知らしめるかのような所業は恐らく──自分達を傷つけるのであれば、それ相応の覚悟で挑んでこいという実演。
(……彼女達が救われたのは、恐らく──)
殺すに値しなかった弱者、ただそれだけの存在が彼女達なのだろう。
戦利品すらならず、興味すら抱かず──生きるも死ぬも無価値な存在、それが彼女達。
「……もう、大丈夫ですから」
エリアスは近くにいた母娘に寄り添い、優しく声をかけた。
廃城の中は、もはや想像する必要すらない。あそこに残っているのは、魔王の愉悦だけ。
(……でも)
胸に引っかかる違和感。
(この辺りに、城なんて――)
見知った地図も、駆けまわった場所すらもこう語る──この場所に城などない、と。
だが、確かにそこに、かつて堅牢であった城が存在していた。
(──何かがおかしい。一体何が起こっているというの?)




